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博士の幼き『海外』

作者: 儂 追氣


小学5年生当時、私は図書館に入り浸っていた。


もちろん学校などを放棄していたわけではないし、友人が全くいなかったというわけでもなかった。


それでも私は図書館に惹かれていた。


何故ということはどうでも良いかもしれない。


とにかくあそこが好きだったのだ。


本のむせ返るような独特の匂い、インクの焦げたような匂い。一人黙々と読書をする人々の愉しげな空気。時々同世代の子どもたちが騒ぎ、怒られていのさえ、当時は感得していなかったであろう風情という魔物を感じさせてくれていた。


すべてが好きだったのだ。


悲愛もの、ミステリー小説、青春小説、恋愛小説、SF小説、ファンタジー小説、ホラー小説………


果にはライトノベルや経済小説。そして実用書さえも読み漁った。


やはり好きだったのだ。


自分の知る由もない人物の物語を、何故か本が保管して、私自身に教えてくれる。

人生を何回も繰り返したような感覚だった。不思議だった。

急に一歩大人になったような、そして全能になったような思いだった。


表現しづらい感覚ではあったが、その感覚は強かった。

齢五十になった私でも、その感覚を覚えているのだ。

当時の自分にはよほど衝撃だった、そう認識している。


それらがとにかく楽しく、新鮮だった。



そんな毎日を過ごす中、私はとうとう図鑑に手を出した。


若かりし私は、図鑑というものをどこかつまらないものとして捉えていた。

もちろん今では、知識を()()とするにあたってこれ以上にないほどの書物だと理解しているのだが、その当時の私としては、そんなものはただの写真の集めたもので、自分が見るに値しないと思っていたのだ。



故に、驚いた。


私はその時、はじめて小説の中に色というものをつけることができるようになった。


それまでの私の中では、色のついた物語の解釈というものは存在しなかった。

いや、そう言っては語弊があるのだろう。


私は、図鑑という所詮は写真の寄せ集めとしか思っていないものの中に、生命の輝きを見つけ出した。そして物語の生命の輝きを見つけ出した。 これが正しい書き方だろう。


小説の読み進める中、当然ながら私はわからない植物や動物があれば真っ先に調べていた。故にそのもののことは知っていたつもりだったし、自分ほどの知識があれば物語の解釈を広げるという意味では十分だと感じていた。


しかしその考えはその時たしかに破られていた。


乱雑に開かれたのは蝶のページだった。


美しい鱗粉、ほのかに輝きを持ち合わせたむし独特の光沢。

絵などや、文字では言い表せられないほどの必然ではないはずの模様と色味。

今では荒いとされるその画像たちに、私は神秘を感じていた。


未知だった。


思い返して見れば、小説のために調べる動植物など、ほんの一片の美しさのみだった。

本の一匹にフォーカスを当てた、あまりに独りよがりなものだったのだ。


それに比べてこれはどうだったか。

種類別にきれいに並べられ、カラフルに並べられ、見やすく……。下の説明文には短くもまとめられた文章が綴られ、静かに眠っているのだ。


本に感謝した。


生きていたのだ。

ここに書かれている者たちは。


当たり前だが、その真実に驚いた。


私は心底嬉しかった。


今度は最初からしっかりと読んだ。

一時間が経ち、二時間が経ち……

館内の明かりが暗い窓の外に溢れるほどの時間になっていた。


私は何を思ったか首をくるりと回してストレッチをした。



ストレッチに満足して、瞳をまた落とすと、『海外』という判りやすく書かれたページに到達していた。


私は驚いた私に驚いた。


考えずとも当たり前のはずだ。


海外に生き物がいるのは。


だが5年生の私にはその事実はひどく酷なものだった。


私はもう世界をわかっていると思っていたのだ。

小説を読み、実用書を読み、色々調べ………

とにかく私には色々な本で蓄積された、感性が存在していると、確信してやまなかった。


しかしそうではなかった。

酷なものだった。


全く色味の変わらない、むしろ美しい動植物たちが存在し、その写真が図鑑に載せられているのに知らしめられたのだ。


私は眉間に拳銃を突きつけられたような幻を見ていたのかもしれない。



そう思ってしまった私はまた感謝しながら本を閉じた。






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