4.新たな一歩
旅行から戻って、僕の日常はまたいつも通りに戻った。
キャンパスの風景、教室のざわめき、友人たちとの他愛ない会話。
すべてが以前と変わらないはずだった。
だけど、僕の中には確かに何かが変わっていた。
ヒカリに告白して振られてから、時間が経つにつれて少しずつ実感していたことがある。
彼女に対する気持ちはもう吹っ切れてきている、そう思えるようになったんだ。
もちろん、完全に何も感じないわけじゃない。
ふとした瞬間、彼女との旅行の思い出がよみがえってくる。
ヒカリの笑顔、無邪気な声、それが僕の胸に響くたびに、一瞬だけ痛みが蘇る。
でも、その痛みは以前ほど深くない。
僕は少しずつ、前に進んでいるんだと感じるようになった。
ある日、キャンパスを歩いていると、ふとヒカリと再会した。
僕たちは偶然顔を合わせて、彼女はいつものように明るい笑顔で話しかけてきた。
「アオイ、久しぶりだね!元気にしてた?」
彼女のその声を聞いた瞬間、少しだけ胸が締め付けられるのを感じたけれど、僕は自然に笑って「うん、元気だよ」と答えた。
彼女との会話は、以前と何も変わらない。
ヒカリはあの時と同じように僕に対して「黄色」の感情を抱いている。
それが、今は少しだけ心地よく感じる。
以前だったら、この「黄色」に絶望していただろう。
彼女が僕を友達以上には見ていないことが苦しくて、辛くて、どうしようもなかった。
でも今は、その「黄色」が温かく感じる。
彼女との関係が友情として続くことが、今の僕にはちゃんと受け入れられる。
それだけ僕は少しずつ変わってきたんだろう。
ヒカリと再会した後、僕は自分の部屋に戻って静かに考え込んでいた。
彼女に対しての想いは、完全に消え去ったわけではないけれど、恋愛としての感情はもうどこか遠くへと押しやられていた。
それに気づいた瞬間、僕は自分自身を見つめ直していた。
これまでずっと、僕は他人の感情を「色」として見続けてきた。
それに振り回され、自分の感情を抑えてきたことが多かった。
特にヒカリに対しては、自分がどう感じているのかよりも、彼女が僕をどう思っているのかばかり気にしていた。
でも、今は違う。
僕は初めて、自分の気持ちと向き合おうとしていた。
彼女に対する恋愛感情がなくなったことで、僕は少し自由になった気がする。
彼女に振り回されることもなくなったし、自分の心が軽くなった。
それに気づいた時、僕はようやく、ヒカリへの未練を完全に断ち切れたんだと思う。
その夜、僕は静かに未来のことを考えていた。
これからどうやって生きていくべきか、何を目指していくのか、今まで考えなかったことが頭の中に浮かんできた。
これまでは、ヒカリのことばかり考えて、自分のことなんて後回しだった。
でも今は、僕がどうしたいのか、何を大切にして生きていくのか、そこに焦点を当てることができるようになった。
そして、ふと一つの考えが頭に浮かんだ。
僕のこの「感情の色が見える」という能力、これまでずっと呪いだと思っていたけれど、もしかしたらこれを使って誰かの助けになることができるんじゃないか、そんな気がしてきたんだ。
他人の感情が見えることで、僕は人間関係に距離を置いてきた。
でも、逆に考えれば、他人の感情に敏感であることは、他の人が気づけない心の動きに気づけるということでもある。
僕がこの能力をどう活かすかは、僕次第なんだ。
次の日の朝、僕は新たな決意を胸に抱いて、キャンパスへ向かう道を歩いていた。
昨日までは、過去のヒカリとの思い出に囚われていたけれど、今は少しだけ未来が楽しみになっていた。
僕にはまだたくさんの選択肢がある。新しい出会いや、挑戦するべきことがたくさん待っているんだ。
そして何より、僕はもう他人の感情に振り回されない。
自分の感情に素直に生きていくことができるんだ。
それが、僕にとって一番大切なことだと分かった。
これから先、何が待っているのか分からないけれど、僕はもう後ろを振り返ることはしない。
ヒカリとの思い出は大切にするけれど、もうそれに囚われることはない。
僕は新しい道を歩み始める。
ヒカリに感謝しながらも、彼女とは別の未来に向けて進んでいくんだ。
そして、その一歩を踏み出した僕は、確かに成長していると感じていた。