手を引いてくれる人
ホームルームが終わった途端、すぐに沢山の人がアザリアの近くに集まって来た。
おかげで前の席に座っていた私はあっという間に押し出されてしまった。
「うわっ…!!」
一際誰かに強く押された。
予想していなかった強さで押され、バランスを崩してしまう。
次に来る衝撃に備えて目を閉じると誰かに抱きとめられるのを感じた。
「ごめんなさ、」
「大丈夫か?」
顔を上げると、そこにいたのはカイウスだった。
「ぇ、あ、ご、ごめん!」
慌てて離れたが、カイウスは特に気にしている様子はなかった。
どうやら昨日の記憶は綺麗に無くなっているようだ。
「気にするな。…にしても、皆すごいな」
「そうだね」
敬語ではなく、いつの間にかタメ口で話していた。
その違いに1人で小さく首を傾げる。
「どうかしたか?」
「……カイウスこそ、どうしたの?」
「何が」
「…今まで散々私のことを無視してたのに。別に無理して会話続けなくていいよ」
昨日のことを思い出してしまい、若干不快な気持ちになりつつ投げやりに言う。
するとカイウスは驚いたように目を見開いた。
「別に無理してないけど」
「嘘よ。散々私のことを無視していたの覚えてないの?まあ、忘れたとは言わせないけどね」
思わず睨みつけるとカイウスは少しだけ目を伏せた。
「それは、…」
「何」
「……シエナとはずっと幼馴染だったのに、急に婚約者として接さないといけなくなったからどうしていいか分からなくなったんだ」
「そんなに変わってな、」
「変わった」
私の言葉を遮ってカイウスは力強く言い切る。
「変わったよ、シエナは」
その言葉に心臓が強く脈打つ。
あれだけうるさかった周辺が一気に無音になった気がした。
何か言わないと、と思って口を開きかけた時、強く後ろに引かれた。
「あなた、シエナ様に何を言いました?」
耳の少し上で声が聞こえる。
いつもよりは少し高い、しかし女性にしては若干低い声が響いた。
「……別に何も言っていないが」
「そうですか」
「「……」」
アザリアにぎゅっと抱きしめられてしまい、私は身動きが取れなくなってしまった。
周囲も、注目の的だったアザリアの行動に驚いてしまっている。
「ア、アザリア…」
「シエナ様、次の授業は移動教室なのでしょう?移動先の教室が分からないので、僕のことを連れて行ってもらえませんか?」
「え、うん。…いいけど、」
私たちを囲んでいるクラスメイトを振り返るも、皆衝撃のあまり動けずにいた。
大注目の復学生が私と知り合いだとは思っていなかったんだろうな…。
「シエナ様?」
「ううん。何でもない」
首を傾げるアザリアに他のことを考えるのをやめた。
廊下に出てもやはりアザリアは目を引いた。
復学生ということに加えてあまりにも整いすぎた容姿をしているため、すれ違った人も振り返ってしまうほどだ。
「驚きました?」
「そりゃ驚いたわよ。何で言ってくれなかったの?」
戸惑いながらも言葉を返すと、アザリアは悪戯が成功したかのように嬉しそうに笑った。
「今までシエナ様がおひとりで寂しそうだったので、折角なら私も学生として共に過ごそうかと思ったのです」
「でも籍はどうしたのよ。復学生の籍は入学当初からあったのよ。昨日今日で作れるものではないでしょ?」
「言ったでしょう?『僕たちは魔女の才能がある人間を見つけると、その才能が開花するまでずっと傍で待っている』と。才能が開花してから魔女様を不自由なくサポートできるように色んな所に道は作ってあるのです。復学生の籍もその1つです。これは干渉の内に入りませんから」
「そんな前から私の傍にいたなんて…」
「僕たちは常に魔女様のお傍にいましたから」
照れたように笑いながらアザリアは教えてくれた。
「…っていうか、1人称は『僕』でいいの?今は女性の姿なのでしょ?」
「? はい。僕は僕ですから」
「……まあ、そうね。1人称ぐらいでは何も変わらないものね」
「はい!」
元気よく返事をしたアザリアは無邪気に笑うのだった。