異世界に転送されたがブラック企業に勤めることになり、現実と大して変わらなかった件
最終話
異世界に転送されたがブラック企業に勤めることになり、現実と大して変わらなかった件
例のごとく俺は今働いている。戦争終結から1年。アバンベルト王国は平和を取り戻していった。復興もかなり進んでいて、ストリーマ商会の仕事も落ち着きつつはあった。イルガルダ帝国とは協和条約を結び、来たるべき時に向けて両国で準備をするらしい。俺は今日の仕事が終われば5連休というこの会社にしては破格の休日をもらえることになっている。しかし仕事で呼び出されるだろうから1日だけでも休めるといいな。かすかな希望を持ちながら荷物を届け、街に戻る。
「あんた明日から休みでしょ!朝7時に起きてここで待ってなさい!」
会社に帰るやいなやソニカから命令が下される。そして聞き返す暇もなくソニカは離れた行った。
「なんなんだ・・・」
疲れた体を引きずるベットに倒れこむ。60日ぶりの公休なのに朝から起着ないといけないのか。覚悟してたけど、心おれそうだな。
「はあ。」
ため息をついたとこから俺の記憶は途絶えた。
翌朝俺は言われた通り6時半には起きて、7時には言われた場所に立っていた。しかし待てども待てどもソニカは来ない。それどころか誰一人ここを通らない。普段ならみんな出社してくるはずなんだが。
8時。誰も来ない。そろそろ立っているのがきつくなってきた。
9時。シロが寄ってきてくれた。こんな俺を憐れんでいるようだ。
10時。ラムカアルカソニカがやってきた。
「早いわね。関心関心。」
ソニカは満足そうに言う。
「いや、7時って。これなら9時半とかでもよかったじゃないか。」
「あら、私そんなこと言ったかしら?覚えてませんわ。」
ソニカのやつ。絶対わざとだ。
「朝から喧嘩はいけませんよ~。せっかくのバカンスなんですから~。」
「バカンス?」
そうか仕事もひと段落ついたから姉妹でバカンスに行くのか。羨ましいな。待てよ。ということは俺もゆっくり休めるじゃないか。1年ぶりに1日中寝るぞ。
「それじゃあ敏雄さん、運転お願いしますね~」
「え?」
「あれ~ソニカちゃんに伝言頼んでたんですけど~聞いてなかったんですか~」
そこまでは聞いてない。ソニカの方を見ると嫌な笑みを浮かべていた。いつか仕返ししてやる。
「お姉ちゃんがトシーオさんの運転が一番安心できるからって、私は休ませてあげた方がいいんじゃないかって言ったんですけど・・」
後ろからアルカが顔を出す。
「ん~、アルカちゃんが敏雄さんに頼もうって提案したと思うんだけど~」
「そうよ、アルカお姉様が提案したんじゃない。私は嫌だけど。」
一言余計だソニカよ。
「でも~敏雄さんにしましょうって私が言った時のソニカちゃん嬉しそうな顔してたわよ~」
「そんなことないし!」
「でも~これ~」
ラムカは一枚の写真を取り出す。この世界にも写真は存在する。ただ白黒写真だけど。そこには目を輝かせているソニカが写っていた。
「なんでそんなもん持ってるのよ!!」
ソニカがラムカに強めに言っているのは初めて見たな。ソニカはラムカから写真を撮ろうとする。さすがは運送のエース動きが早く無駄がない。しかしラムカはその動きを凌駕する動きを見せ、ソニカに写真を取らせない。ソニカは肩で息をしているが、ラムカは息さえ上がってない。ラムカおそるべし。
「ふふふ。そろそろ行きましょうか。」
ラムカはソニカに写真を渡し、馬車に乗り込む。俺は馬と馬車をつなぎ馬に乗る。もちろんシロを連れていく。俺を助けてくれた優秀な馬だ。心なしかシロも嬉しそうにしている。気がするだけだろうけど。
「早く行きなさいよこのエロネズミ。」
「はいはい。それでは出発します。ってどこに行くんだ。」
「マーディルにお願いします~」
マーディルか。北にある海の街だったな。アルテガの生まれ故郷。
「了解しました。」
急ぎでもないので、俺は馬を歩かせ馬車が極力揺れないようにマーディルを目指した。
出発してから、後ろで3姉妹の仲睦まじい会話を聞きいていた。
「姉妹揃って旅行なんて久しぶりですね!10年と265日ぶりですよ。」
さすがはアルカ。
「そうですね~。あの時ソニカちゃんはまだ小さかったから覚えてないんじゃないかしら~」
「ぼんやりとしか覚えてないわね。なんか浜辺で・・・・」
「そうそう、確かラムカお姉ちゃんと私でソニカちゃんを砂に埋めたんだよね。」
アルカは大笑いする。
「あの時はソニカちゃんが大泣きして大変でしたね~」
家族団らんっていいな。羨ましい。
「そういえば、私サンドイッチ作ってきたんですよ。食べましょう。」
アルカを起点にラムカ、ソニカも続ける。
「そうかと思って、美味しい紅茶を持ってきました~」
「私はデザートにマフィンケーキを焼いてきたわ。」
みんな楽しみににしてたんだな。微笑ましい。
のんびりと馬を歩かせていたので、マーディルに着いたのは日が傾いたころだった。
「ん~つきましたね~」
ラムカが背伸びをする。アルカやソニカも荷物を降ろし、体を伸ばしている。俺も休憩なしで運転してたから体が固まってしまっている。俺は馬車に荷物がないのを確認してから
「それじゃあ、俺はこれで。」
馬に乗る。
「何やってんのよ!あんたもここに残るのよ!」
「えっ?」
「ソニカちゃんの提案ですものね~。」
ソニカの提案なのか。俺はてっきりアルカが提案してくれたのかと思った。
「今日は宿に行って休みましょう~。敏雄さんの部屋も取ってあるのでゆっくりしてくださいね~。今日の晩御飯は自由なので~。明日は10時ぐらいにここに来てくださいね~」
ラムカたちと一緒に宿に行き、ロビーで別れる。
部屋は少し豪華なもので、少し大きめのベットに暖炉まである。部屋の真ん中には少し大きめの円卓。正直自宅より過ごしやすい。こんなこと言ったらソニカに怒られるな。少しのんびりとしていると
コン コン
「はい。」
急にノックされてびっくりした。ドアを開けるとアルカが立っていた。
「どうしたんだ?」
「トシーオさんお昼食べてなかったですよね。これ、」
アルカの手にはサンドイッチとマフィンが入ったバケットと、紅茶の入ったポットとカップが持たれていた。
「い、嫌ならいいんですけど・・・一応トシーオさんに食べてもらいたくて残しておいたので・・・」
「嫌なんて、そんな。うれしいよ。ありがとうアルカ。」
アルカを部屋の中に入れ、コップに紅茶を注ぐ。
グゥ~
俺じゃない。アルカのお腹から大きな音が鳴る。
「えへへへ。」
「一緒に食べようか。」
「えへへへ。」
アルカと卓を囲んで食事をする。二人で配達をしたあの日以来だな。こうして卓を囲んでご飯を食べるのって。なんかこうして顔を合わせてご飯食べるのって緊張するな。一人暮らしが長かったから慣れてないのかもしれない。
「美味しいな。」
サンドイッチを1つ口に運ぶ。サラダを挟んだサンドイッチだったが、少し辛みがきいていて美味しい。
「それはよかったです。久しぶりに作ったので不安だったんですけど、喜んでもらえて良かったです。」
正直、おっちょこちょいなアルカが作ったものだから、砂糖と塩を間違ってるぐらいは覚悟したがそんなことは無かった。紅茶もサンドイッチに会う味で、流石はラムカ。アルカの作るものを分かっていての選択だろう。
「トシーオさん、どんどん食べてくださいね。」
そう言いながらアルカもサンドイッチをパクパクと食べる。というかあと1枚しか残ってないんだが。10枚ほどあったサンドイッチのほとんどをアルカが食べた計算になる。最後の1枚とデザートのマフィンを食べ、お腹は多少膨れた程度だが心は満足した。
「トシーオさんの世界には帰れそうにないですか?」
食事を終えアルカと暖炉の前でのんびりしていた。
「うーん、無理だろうな。俺がいた世界での俺は死んでるみたいだし。言ってなかったけど、1年前気を失ってる時に少しだけ向こうの世界に行ってたみたいなんだ。死んでたから幽霊みたいな感じになってたけど。」
笑い混じりに返した。
「そうですか。なんでしょう。トシーオさんにいてもらえるっていう嬉しさもありますし、帰れないトシーオさんが可哀想っていうのもありますし、複雑な心境です。」
「ははは。気にしなくていいよ。今の俺にとってはこの会社のみんなが家族みたいなもんだし、みんなには良くしてもらってきたから恩返ししなきゃ。」
「無理はしないでくださいね。また倒れられたらって心配しますよ。」
「そうだな。無理はしないようにしとくよ。」
その後は何気ない日常会話をしながら、2人で笑いあった。幸せだ。気がつくと夜も深けており、俺たちは慌てて解散し眠りについた。明日はゆっくり起きられるとはいえ寝坊でもしたらソニカに蹴られるからな。
翌日、案の定俺とアルカは寝坊した。俺は30分。アルカはその1時間後。ソニカに1発蹴りをくらいその日の業務?が始まる。
浜辺は観光シーズンなのか、人が溢れていた。予めラムカが取っておいた場所に腰掛け、荷物番をする。ついでに俺が場所取りしてなかったことに対してソニカに説教を食らった。三人が水後に着替えるために更衣室に向かった。
「はあ~なんとうか、平和だな~。仕事がない日って俺何してたっけ。」
休日のほとんどを寝て過ごしていた俺に舞い込んだ荷物番という名の休み。日が強く照っていること以外は特にこれと言って邪魔な要素はない。そもそもここら辺の治安事態そんなに悪くないらしいし、多少寝るぐらいは許されるかな。ラムカに頼まれて持ってきた荷物を開けると、中にパラソルと折り畳みのビーチチェアが入っていた。ビニールシートは広げてあるから、これを準備しとけってことなのかもしれない。この世界にも折り畳みのビーチチェアがあることに驚きなんだけど。俺が準備し終えるころにソニカがやってきた。
「ちゃんと準備してるなんてさすがね。最も準備してなかったら蹴り飛ばしてたとこだけど。」
嫌な笑みを浮かべるソニカは、黄色の水玉でワンピースタイプの水着だ。何というか、控えめな胸のこともあり、お子様感が隠せない。
「あんた今失礼なこと考えてたでしょ。」
「そんなことはないぞ。お子様感のあるいい水着だ。」
ドス
腹に思いっきり蹴りを食らった。
「あらあら~ソニカちゃんどうしたんですか~」
ラムカは紫のわかりやすいビキニタイプ。隠しきれない胸が、もう言うことなしだ。
「遅くなりました、きゃっ」
ズサー
こけながら来たのはアルカ。ピンク色のリボンが付いた水着で、かわいい以外言葉が出てこない。
「みんな揃いましたね~。遊びに行きましょうか~」
ラムカとソニカが海の方へ行く。
「いかないんですか?」
アルカは座っている俺に手を差し出す。
「誰か荷物見てなきゃいけないだろ?俺が見とくから、遊んできなよ。久しぶりの家族旅行なんだろ?」
「荷物番なんていらないですよ。ここはそんなに悪い人は来ませんから。ソニカちゃんがなんか吹き込んだんですね。それに・・・トシーオさんはもう私たちの家族ですよ。ほら行きましょう。」
アルカは俺に手をつかんでラムカたちの方へ連れていく。
「エロネズミ!何手ぶらで来てんのよ。なにか遊べるものでも借りてきなさいよ。えい!」
バシャ~ン
俺は海の方に押し出される。思いのほか力が強く後ろにこけてしまった。
「おいおいソニカ、俺着替えこれしかないんだぞ。まったく。オラ!」
バシャ~ン
今度はソニカの腕を引き込み海の方に投げ離す。
「やったわね!エロネズミの分際で!」
「私も混ぜてください~」
「ソニカちゃんだけずるいよ。私も!」
その日の夜。みんなはしゃぎすぎてクタクタになってるかと思いきや、ラムカだけなぜかいつも通りにしていた。夜はみんなで集まってご飯を食べる。ラムカの前にはお酒が置いてあった。俺たちはお茶や、フルーツジュースを頼んでいた。
「飲み物はそろいましたね~。それでは~、ストリーマ商会の未来に、かんぱ~い。」
「「「かんぱ~い」」」
「本当は終戦の後にしたかったんですけどね~。忙しかったからこんなに遅くなってしまいました~」
ラムカはお酒を一気に飲み干した。すごい。
「そんなことないわよ。こうしてみんなに長期休暇をあげられただけで十分じゃないかしら、お姉様。」
「おいしいこのお魚。脂がのっててとっても美味しいです。」
アルカは食べるのが好きなんだな。
「ちょっと話を聞きなさいよ。」
「まあまあ~」
「あははははは」
こうしていると、それぞれの良さがよくわかる。ここにきてそれなりに経つが正直一緒に過ごした時間は少ない。一人で運送に出ていることが多かったからな。この会社に拾われてよかったな。
「敏雄さん、ちゃんと食べてますかー。はい、あーん」
現状を説明すると、かれこれ食事会は盛り上がり、話が俺の扱いについてになった。
「私としては~、敏雄さんには私の隣でいろいろとお手伝いをしてほしいんです~。私もそろそろ結婚しとかないといけない年ですし~。社長の旦那さんともなれば将来安泰ですよ~」
「ちょっとまってよ!お姉さまとこのエロネズミが!いやいやいやいや。ありえないありえない。私はそんなの認めないわよ。だいたいこのエロネズミは運送業で私がボロ雑巾のように使うんだから、お姉さまと言えど渡せないわ!」
ソニカは席を立ち、少し大きい声を出す。うわー、本人の入る余地がないのか。
「ソニカちゃ~ん、落ち着きましょう?ソニカちゃんは敏雄さんと結婚したいわけじゃないでしょ?敏雄さんはどっちがいいですか?私と結婚するのと、ソニカちゃんの奴隷として働くのか~?」
「待ってよ、その言い方だとお姉さまの方が圧倒的有利じゃない!!それなら私と結婚しなさい!!これで条件は対等よ!!!」
やばいなソニカが引くに引けないところまで来ている。ソニカの顔がどんどん赤くなっている。
「あらあら~ソニカちゃんも結婚するんですか~。敏雄さんモテモテですね~」
ドン!
ずっと沈黙だったアルカが急に席を立った。そして飲み物の入ったグラスの中身を飲み干す。おい、まてアルカ。お前が今飲んだのって、ラムカのお酒じゃ・・・
「あれ、なんか頭がくらくらしてきました。敏雄さんが二人いますね。えへへへ。」
酔っぱらったら名前をちゃんと呼んでもらえるのか。俺はそこに一番驚いてしまった。
「敏雄さん?もっと食べましょうよー」
俺は助けを求めるべくラムカとソニカの方を見るが、そこには椅子だけが残されていた。逃げられた。ということはこの状態のアルカはやばいということだ。
こんなことがあり、俺は今終わらない“あーん”地獄を味わっていた。最初は幸せだったが、徐々にお腹が苦しくなり、今は根性だけで耐えている。
「敏雄さーん、口を・・・・」
ガタ
アルカはその場に伏せてしまった。
「まだやってたの?」
現れたのはソニカだった。
「助かった。ありがとう。もうお腹が限界だ。」
「まったく。逃げた私たちにも非があるからね。あと、さっきの話は私なりに本気だから。ちゃんと考えて答えを出してよ。」
「さっきのって、けっk」
ドス
「口に出さないで!」
ソニカはホテルの方に戻っていった。
「俺はどうしたらいいんだ。」
悩んで向けた視線の先にテーブルに伏せるアルカがいた。今はアルカを宿に連れて帰るか。
そういえばアルカたちの使っている部屋がわからない。宿の係の人もいないし、仕方なく俺は自分の部屋にアルカを連れていくことにした。アルカをベットに乗せ、俺は床に寝そべる。疲れたな。
ドン!
何かがぶつかるような衝撃で目が覚める。確認するまでもないアルカが落ちてきたんだろう。
「ベットに戻るぞアルカ。」
「敏雄さんは絶対に誰にも渡しません。」
寝言・・・だよな。
前とは違って、今夜はこれっきりアルカは落ちてこなかった。
それから1週間俺たちは大いにバカンスを楽しんだ。みんなでこうして旅行に出られるのは次がいつになるかわからないし、俺も仕事が始まれば休む暇もないだろうし。異例ではあったが休日を有意義に使えたんじゃなかろうか。
「それでは~帰りましょうか~」
それぞれが荷物をまとめ馬車に乗り込み、俺は運転席に乗る。
「出発します。」
馬を歩かせ、マーディルを出た。
「敏雄さん~?誰にするか決めましたか~」
帰り道、あと少しで街に着くというところでラムカからのキラーパス。初日以降誰一人としてこの話題には触れなかった。
「い、いやーこういうことはもう少しゆっくり考えないと・・・」
「そうよ!お姉様だってそんなにまだ焦るような年でもないでしょう?」
「あらあら~ソニカちゃんも本気だったのかしら~」
「うっ、本気じゃないわよ。まあこのエロネズミがどうしてもっていうなら、考えてあげないこともないこともないんだけどね。」
「ふふふ。こういう時は素直に言った方がいいんですよ~」
「トシーオさんは誰にも渡しません!!」
あの日と同じく、アルカが急に動き出す。これはもう1種の情報戦だよな。なんだか他人事のように思えてしまうのが申し訳ない。
その後も、後ろでは3人の言い合い?が続いていた。俺はそれを笑って聞きながら、街へと馬を歩かせる。また仕事が始まれば、こんな話をしてる余裕もないだろうしな。また明日からバリバリ働くか。そういえば、俺ここにきてから給料もらってないんだよな。まぁいいか。
現実で死んでしまったとはいえ俺は運よくこの世界にきて、ここの人たちと会えた。異世界に飛ばされてもブラック企業に勤めたというのは、俺はそういう人間なんだって言われているようで悲しかったが仕方がない。途中で戦争があってその間色々なことを経験したけど、俺はそこで成長できたと思う。こうしてここに来てからの生活を振り返ると・・・・振り返ると・・・・働いた記憶がほとんどだ。いやいや、楽しい思い出もあったじゃないか。すべて仕事中だったな。なんにせよこれからも楽しいことがあるだろうし、俺の人生はまだまだ長いしな。
とりあえず明日からの仕事を頑張ろう。
野上上先生の次回作にご期待ください