第14話『カモミーユ』
要さんの声を聞いて確信した。
私、未だ要さんの事を諦めきれてない……。
「あ! お、おはようございます」と、あたふたとお辞儀をすると、要さんは跪いて答礼してくれた。
そのお姿が、何より辛かった。
私が誰よりも好きな男性が、私に向けて最高の儀礼を尽くしてくれている。 その上、今日を最後に、この男性は留学して、もう会えなくなっちゃうんだ!
『貴方が大好きです』って伝えたい!
今、抱きついて、泣いて、甘えて『私と付き合って下さい!』って懇願すれば、まだ間に合う!
例え誰かを不幸にしても構わない! 形振り構わず『私、貴方と、ずっと、ずっと一緒に居たい』って伝えたい!
そんな身勝手な衝動を必死に抑え込み、私は絞り出すような声で言った。
「私にとっても……最初で最後のお芝居、皆さんに楽しんで戴きましょうね!」
「えっ? 遥さん? 劇団は辞めないよね!?」
要さんの顔から笑顔が消え、驚いたように言った。
私は、首を横に振りながら「緊急呼び出しとかあるから、やっぱり続けるのは無理そうです」と逃げた。
こう言えば絶対に引き留められない事を知った上での『鉄板の言い訳』をしたんだ。
私って……なんてイヤな女!
私が踏み込んだ『演劇』という世界には、最初から要さんがいた。 例え、要さんが外国に行っても、演劇を続けている限り、要さんを忘れる事は出来ないだろう。
それが辛いから……
それだけの理由で、私は辞める事に決めた。
要さんは「そうか……先生、がっかりするだろうな……」と、ポツンと言ってくれた。
『本当に……ごめんなさい!』
私は心の中で、劇団あみーごの皆さんに、必死に謝罪していた。
時間になり、団員さん達が集まって来た。
皆さんは自分でメイクするが、初心者の私には出来ないので『お母様』こと『アネモーニ王妃』役の戸部さんがメイクしてくれた。
「私、ずーっと要くんのメイクばかりしてたから、本当のお姫様のメイクはやった事が無いの! 緊張するわ〜」と言いながら、驚く程のテクニックで平凡な私の顔を『北欧の王族』に仕上げて下さった。
梅郷先生の奥様が私を見て「さすが戸部ちゃん! 遥さんの地の良さを完璧に引き出したね〜!」と感心していた。
「えへへ」と、戸部さんが真っ赤になって照れた。
お母様、かわいい!
奥様が真剣な表情で、私の目を見ながら「私、初めて貴女に会った時『この娘、オシロイバナみたい、って思ったの」と言った。
「オシロイ……バナ?」
「気を悪くしたらごめんね。 『オシロイバナ』って、とても綺麗なお花なのに、咲くのはいつも人目を避けた夕方。 そして、他のお花が咲き誇る前に、何かに怯えるように萎んでしまう……そんな、おどおどしたお花みたいな印象を受けたわ」と言って、私の背中に手を当てて、鏡の中の私を見ながら、決然と、そしていつにも増して心にまで響くような声で、こう言ってくれた。
「今の姿を、しっかりとその眼に焼き付けなさい。 貴女は臆病な『オシロイバナ』じゃ無い。 逆境に耐え抜き、観る人全てに勇気を与える『カミツレ』の名を冠した『カモミーユ』! それこそが、貴女の真の姿よ! このお芝居が終わってメイクを落としても、その『誇り』は持ち続けて!』
そして、こう締めくくった。
「貴女に足りないものは『自信』! 幸運の女神を味方にしたければ『自信』を持つのよ!」
……奥様から戴いたこのお言葉は、今でも文字に起こして、大切に持っている。




