第7話 恥辱
トイレ内のハルンカップ置き場は、ラッシュ時の車内さながらだった。
一つ一つ名前を確認しつつ、こぼさないよう慎重にラックに収める。
トイレを出ると、何でも素早く行動する深田先輩に「遅い!」……と注意された。
ラックを両手に持ち、深田先輩と並んで歩く。
私が「なんか、新婚夫婦の、買い出しみたい…ですね」
……と、わざと照れた風に言ったら、深田先輩は
「尿両手に、なに抜かす〜」
と言って、盛大に吹き出した。
……待合を抜けた時、子供の声がした。
「あの人たち、オシッコ持ってんだぜ」
「うわあ! 汚ね!」
……そうだ。
子供の頃、さんざん汚がってた物を、今、自分たちは大切に持ってる……。
ふと、マンガ家を目指していた自分の記憶が蘇った。 ……本当なら、あんな子供達に夢を見せてあげられたかも知れないのに、逆に汚ながられるなんて……。
……と、歩みが遅れて視界に入った深田先輩の背中を見ながら、ぼーっと考えていた。
「大漁、大漁〜」と、深田先輩が都先輩の横の『未検査スペース』にハルンカップを並べる。
……およそ感情を表に出さない都先輩の頬が、ほんの僅か引きつった。
それから数分後……
「おーい、遥ー」
珍しく、都先輩が私を呼んでいる。
「これ、なあーんだ……?」
……なぞなぞ?
顕微鏡を覗き、ピントを合せる。
……そこには、おたまじゃくしのような、変形した細胞があった。
明らかに通常とは違う。
「……扁平上皮癌……細胞……ですか?」
都先輩は、再び顕微鏡を覗き「……染色して無いからはっきり断言出来ないけどねー…」と言った。
患者伝票から担当医を調べ、『細胞診』を外注して良いか確認をとった。
……検査技師は、医師の具体的指示が無いと、勝手な判断で検査を行えないのだ。
……例の癌細胞が含まれている可能性がある尿を別の容器に移し、専門の検査センターに送った。
……数日後、検査センターから至急のFAXが届いた。
……結果は、『SCC class Ⅳ』……扁平上皮癌だ。
技師長が都先輩を褒めたが、都先輩は
「鑑別したのは遥ですよー」
……と、ポツリと言ってくれた。
感謝です。
深田先輩が、私の肩に手を当て、
「今度、あのガキ見付けたら、この報告書、読ませてやれよ!」
……と言ってくれた。
あの時、深田先輩も聞こえてたんだ! 私……嬉しかった。
ただ、深田先輩があまりにもカッコ良過ぎたので、何か悔しくなり……
「ダメですよ! 守秘義務違反です!」
と言ったら、また盛大に吹き出されたのであった。