過酷な世界の希望
3章
3話
希望
「どうして俺を助けたんだよ。アルカだってまだ助かる可能性があっただろ!!」
俺は助けてくれた騎馬兵に八つ当たりしていた。自分でもわかっていた。でもそうでもしないと自分の心が押しつぶされそうだった。騎馬兵は無言で俺の罵詈雑言を聞いていた。いや聞いてなかったのかもしれない。俺はすべてを吐き切ると少しづつ落ち着きを取り戻していった。
「落ち着いたようだな。」
俺が無言になると騎馬兵は静かに口を開く。戦場からはかなり離れており、少し安全性が増したのだろう。
「私の名前はアルテガ・シード。お前のことは隊長から聞いている。ストリーマ商会の敏雄だろ。今回の輸送作戦の最重要護衛対象だった。アルカ・ストリーマのことは本当に済まない。我々もあの場所で奇襲を受けるとは思っていなかったのだ。言い訳だ。だが、君にもわかってほしいこれが戦争だということを。人は簡単に死ぬということを。」
「ああ、確かに戦争とは何かなんて俺はわかってなかった。でも、でも・・・」
今度は涙が止まらなくなる。
「目の前で、ひ、ひとが・・アルカが・・・死ぬなんて・・・」
胸が苦しい。あの一瞬が何度もフラッシュバックする。
「泣くことなら後からでもできる。でも今は、生きて、生きて帰る。生きて帰って死んだ者のことを皆に伝える。そしてみんなでこの世から送る出す。それだ生き残った者の使命だ。」
俺は涙をぬぐい、鼻をすすり、何とか涙を止める。
「そうだ。強くなれ。私も父上からそういう風に教わったもんさ。」
「父上?」
アルテガ・シード。まさか
「父上はミナルガ・シード。お前も見てただろう広場での演説。それにお前たちの護衛で一番近くにいたはずだ。」
ミナルガ。新兵たちをまとめ、士気を上げ、そして一番に犠牲になった隊長。
「たぶんあの様子じゃ死んでしまっただろうな。」
「なぜ、なぜそんなに平気そうに言えるんだ。」
俺の中では再び怒りがわいていた。人の死を平然と語るこの男に。父が死んだのに悲しみもしないこの男に。
「兵士だからだ。私も父上も兵士だ。いつ死ぬかわからない。特に戦争が始まってからはな。だからお互いに別れの挨拶は済ませておいた。」
俺にはわからない感覚。いかに自分がいた世界が平和だったのかを思い知らされる。
「父上はな、人をまとめたり作戦を提案するのが得意だった。逆に剣術はあまり得意じゃなくてな。これまでも前線に出たことはなかったんだ。そんな父上が前線に駆り出されるほど戦争は苦しい。だから父上はこの戦争で自分の死を覚悟、いや確信していたんだろう。だから私も覚悟していた。父上は立派に自分の務めを果たしたんだよ。と言っても君にはわからないだろうね。」
わからない。その生き方がかっこいいとも思わない。こんな世界に生まれなければ、そんな感覚や覚悟は身につかないんなと思う。
そして俺たちは街に戻った。俺は会社の前で降ろされ、アルテガは城の方に向かていった。俺はその場から動けなかった。ラムカやソニカにどんな顔して会えばいいのかわからなかった。なんて言ったらいいんだ。なんて・・・
「としおさ~ん。よく無事に帰ってきてくれましたね~」
その場で立ち尽くす俺に声がかかる。この声はラムカだ。振り返り、その姿を見た瞬間俺はその場に崩れ落ちた。
「敏雄さん。」
涙が再び押し寄せてくる。
「すいません。アルカが・・・・アルカが。」
そこから先の言葉が出てこない。
「連絡は受けてます。あの子のことは本当に残念でした。でもね敏雄さん。私たちがいつまでも悲しんでいたら、また大切な人を失ってしまうことになります。だからこそ今は強く立ち上がってください。みんなを守るために強くなってください。戦争が落ち着いたら、みんなでそれに送ってあげましょう。」
ラムカは静かに語りかけてくる。本当に強いな。その後も俺を励ましてくれた。そのたびに俺の涙は量を増していった。
何分ぐらいたっただろうか。俺は落ち着きを取り戻しつつあった。そこに
ドス
背中に軽い衝撃が走る。
「いつまでラムカお姉さまにくっついてんのよ。これからはドブネズミじゃなくてエロザルって呼ぼうじゃない。」
振り返るとソニカがいた。
「まったくいつまでもメソメソしてんじゃないわよ。こっちだって忙しいんだから。」
ソニカはそう言い残すと倉庫の方に向かって行った。
「ごめんなさいね。あの子なりに励ましてくれてると思うんですけど、忙しくて少しピリピリしてるんですよ。」
「大丈夫です。すいません。俺にも何かできることありませんか。」
「こちらのことは心配しないでください。今は心と体を休めることに専念してください。」
でも、と言いかけた時
「社長、次の指示をお願いします。」
別の社員がラムカのもとによって来る。
「私はこれで失礼しますね。休みは絶対です。1週間は仕事をすることは許しませんよ。」
ラムカはニッコリと笑顔を見せ、仕事場に戻った。
俺は部屋に戻り、布団に就いた。眠りに就く前に色々考えたが、いつの間にか眠っていた。
翌朝。昨日は夕方ぐらいに寝たから睡眠はだいぶとれた。しかしお腹がすいた。俺は目玉焼きを作り、食パンにのせて食べる。俺はアルカの死を忘れたわけではない。というより忘れられない。でもアルテガやラムカの言う通り、今落ち込んでいたって仕方がない。それより前を向くこと。朝ご飯を食べ終わり、俺は部屋を出る。昨日俺なりに考えた、俺にできることを実行に移す。
俺は軍の駐屯場に来ていた。アルテガに会うためだ。警備にあたる兵士にアルテガを呼び出してもらい、その場で待つ。
「よく来たな。少しは立ち直れたみたいだな。それで私に用とは何事だ?」
「すまない。俺を1週間で強くしてくれないか。」
アルテガは腕を組み少し下を向く。
「強くなってどうする?復讐でもするのか。第一そんな短期間で強くなれると思っているのか?」
「復讐なんて考えていない。ただ俺はもう何も失いたくないだけだ。できる限りでいい。ただ見ているだけはもう嫌なんだ。」
アルテガは俺の目を睨みつけ
「何も失いたくないか。もう少し現実を見た方がいい。何も失いたくないなんてそれは理想だ。だいたい1週間の訓練を受けただけでみんなを守れるほどの力が身に着くと思っているのか。それが可能なのは物語の主人公だけだ。お前は違う。どうやら外界から来たらしいが、それでもお前はただの人間。ただの運送屋の一員だ。冷たい人間だと思われるかもしれないがお前には現実を知ってほしいんだ。」
確かにアルテガの言うことも一理ある。でも俺は引き下がれなかった。
「確かに俺は物語の主人公なんかじゃない。ここに来たときはそんな浮かれ気分だったが、今はそんなことはない。自分の無力さを実感している。でも何もしないよりかは、少しでも何かを身に着けるように動く方がましだ。それが自己満足でも構わない。」
俺もアルテガの目をしっかりと見つめ反論する。アルテガは根気負けしたのか、組んでいた腕を降ろし小さなため息をつく。
「まったく。お前みたいなバカは中々いないよ。これだけは聞いておく。お前はその自己満足のために命を懸けられるか?訓練と言えど毎年3割が負傷しその中の1割が死に至る。なんも経験したことのないお前が生き残る可能性は大目に見て5割といったところだ。怖いなら引き返せ。」
俺は迷わずアルテガの差し出す手を握る。
「そうか。よろしく頼むよ。」
俺は死なない。それはただの願望。何の根拠もない。これから人生において最も過酷な1週間が始まる。