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収穫祭のヴァンパイア  作者: ハーモライン
5/12

〈 5 〉


 ハロウィンこどもパレードは定刻に始まった。

 パレードの先導は野獣の孝之がつとめる。こども達が一列になって続き、ドレス姿の夏実が最後尾だ。

 パレードはS百貨店の食品売場以外の館内各階をひと通り巡る。数人の警備員も随行し、各階要所には売場担当社員も警備配置されている。

 凝った仮装に身を包んだかわいらしいこどもパレードは、お客様や販売員たちの注目を浴びる。周囲から声をかけられて、こども達は嬉しそうに手を振ったり、得意のポーズをとってみたり、恥ずかしそうに下を向いたり、さまざまな反応を見せた。

 各階ではフロア責任者がそれぞれ仮装して待っている。こども達は「トリックオアトリート」の合言葉でお菓子を受け取る。紳士服売場の部長はフランケンシュタインの格好で出迎えた。頭にボルトを突き刺した部長は怪物になりきって、ロボットのようなぎこちない動きでお菓子を配った。婦人服売場の部長は海賊になり、麦わら帽子を被って飛び跳ねていた。雑貨売場の部長は赤ずきんの格好で、オオカミ姿の係長を下僕のように従えていた。

 こども達には、百貨店のイメージキャラクターのクマのマークの入ったトートバッグが配布されている。バックはお菓子でいっぱいになっていく。こども達の保護者たちも、パレードと少し距離を置いて同行する人が多く、要所でこども達にカメラを向けていた。

 孝之は時々振り返って、こども達の様子をチェックした。

 例のドラキュラは列の真ん中よりやや後方にいる。ドラキュラの前にティラノサウルス姿の男の子がいる。ドラキュラはその影に隠れがちになる。どこか淡々と歩いているように見える。他のこどものような弾け方はしていない。保護者の姿も見当たらない。


 パレードは1時間ほどかけて、こども服フロアに戻ってきた。館内パレードがとりあえず無事に終わって、孝之はほっとする。

 夏実が両手の先でドレスをつまんで優雅に近づいてくる。

「みんな楽しそうね。良かった。」

「夏実も楽しそうだね。」

「そうね、楽しいわよ。でも、あのドラキュラ君だけはなんだかノリが悪くて。こどもらしくないっていうか、醒めてるっていうか。」

「それは僕も気がついた。マスクで表情まではわからないけどね。」

 孝之はこども達に目をやった。こども達は一旦エスカレーターホールに集められている。これから一人ずつ王宮の間を背景に孝之たちと記念写真を撮るのだ。

 売場主任の仲沢明日香が、待っているこども達のためにバルーンアートを実演している。カラフルな細長い風船を器用に折り曲げて、男の子には剣、女の子には花を次々に作って配っている。

 こども達から少し離れてドラキュラがいる。今も他のこども達ほど、はしゃいではいない。ホールの窓から外の景色をじっと見ている。その視線の先に孝之も目をやった。

「なんだか雲行きが怪しいな。」

 いつのまにか空に黒い雲が立ち込めている。天気予報では雨の確率は無かったが。

「屋上での集合写真撮れるかしら。」

 夏実が言った時、遠くで雷鳴が聞こえた。


 孝之と夏実は記念撮影に向けて、王宮の間の中央にスタンバイした。

 明日香がこども達の名前を一人ずつ呼んで誘導する。こども達は魔女の鏡の前を通って撮影場所にやって来る。鏡の前でおしゃまな女の子は自分の仮装をしっかりチェックした。男の子たちはそれぞれのキャラクターに応じたポーズをとったりした。

 最初の女の子は自分の姿を鏡に映して首を少しかしげ、大きな魔女の帽子の角度を調整してから孝之たちのもとにやってきた。写真を撮影するのは平良杏奈だ。本来ならプロのカメラマンに依頼するところだが、カメラが趣味の杏奈がこの役割を買ってでた。普通のスナップ写真ではプロに負けない腕だと豪語していた。

 杏奈はレースクイーンの衣装のままだが、さすがに少し冷えたのか、ストールを一枚腰に巻き付けている。こども売場を意識してか、かわいらしいパンダのプリントのあるストールだが、背景の竹の模様がどことなく和風のイメージで、孝之にはそれが化粧廻しに見えて仕方がない。

「準備はいいかな。はい、撮りまーす。」 

 元気良く言って、ファインダーを覗き込むためにかがんだ杏奈の斜め後ろで、明日香がバルーンアートの剣を天を指すように捧げ持ち、少しいかめしい顔をして見せた。太刀持ちを従えた横綱の土俵入り。

 小悪魔め。孝之はマスク越しに明日香を睨む。明日香は小さく舌を出した。


 雷鳴が少しずつ激しさを増してきた。時おり稲光が走る。そのたびに大げさに悲鳴をあげて、耳をふさぐこどももいる。雨は落ちてきていないようだ。

 写真撮影が終わりに近づいた。次はドラキュラの番だ。明日香にうながされて、ドラキュラが両手を差し伸べるようなポーズをとって、こちらに歩いてくる。

 ひときわ大きな雷鳴が響き、悲鳴が上がる。天井の関節照明が一瞬明滅した。

 ドラキュラは動じる様子もなく、魔女の鏡の前にやってくると、こちらを向いたまま、ゆっくりと両手でマントを広げた。口を横に開いてキバをむき出して笑ったように見えた。

 孝之は何かしら違和感を感じた。その理由を考えようとする間もなく、ドラキュラがそばにやってきた。孝之と夏実はドラキュラを挟んでポーズをとる。

 二人はカメラマンの杏奈を見て首をかしげた。杏奈はキツネにつままれたような顔をして突っ立っている。茫然とした様子で王宮の間の3人を見つめたまま動かない。

 明日香にうながされて、杏奈は我にかえったように、あわててカメラを構え直す。

「はい、じゃあドラキュラくんもこっち見てね。」

 その声はいつもの杏奈に似合わず、少し固い。

 シャッターが下りる。その瞬間、孝之は違和感の理由に思い当たった。

 さっき、ドラキュラが魔女の鏡の前に立った時、鏡に彼の姿が映っていなかった。孝之は鏡を見、ドラキュラのいた場所に視線を戻した。ドラキュラはすでにそこにはいない。エスカレーターホールのこども達の中にまぎれてしまっていた。

「夏実、あのドラキュラの子、鏡に・・」

「あの子がどうかしたの。」

 夏実は孝之の方を見て首をかしげた。夏実は気づいていない。孝之は目をしばたかせて、首を振った。見間違いだったのだろうか。

 次の順番の子がやってくる。スパイダーマンの格好だ。孝之は「魔女の鏡」の前を通り過ぎるその子に目を凝らす。スパイダーマンの男の子は鏡の前で大きくジャンプして見せた。その姿はしっかりと鏡に映る。やはり、さっきのドラキュラは鏡に映っていなかった。間違いない。

 杏奈は目をこするような仕草をして「魔女の鏡」の方をしきりに気にしている。おそらく杏奈も気づいていたのだ。今も孝之と同じ思いで鏡を見ていたに違いない。

 孝之はこども達の中にドラキュラの姿を探した。見つけた。こども達の中からドラキュラがこちらを刺すように見ている。マスク越しに孝之と目が合ったように思った。ドラキュラがキバを見せて笑ったように見えた。孝之の背に冷たいものが走る。次の瞬間、ドラキュラはくるりと背を向けて、大きなマントに身を隠した。

 孝之のポケットで携帯電話が振動した。


「もしもーし、小澄さん、守屋です。」

 守屋健人の声が携帯電話越しに聞こえた。

「ああ、守屋さん。屋上の様子はどう。天気は大丈夫かな。」

「雷はもう収まってます。雨雲もどこか行っちゃいました。晴れ間ものぞいてきてます。集合写真は問題ないと思います。」

 健人の声は歯切れが良く、聞き取りやすい。

「個別の写真撮影は、もうすぐ終わるよ。」

「では予定通り、10分後くらいに上がってきてください。」

「了解。」

 孝之は電話を切った。個別の撮影はあと一人だ。

 ダース・ベイダーに扮した最後のこどもの撮影が終わった時、夏実がふいに声を上げた。

「あの子、あのドラキュラの子、どこへ行くつもりなのかしら。」

 夏実が指さした先で、ドラキュラがこども達の集団を離れ、マントをひるがえして、売場奥へ急ぎ足で遠ざかるのが見えた。

「勝手に離れちゃ駄目じゃない。連れ戻してくる。」

 夏実はそう言って、王宮の間からエスカレーターホールに降り、そのままドラキュラのあとを追いかけ始めた。あわてて夏実に続こうとした孝之は、ズボンの裾を引っ張られて振り向いた。

 黄色いドレスの女の子だ。

「野獣さん、もう一回踊って。」

 つぶらな瞳でそう言って孝之を見上げる。仕方がない。孝之は女の子の手を取って数回まわってから、女の子の頭をなでて、

「ごめんね、時間がないんだ。もうすぐ僕は本当の野獣に戻ってしまうんだ。」

 女の子は目を丸くしたが、納得したのかニッコリ笑って手を振った。

「またね、野獣さん。早く人間に戻れたらいいね。」


 孝之はドラキュラの消えた売場の゙方角に目をやる。夏実の黄色いドレスがちらりと見えた。売場のその奥には階段がある。孝之もその方向に急いだ。

 孝之の脳裏に夏実から聞かされた夢の話がよみがえる。雷鳴と稲妻、鏡に映らなかった黒いマントの吸血鬼。あのドラキュラの子が本当の吸血鬼だとしたら。

 夏実が危険だ。

「夏実、待て!」 

 孝之は声を上げて夏実の後を追う。

「小澄さん、どこへいくのよ。」

 レースクイーンの杏奈が孝之の背中に、とがめるように声をかける。孝之は小走りのまま振り返って、

「平良さん、すみません。あとを頼みます。」

 そう言い残して足を早めた。

 売場奥の階段の前に来た。孝之は一瞬立ち止まった。ドラキュラはどっちに行ったのだろう。上か、下か。

 その時、階上の方向から声が聞こえた。

「ぐああっ。」

 腹の底から絞り出されたような苦しげな声だ。孝之は階段を、駆け上がり始めた。階段は2階上の屋上に通じている。

 1階分上がったところで今度は高く、鋭い悲鳴が短く聞こえた。夏実の声だ。孝之はマスクをかなぐり捨てた。

 屋上手前の踊り場に、夏実の黄色いドレスの裾が見えた。

「大丈夫か、夏実。」

 声をかけると夏実は振り返った。凍りついたような表情で足元を指さす。

「ドラキュラを追いかけてきたら、ここに・・・」

 荒い息を吐きながらたどり着いた踊り場には、もうもうと白い煙が立ち込めている。

「なんだ、この煙は。」

 床から次々煙が湧き上がってくるが、不思議と目にしみるような煙たさは無い。

 孝之は、煙を振り払うようにして、夏実の指し示す床を見た。

 屋上手前の踊り場には大きな天窓があり、そこから太陽の光が降り注いでいる。陽光が白い煙に反射して、所々でキラキラと光った。

 白い煙の底に、黒い影のようなものが横たわっている。それがドラキュラの衣装であることに孝之は気がついた。

「こ、これは・・・」

「あのドラキュラの子よ。」

 夏実が声を震わせて言った。

「まさか。」

 バタバタとした足音が聞こえ、ガチャリと解錠する音がして、屋上へ通じるドアが空いた。

「稲森さん、どうかしましたか。」

 健人がドアを通って踊り場へ駆け付けてきた。屋上からの風で煙が少し吹き払われた。

 黒い影はドラキュラの衣装に間違いない。もがきながらうつ伏せに倒れたような格好だ。両手は広がったマントの下に隠れている。頭にあたる部分は大きな襟と、渦巻くように湧き上がる濃密な煙のために良く見えない。

「なんなんですか、これは。」

 健人がそう言って、煙をかき分けながら近づいてくる。孝之と夏実も恐る恐る黒い服の上にかがみ込んだ。孝之が白い煙を吐き出し続ける襟の部分を、息で思いきり吹き払った。

「きゃっ。」

 その途端、夏実は声を上げて尻もちをついた。

 ドラキュラの襟の下には黒い髪の毛と、黒いマスクがあった。髪の毛とマスクのあいだに何が赤黒いものがうごめいている。それは襟の中から次々に湧き出し、形を崩しながら床に広がっていき、白い煙となって消えていく。その禍々しい赤黒い固まりの中に、不気味な肉片のようなものが混ざっているように見える。

 茫然と孝之が見下ろしているうちに、白い煙がまた黒い影を覆い尽くしていく。

「ドラキュラ。」

 孝之がつぶやく

「太陽の光を浴びて、溶けてしまった。やはり、本物だったのか・・・」

「二人とも、立って。煙がひどい。」

 健人が夏実と孝之の腕を取って引っ張り起こした。

「とりあえず屋上へ避難しましょう。僕が管理部に連絡入れます。」



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