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収穫祭のヴァンパイア  作者: ハーモライン
9/12

〈 9 〉


「そろそろヒントがもらえる頃だと思っていたよ。夏実の頭の中の名探偵から。内容は例によって暗示的だけど。」

「でも、今回はなんとなくイメージがつかみやすい気がする。いろんな話がごちゃまぜになっているけど。聞いたことがあるような物語の世界みたいで。」

「なるほど。それでこんなところに連れてこられた訳か。」

 小澄孝之と稲森夏実はスチールの机の前に並んで腰かけ、頭を突き合わせるようにして、ささやくような小声で言葉を交わしている。この街で一番大きな市立図書館の中だ。天井の高い、広々とした閲覧室には学生らしい若者達がまばらにいるだけだ。

 休日だった孝之は例によって夏実に電話で起こされ、この図書館へ引っ張ってこられた。そして瑠璃色のカーテンの向こうで見た、昨日の夢の話を聞かされた。

「絵本に出てくる物語だと思うの、あの夢に出てきたこと。湖からあらわれる女神なんて、小さい頃に読んだ絵本のイメージそのままだったし。」

「湖から出てくるのは神様だったんだ。そう言えばそんなおとぎ話あったね、湖に落とした斧を拾って出てくるんだったっけ。」

「そう、『金の斧、銀の斧』って話。神様の質問に正直に答えられるかどうかが運命の分かれ道。」

「おのおの、ぬかりなくってところだね。」

「それ、どこかで聞いたセリフ。どこだったっけ。」

 出典が古すぎた。孝之はあわてて片手を上げて左右に振った。

「いいよ、思い出さなくて。女神様には足にも翼があるんだね。」

「女神って設定が多いけど、もともとはヘルメスっていうギリシャ神話の男の神様よ。翼の生えたブーツを履いて、風よりも早く走る、商売と旅人の神よ。」

「ギリシャ神話は得意分野だったね。でも神様が持っていたのは、斧じゃなくて人形だった。」

「そうなの、そこにも何か意味があるんだと思う。その他にも、オオカミとかネズミとかあやつり人形とか。」

「割れたグラスとか逃げる少年とか。」

「それを探してみようと思うの、この図書館で。」

「わかった。ぼくも小さいころから絵本は嫌いじゃなかった。手伝おう、何が出てくるか。」

 二人は立ち上がった。


 絵本のコーナーで、孝之と夏実は、夢とつながりのありそうな絵本を手分けして探し回った。

 1時間余りの時間を駆けて、およその候補本が見つかった。机の上に積み上げた絵本を、二人で内容をチェックし、5つの物語に絞りこんだ。その5冊の本を1冊ずつ机の上に並べてみる。

「この5冊で間違いないようだ。」

「そうね、これに違いないわ。」

 孝之はあらためて、並べられた絵本を1冊ずつ手に取っていった。

「夏実の夢に出てきた順番にいこうか。まず『ピノキオ』。あやつり人形はこれだ。ディズニー映画の『星に願いを』という主題歌があまりにも有名だよね。そのイメージが星空と流星になったんだと思う。コオロギも出てくるしね。」

「ピノキオの浅はかな行動にイライラした覚えがあるわ。でもラストは感動的よね。」

「次は『コップを割ったねずみくん』だね。ちっちゃなねずみくんが主人公のシリーズ。コップを割ってしまったことを、他の誰かのせいにしようとするねずみくんの話。でも最後は正直に言うんだね。あんまり覚えてないな。」

「わたしは大好きなシリーズで、幼いころ何度も読んだ覚えがある。『ねずみくんのチョッキ』とか有名。かわいいガールフレンドもいるのよ。読んでみてよ。」

「今度一度読んでみマウス。」

 夏実はため息を小さく漏らす。孝之は急いで先を続ける。

「それから『オオカミ少年』。これも有名なイソップの童話だね。『オオカミと羊飼い』『うそをつくこども』とか、いろいろなタイトルがある。結末も、オオカミに羊が食べられるもの、少年が食べられるもの、両方とも食べられるものなど、さまざま。」

「信頼を無くすのは恐ろしいという教訓。」

「湖からあらわれる神様もイソップ童話だ。『金の斧』っていう題名のものが多いかな。」

「正直に生きることで良いことがあるってこと。」

「最後に、神様の手にあった人形。『ガラスちゃん』という物語。これはぼくは知らなかった。フランスの童話らしい。ガラスでできたハートを持った女の子の話。嘘をつくたびに心にヒビが入って、最後は動けなくなってしまう。」

「わたしはよく知ってた。とてもかわいそうなお話し。動けなくなるんだけど、1年に一度だけ、誕生日には動けるのよ。」

「こどもの頃に読んだこの5つの物語の思い出を、夏実の中の名探偵は覚えていて、その断片をつなぎ合わせて夢に見せたということだね。」

「そういうことね。」

「夢の出どころはこれでわかったけれど、これが意味するところは何か。これらの物語、内容はさまざまだけれど、すぐにわかる共通点がある。」

 孝之の言葉に、夏実はすぐにうなずいた。

「主要登場人物が嘘をつくということね。」

「そう、すべて『偽り』がテーマの物語といえるよね。結末は悲劇だったり、ハッピーエンドだったりして異なるし、そこにある教訓もそれぞれ違いはあるけれど。」

 孝之は言葉を切って少し考えた。

「問題はそれが具体的に何を言おうとしているかなんだよな。今回のドラキュラ騒動について、何を暗示しているか。」

「ドラキュラに化けたことが偽りなのかな。ドラキュラは本物ではなくて。」

「ドラキュラが単なる仮装だったとしたら、それは嘘といっても間違いではないけど。でも、もっと大きな『偽り』がどこかにあるんじゃないかという気がする。」

「何だか漠然としていて、よくわからない。もっと具体的にはっきり見せてくれればいいのに。わたしの名探偵。湖の女神様に聞いてみれば良かった。それ、どういう意味なのって。」

「女神様を探しに行ってみようか。」

「そうねえ。でも見覚えのない湖だった。水の中を覗き込んでも水中は見とおすことは出来なかったから、女神様を探すのは大変。」

「湖って、案外透明度が低いことが多いからね。水が澱んでいて。」

「いいえ、その湖の水はとっても澄んでいたの。でも朝日が反射して、自分の顔が映ってるだけだった。水の中の女神様からは、わたしの姿が見えていたんだろうな。」

「めがみ様は良くめがみえた、なんて。」

 たまにはうけてあげないと。夏実は小さく笑って孝之を見たが、すぐに笑いを消した。孝之はいつになく真顔になっている。何か重要なことに思い当たったときの顔だ。

「女神様には見えていた・・」

 自問するようにつぶやいたあと、孝之は突然勢いよく立ち上がった。

「そうか、それだよ夏実。」

まわりの人がいっせいにこちらを見た。咎めるようなまなざし。

「声が大きいわよ、小澄さん。」

 夏実が孝之の上着の裾を引っ張って、ささやいた。孝之は小さくまわりに頭を下げてから、腰を下ろした。

「どうしたの。もしかして、何かわかったの。」

「一つの謎が解けたかもしれない。今日は何曜日だったっけ。」

「月曜日だけど。」

「それなら、夏実、これからすぐに行かないといけない。」

 孝之は再度立ち上がった。今度は音を立てないようして。

「どこへ行くつもりなの。」

「あの場所へ。8階のこどもフロア、あの『王宮の間』へ。」


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