力との向き合い方
急いで自室に行き、コートを羽織ってアザリアの元に戻る。
「お待たせ!」
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。この人間も目を覚ます気配がありませんし」
「…死んでないよね」
「呼吸音も心音も正常ですから安心してください」
アザリアはカイウスに自分の尻尾を巻き付けると、これまた軽く持ち上げた。
見た目は細くまさに猫の尻尾なのだがどうやっているのだろうか。
「魔女様、失礼しますね」
「え」
尻尾をまじまじと眺めていると、急に背中と膝裏に腕を回され持ち上げられた。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「ちょっと!重たいでしょ!?歩くから降ろして!!」
「重たい…?魔女様の重さは人間にしては軽すぎますよ」
アザリアは心底分からないという表情をしながらバサリとカラスの翼を広げた。
そのまま窓から庭に出ると「しっかり掴まっていてくださいね」と声をかけ、重力を感じさせない軽やかさで空に飛び出した。
「すごい…」
「お褒めに預かり光栄です」
思わず零れた言葉にアザリアが照れたようにはにかんだ。
それにしても全く怖くない。
落ちる心配など微塵も感じさせない飛び方をしている。
「この人間の屋敷はどちらですか?」
「東にある大きな屋敷よ。多分すぐに分かると思うわ」
「では見えてきたら教えてください」
アザリアは方向を確認するかのように一度旋回するとそのまま東に向かって飛んで行く。
しばらくすると大きくて立派なお屋敷が見えてきた。
「あの屋敷よ」
「承知しました。では降下しますね」
アザリアは宣言通り屋敷の真上までくると、ゆっくりと高度を下げていく。
そして屋敷の裏庭に着地した。
「では僕はこの人間を屋敷内に置いてきます」
「ありがとう。たしか2階の角部屋がカイウスの部屋だったと思うからその辺に置いて来てくれればいいわよ」
「分かりました」
アザリアは私を降ろすとカイウスを尻尾で持ち上げたまま、屋敷に向かって飛んでいった。
1人なって思い返すのはやはり先程までのこと。
アザリアが来てくれて良かった。
あの瞬間、私は確実にカイウスのことを殺そうとした。
私には__魔女にはそれができてしまう。
人間のする殺人と魔女のする殺人は違う。
魔術を使って人を殺しても証拠が残らないのならば、軽くその一線を越えそうになる。
それが非人道的と言われようが、もう私は人間の枠から脱しかけているのだから気にならない。
これから私はこの力と向き合っていかないといけない。
どれだけ苦しくても、どれだけ怖くても、一度覚醒したこの力からは逃げることができない。
私はこれからもずっとこの力と共に生きていくのだろう。
「お待たせしました」
アザリアの声にいつの間にか下がっていた顔を上げると、翼を広げてゆっくりと空から降りてくるところだった。
地面に足をつけると優しい笑みを向けてくれる。
「魔女様?どうかされましたか?」
「……ううん、何でもない」
でも魔女だったからアザリアと会えた。
魔女だったから妖精たちとも会えた。
魔女だったから変われた。
それに一切の後悔はない。
自分を納得させることには慣れているから大丈夫。
自分を安心させるためにも意識的に笑顔を浮かべた。
そんな私の笑顔を見て、アザリアはなぜか傷ついたような表情をした。
「……魔女様、少し後ろを向いていただけますか?」
アザリアは少し迷った様子を見せてから口を開いた。
疑問に思いつつも素直に従うと、首元に何かを付けられた感覚がする。
「はい、いいですよ」
アザリアに声をかけられ、コートのポケットに入っていた手鏡で確認すれば、それはネックレスだった。
銀色のチェーンと首元に輝く不思議な宝石が目に入る。
紫色を主としつつも、赤色や青色も混在している不思議な宝石だ。
「すごく綺麗…」
思わず漏れた呟きにアザリアは嬉しそうに笑った。
「よくお似合いです。魔女様に似合うように細かくオーダーした甲斐がありました」
「わざわざ特注したの!?」
「はい。デザインもですが、実はちょっとした工夫を施した品なのです」
クスクス笑うと、アザリアは私を抱きかかえて再び羽ばたいた。
高く飛び上がるとそのまま私の屋敷のある方角へ飛ぶ。
帰路を辿りながらアザリアは口を開いた。
「そのネックレスには魔術の瞬発的な発動を防ぐ術がかけてあります。魔女様の急な感情の変化により、意図しない魔術が発動してしまわないよう制御がかかるようになっています」
「窓ガラスが割れた時のようなことを防ぐの?」
「はい。あとは先ほどのような感情的な魔術の発動を防ぐことができます」
私の悩みを汲み取ったかのようにアザリアは笑った。
きっと私がカイウスを殺そうとしたことにはとっくに気が付いているのだろう。
「もしかして家を空けていたのってこのため?」
「このネックレスも用事の1つでした。何件かの用事をまとめて片付けてきたのでこんなにも時間がかかってしまいました」
「そうだったのね」
「魔女様は魔女の中でも特に稀な才能をお持ちの方なので、力との向き合い方がより難しいのではないかと思ったのです。何かできないかと思い、勝手ながらネックレスを作らせていただきました」
「ありがとう。本当に嬉しいわ」
「そう言っていただけて何よりです。あ、そうでした。ネックレスについている宝石の根本は私の魔力なのでご安心くださいね」
その言葉と共にアザリアはゆっくりと降下を始めた。
気づけば真下には私の屋敷があり、中庭に着地するとゆっくりと降ろしてくれた。
「本当はもっと落ち着いた場所でお渡ししたかったのですが、魔女様が思い悩まれているようでしたのですぐに渡してしまいました」
「…私、そんなに顔に出てる?」
「はい。とても分かりやすいですよ」
クスクスと笑うアザリアの言葉に恥ずかしくなってしまう。
私が照れている間に、アザリアはカラスの羽を仕舞って猫の耳と尻尾だけを出した男性寄りの姿になった。
「随分と冷えてきましたね。そろそろ室内に戻りましょうか」
「うん」
さり気なく手を繋がれ、そのまま屋敷に入る。
アザリアと手を繋いでいるからだろうか、先程よりも屋敷内が暖かく感じた。
「明日は色んな噂が流れるだろうけどアザリアは気にしないでね」
「ああ、あの人間との会話が見られていたからですか?」
今日の記憶を抜いたのはカイウスのみである。
つまり、カイウスと私の会話を見ていた観衆の記憶にはしっかりと残ってしまっている。
きっと聞き飽きるほど噂をされるのだろうと何となく予想をつける。
「そういうことならご安心ください。きっと魔女様が予想しているような事態にはならないかと思います」
「どういうこと?」
「それは明日までのお楽しみです」
私が首を傾げてもアザリアは楽しそうに笑うだけだった。