プロローグ 〈ギフト〉
プロローグ 〈ギフト〉
「ああ、わかっとる」
オーウェル教授は流暢な日本語で、迎えに来たJAXAの研究員に答えた。
日本における宇宙開発の中核を担う、宇宙航空研究開発機構=通称〈JAXA〉。各地に散らばる研究施設の一つ、相模原キャンパスの一画に展示されているM3SⅡ(エムスリーエスツー)ロケットを、自分の子供を見るような面持ちで見ていたオーウェルは、声をかけた研究員に振り返ると、今度は友人の笑顔を見せた。
「久し振りだな、佐々本君」
「博士こそ」
四〇代前半らしい研究員は、親愛を込めて手を差し出した。研究者同士で○○博士、ドクター○○などと呼び合う事は、少しおかしい気もするが、だがJAXAに所属する研究員は皆、この福よかなドイツ系アメリカ人の研究者に敬愛を込めて〈博士〉と呼ぶ。
それはこの人物の、一般には評価されてはいない無形の功績を、ここに居る皆が知っているからだった。
握手を返した後、オーウェルは佐々本の出で立ちを、しげしげと眺めて口を開いた。
「白衣にカメラマン用ベストとは、相変わらず珍妙な格好をしておるな、君は」
「あちこち動き回るので、便利なんですよ」
佐々本は、頭をかいて苦笑すると言い訳した。
「日本の大学はどうですか、〈やる気の無さが伝統になりつつある〉と言われて久しいですが」
服装について、更に何か言われないように、オーウェルが最近、日本の大学に籍を移した事を引き合いに出して、話題を変える。
「そう卑下したものでもないぞ」
特殊実験棟へ向かいながら、オーウェルは答えた。体重の割りに、足取りはしっかりしている。
「他所は知らんが、私の所には熱心な学生がたくさんおるよ」
そこで半拍置くと、少し顔をしかめた。
「むしろ、熱心過ぎて困るような者がおるくらいだ」
「それは、頼もしいですね」
微妙にニュアンス違いで受け取られたらしい。オーウェルは眉根を寄せると続けた。
「先週、生命工学部の学生が有機廃棄物処理装置に興味を持ってな、内部の設定温度を倍にした」
「倍、ですか?」
「大量のガスが発生して騒ぎになってな」
「ははは」
佐々本が、気楽に想像して笑う。
「それが、可燃性ガスだったのだ」
「可燃……」
その顔が引きつった。
「慌てて窓を全開にしてな」
「それは良かった」
「が、そこへ他の学生が銜えタバコで入って来て、ドカン! だ」
「だ、大惨事じゃないですかっ」
「幸いその二人は、軽く焦げただけで済んだが、処理装置ごと、一部屋綺麗さっぱりなくなってしまった」
「……」
「元気なのは良いが、妙に個性的な者が集まっとる様だな、私の大学は」
「確か、大和大学でしたね」
「知っとるのかね?」
「基教授には学生時代、随分お世話になりました。何年か前に大学を移られたと言う話を聞きましたが。大分風変わりな所らしいですね」
「今は高等部の校長をやっとるよ」
「校長? なるほど、基教授らしいかも知れません」
特殊実験棟の入り口に着くと、オーウェルは足を止めた。隣の佐々本に向き直る。
自分の研究室に連絡が入りここにくるまで、オーウェルは何も教えられてはいなかった。ただ、連絡して来た佐々本がいたく真剣な様子だったのできたのだ。
後はまあ、かつての研究仲間、弟子と言ってもいい者たちと旧交を温めようと言うのもあった。
が、特殊実験棟を前に表情を改めた佐々本を見て、どうやらそんな雰囲気ではないと悟る。
「で、〈私でなくては理解出来ない物〉とは何なのかね?」
「それを言う前に、まず〈あれ〉を見て頂きたいのです。そして」
言葉を一旦切ると、佐々本は入り口の奥を見据えた。
「博士には、先入観一切なしに調査して頂きたいのです」
佐々本とオーウェルの前に建つ棟には、電子錠付きの分厚いドアに閉ざされた実験室がある。
「JAXAも、小惑星探査機MUSES―Gがアステロイドベルトから持ち帰った物について、大変困惑しているからなんです」
アステロイドベルトとは、主に火星~木星間に散在する小惑星群の事を言う。
「MUSES―G計画が五年をかけて成功した事は、私も聞いとる。
MUSES―Cの経験を生かして、アステロイドベルトから、より大きな小惑星のサンプルを持ち帰って来たそうだが、てっきり分析し終わったと思っとったよ」
オーウェルは小首を傾げた。
「しかし分からんな、なぜ私なのだね?」
サンプルについてと言うのなら、地質学か惑星物理学の専門家を呼ぶのが筋と思うが」
オーウェルは、佐々本の表情からヒントを得ようとして断念した。
「私の専門は機械設計で、後はまあ、考古学は半分趣味の様なものだ」
「だからこそ、なのです」
だから、に力を入れて佐々本は答えた。
入り口で警備員にチェックを受け、中に入る。エレベータで最下層に降りると、真っ直ぐ伸びた廊下をオーウェル達は進んで行った。最深部の電子錠付ドアの前に着き、佐々本はⅠDカードを取り出した。キースロットに通すと、ドアはゆっくり開いて行った。
「ようこそ博士、悪戯好きな宇宙の神秘がお待ちかねです」
その研究室の一角には、無菌状態に保たれたアクリルケースが置かれていた。その中を見て、オーウェルは思わず呻くと魅入られたように凝視する。
確かにオーウェルは、これと同じものを知っていた。
しかしそれは、宇宙にあるはずはない物だった。
一九三七年、イラクの首都バクダット近郊、クシュトラプアの丘にある古代パルテア遺跡から、奇妙な粘土製の小壺が発見された。
約二〇〇〇年前に作られたと思われるその壺はイラク国立博物館に送られ、当時そこの責任者だったウィルヘルム・ケーニッヒ博士はその不思議な構造にひどく興味をそそられ調査に当たった。
高さ十五センチほどの壺には、アスファルトにしっかり固定された銅製の円筒管が内蔵され、更に腐食の激しい鉄の棒が差し込まれていた。
やがて調査を終えると、ケーニッヒ博士は恐るべき結論を口にした。
これこそ、古代の〈電池〉以外の何物でもない、と。
「なぜ……」
そこに居る者全員の内心を、オーウェルは代弁していた。
始めまして、北神向至と申します。
これから少しづつ、作品を発表させていただきます。
楽しんでいただけましたら、感想をよろしくお願いいたします。