「愛してる」という言葉の重さ
帰り道に紅茶を買って帰る。
不本意ではあるが、礼儀としてカイウスの好みの紅茶を選んでおく。
客室は定期的に掃除をしていたため綺麗ではあるが、念を入れてもう一度掃除をしておく。
婚約破棄の話をされるというのに嬉しさを隠しきれず、気づけば鼻歌を歌いながら着々と準備を進めていた。
「よし、ある程度は綺麗になった」
残念ながら庭にはもう綺麗な草木はないため、カーテンは閉めておく。
ちょうど窓に近寄った時、家の正面の道を走るエルドーサ家の馬車が見えた。
「もう着いたんだ」
もっとゆっくりだと思っていたのだが案外早かったようだ。
最終確認をしてから玄関に向かうと、ちょうど馬車から降りてくるカイウスと目が合った。
「ご足労いただきましてありがとうございます」
「ああ」
「お手数ですが、馬車は中庭に止めていただけますと幸いです」
御者に声をかけるも、どうやらこの後馬車の手入れをしないといけないらしく帰るようだ。
もしかして帰りは私の家の馬車を頼りにしているのだろうか。
馬車はあるけれど、肝心の馬がいないんだよね~…。
今はどうしようもないし、カイウスを帰す時に考えればいいか。
雑に考えながら馬車を見送りカイウスを客室に招き入れる。
「ではこちらにどうぞ」
カイウスを座らせ、部屋に予め置いておいたキッチンワゴンからポットを取る。
そのまま紅茶を淹れてカイウスに出すと困惑した顔を向けられた。
「どうしてシエナが淹れているんだ。使用人はどうした」
「両親が亡くなった2年前に全員解雇しました。就職先を与えた上で解雇したのでご安心ください」
「なっ……何でもっと早く言ってくれなかったんだ」
「お伝えする必要がないと思ったので伝えなかっただけです」
何か言いたそうなカイウスを無視して話を切り替える。
「そんなことより、お話というのは何でしょうか」
「いや、改まった話というか…その…」
なかなかはっきり言わないカイウスに苛立ちつつも、心を落ち着けるために紅茶を一口飲む。
自分がカップを置いたタイミングでカイウスはようやく口を開いた。
「シエナと話をしたいと思っただけなんだ」
「はい?」
「何でもいい。最近あったことや家での出来事、何でもいいから話がしたくて……ほら、前までは俺に敬語なんて使ってなかっただろ。俺には敬語を使わなくていいから、もっと気軽に、」
「何をおっしゃっているのかよく分かりません」
カイウスの言葉を強く遮る。
それから分かりやすくため息を吐いた。
「そんな余興はいりません。さっさと本題に入りましょう」
「余興?それに、本題って…?」
「婚約破棄を申し出に来たのでしょう。私は今すぐにでも了承しますので書類を出していただけますか」
「は…?」
カイウスは意味が分からない、という顔で私を見る。
しかし私はそれを無視して再度ため息を吐いた。
「だから早く婚約破棄の書類を出してください」
「いや……待ってくれ!何の話だ!?」
「何って、私との婚約を破棄するお話ですよね?」
「……っ!違う!」
カイウスが机を叩いて立ち上がったことで紅茶が少しこぼれる。
あ~あ、せっかく淹れたのに勿体ない。
「俺はシエナのことを愛している!!!婚約破棄なんて言わないでくれ!!」
「……愛してる?」
私が彼の言葉に反応を示したことが嬉しかったのか、カイウスは一段と声を張る。
「ああ、勿論だ!シエナのことがずっと好きだ!小さい頃からシエナは俺の隣で笑っていて、それが何よりも幸せだった。だから俺はシエナを絶対に守ると誓ったんだ!今でもその気持ちは変わらない!寧ろどんどん強くなっている!だから婚約破棄なんて、そんな寂しいことを言わないでくれ!!シエナ、愛している!」
カイウスは必死な形相で私に訴える。
そんなカイウスを冷めた目で見つめる。
「……愛している、ねぇ」
「そうだ!俺はずっと前からシエナを愛している!」
「婚約者のことを放っておいて、沢山の令嬢と楽しい時間を過ごすことがあなたの愛ですか?」
私の言葉に、先ほどまで熱をもって話していたカイウスが動きを止めた。