ここは現実ですか、いいえ異世界です
最終章
ここは天国ですか?いいえ異世界です
俺は死んだのか?体が軽く今ならどこにでも行けそうな気がする。いつも見なれた道をぼんやりとした記憶を頼りに進んでいくと、そこにあるのは俺の実家。帰るのはいつぶりだろうか。懐かしく感じるとともに俺の意識がはっきりし始めた。
実家の扉を開けると、靴が俺を除く家族3人分揃っていた。俺はリビングに向かう。そこには喪服に身を包んだ両親と弟がいた。
「敏夫が死んでもう1年になるのね。」
母は父に向かってそう言った。やはり俺はあの交通事故で現実世界では死んでいたんだ。そしてきょあ
「敏夫は光る才能こそなかったが、よくあの会社で働き続けていたよ。」
父はあまりそういうことを口にしない。弟の康夫に対しても褒めることはあまりしていなかった。
「でも、あんな兄貴いなくなってくれてよ良かったよ。高校ぐらいから俺一人っ子って周りに言ってたし。」
おいおい弟よ。お前ってやつは。
「康夫。そういうことは口にするものじゃないよ。」
母さん。ありがとう。
「確かに敏夫は昔っから頭は悪いし、不器用だし、これからの人生心配ばかりだったけど、優しさだけはあったわ。」
褒めるとこそこだけ?優しいって褒める場所が見当たらない人がよく言われることじゃない?いや、褒めて貰えるだけありがたいと思おう。
「母さん。優しいってだけで老後母さんたちを食わせていけるのかい?俺ならできるよ。ほらこれ。」
康夫は封筒を机の上に出す。
「なんだこれは?」
父は封筒をあけ中身を確認する、
「おお!四葉グループの本社に内定決まったのか!」
四葉グループ。大手の家電会社。俺が血反吐を吐いて勉強しても通らないであろう会社。
「何とか入れたよ。これが兄貴と俺の差だ。」
「母さん!今日は祝いだ酒を持ってきてくれ。」
「ちょっとお父さん。今日は敏夫の一回忌でしょ。」
「構わん。やはり信じるべきは康夫だ。敏夫のことはもういいだろ。」
えぇ。父さん?母さんもっと言ってやってくれ。
「そうね。父さんがそう言うなら仕方ないわね。私も久しぶりに飲もうかしら。」
母さん!
それから田中家では盛大なパーティが行われていた。なんだろう。怒りも悲しみも湧いてこないな。脱力。その一言に尽きる。俺はどうしたらいいの?この宴会を見守るしか出来ないの?悔しいとも思わないしな。
そこで俺の意識が遠のいていく。成仏の時間か。
「トシーオさん!トシーオさん!」
「この声はアルカ。迎えに来てくれたんだな。」
そうかアルカに会えるんだ。俺は、俺は
バシーン
「痛い」
バシーンバシーン
「痛い痛い」
バシーンバシーンバシーン
「やめてアルカさんもうやめて。」
「ソニカちゃんの言う通りにしたらトシーオさん起きてくれました!」
頬が痛い。何発くらった。ん?痛みがある。そしてソニカ?
「流石エロネズミね。ビンタして意識を取り戻すなんて。」
俺は体を起こし周りを見る。異世界での俺の部屋。
「すまん。説明してくれ。まずアルカが無事な理由を。」
アルカは俺の部屋の引き出しからあるものを取り出す。
「これ着てたんですよ。」
その手に防弾チョッキのようなものが。
「これ、銃弾を防いでくれる効果があるんですよ。それで打たれたところがここです。」
アルカが指さした場所は微かに凹んでいた。
「でも血が出てたじゃないか。」
「あはは。あれは血じゃなくてこれでした。」
「ケチャップ?」
アルカの手にはケチャップが。
「お弁当用に持って行ってたのが丁度倒れた時に破裂したらしくてそれが血に見えたんだと思います。私も撃たれたと思って気を失ってましたし。」
喜ばしいことなんだがなんというか、あれだ。
「全く襲われた状況だとしても、生死の確認ぐらいしなさいよポンコツ。」
「返す言葉もございません。」
ソニカに頭を下げる。
「それにあんたも、死にかけるぐらいならなんでお姉様の所に残らなかったの?あんたが可愛がっていた馬が一頭で帰って来た時はこっちも慌てたんだからね!!人手がいないから私が直々に迎えに行かないといけなかったし。いざ見つけたら見つけたで、意識を失ってて持って帰るの大変だったのよ。」
「本当に済まない。」
「まあまあ〜、無事だっからよかったじゃないですか〜」
「お姉様はこのポンコツエロネズミに優しすぎるんです!」
気がついたらラムカが部屋に入ってきていた。
「3人とも揃っている?戦争は!」
「終わったわ。あんたが倒れたあの日にね。」
ソニカから終戦の経緯を説明してもらった。アルカはあの時イルガルダ帝国の捕虜として捕まっていたらしいが、終戦とともに解放されたらしい。しかし俺は1か月ぐらい意識不明だったらしく、その間毎日アルカが俺にビンタをしていたらしい。両方の頬が痛いのは1か月のダメージの蓄積らしい。意識がない人間にビンタって、誰か止めてくれよ。
「さて~敏雄さんも起きてくれたことですし~仕事、始めましょうか~」
「もうですか!」
早!というか1か月寝たきりだったせいで体を起こすだけでも相当きつかったぞ。これ立てないんじゃないか。俺はベットから降りようとするが、体が思ったように動かない。頭では今まで通り動かしているつもりだが体が追い付かずに、その誤差がものすごく気持ち悪く感じる。
「無理はしないでください。お姉ちゃん、まだトシーオさんには仕事は無理ですよ。」
アルカが俺が動くことを手伝ってくれながらラムカに訴えかける。
「ちょっとこっちに来て。」
ソニカはアルカの腕をつかみ俺から離れていく。
「ちょっとラムカお姉様の朝の話聞いてたの?」
「朝、朝。多分私寝てたかも?」
「はあ。もういいわ。」
アルカとソニカが帰ってきた。
「話は終わりましたか~。それでは、敏雄さんにはアルカと各村を回って被害の状況を調べてきてもらいます~。心苦しい話なのですが、街の普及が終わるまでほかの村の復興は手が付けられなくて~」
なるほど。アルカと一緒ならこの体でもなんとかなるかもしれない。
「俺でもいいなら行ってきます。」
「そういってくれると思ってました~。それでは準備ができ次第出発してくださいね~」
ソニカとラムカは部屋を出て行ってアルカと二人っきりになった。
「・・・」
「・・・」
お互い無言になる。色々ありすぎて、何から話していいのかわからない。
「あ、あの、私準備してきますね。」
アルカは逃げるように部屋を出て行ってしまった。なんか気まずいな。俺も準備するか。
何も考えず、動かない体を引きずってベットを降りた。その瞬間重力に体を持っていかれる。やばい。本格的にヤバイ。立てない。まるで生まれた手の羊のように全身をプルプルさせながら動こうとするが座ることさえできない。助けを呼ぼうにも大声が出せない。人間って一か月でこんなに退化するものなのか。誰か助けに来てくれるまでこのままか。
ガチャ
助かった。早めに誰か来てくれた。
「キモ。ネズミらしく地面をはいつくばってるのかしら?」
この声と厳しい言葉はソニカだな。
「すまん。一人じゃ座ることもできないんだ。よかったら手伝ってくれないか?」
「手伝ってくれないかですって?お断りよ。一生そこではいつくばってなさい。」
ソニカが離れていく足音が聞こえる。
「待ってくれ・・・」
「あーもう!仕方ないわね。そんなみじめな声出さないでよ。」
ソニカが戻ってきて俺の肩を引っ張り上げてくれる。その一瞬俺の目には普段見ないものがちらっと見えた。
「水色のストライプか。」
ドゴォン!!
俺は吹っ飛ばされた。腹に思いっきり蹴りを食らって、ベットの淵にたたきつけられる。
「あんたねぇ!くッ、このエロネズミ!!」
ソニカは顔を赤くしながら走って出て行ってしまった。俺は痛みと引き換えにソニカのスカートの中を見ることに成功した。
「さっきソニカちゃんとすれ違ったけど、何かあったんですか?ってトシーオさん?鼻血出てますよ。どうしたんですか?」
入れ違いに入ってきたのはアルカ。
「何でもないです。」
結局アルカに手助けしてもらいながら着替えやらなんやらを済ませた。着替えを手伝ってもらうってのはわかっていたが恥ずかしいな。女性の前でズボンを脱ぐなんてなかったからな。ソニカの気持ちがわかった。次あったら謝っておこう。
一頭の馬で出発するのだが、当然一人で乗れるわけもなく、ここでもアルカに乗せてもらったのだが、∩の形で腹を馬の背に乗せられロープでぐるぐる巻きにされた。これじゃあまるで荷物じゃないか。とも思ったが今の俺はこれが限界なのだろう。これで出発しようとした時だった。
「待ってください~。」
ラムカがこちらに走ってくる。ギリギリ首が動かせる範囲だった。
「間に合ってよかったです~。敏雄さん、お注射です。」
ラムカは動けない俺に首元に容赦なく注射を打ってきた。痛いが声を出すわけにはいかない。少しの間我慢して、注射針が抜けていく。
「あのこれは?」
「強心剤です~。効くかはわかりませんが、一応町一番のお医者さんに貰ったやつなので安心してくださいね~。効いてきたら少しずつ体が動かせるようになると思います。」
「ありがとうございます。」
アルカが乗馬し今度こそ出発する。
「気をつけて言ってきてくださいね~」
ラムカは胸の前で小さく手を振る。
「絶対帰ってきなさいよ!!そして1発殴らせなさい!!」
ソニカの声が遠くから響く。
「ああ必ず帰ってくるさ。」
ソニカには届かないが、俺は出せる精いっぱいの声で叫んだ。
「はい!今度は絶対二人で帰ってきましょうね!」
次回で最終話ですが、少し投稿空くかもしれませんがどうかよろしくお願いします。