役割
3章
1話
役割
「すいません。この部分はこんな感じでよかったですか。」
俺は今働いている。とは言っても運送業務を外され、今はラムカの補佐をしている。補佐なんて聞こえはいいが、簡単に言うと雑用。先日アルカと配達に回ったときに、配達した荷物の一部に破損があった。アルカが積み荷を崩してしまった際に壊れたと思うが、それが確信できるわけでもないし、少なくとも俺にも責任がある。アルカは自分の責任だとラムカに言ったらしいが、その前に俺が“すべての責任を負うからアルカのことを責めないでくれ”と伝えたら俺の意見を優先してくれたらしい。
「はい~それであってますよ~」
そして今社長室には俺とラムカしかいない。俺は目の前の仕事に集中する。しかし少し視線を上げるとラムカの大きな胸が目に入り仕事どころではなくなる。かれこれ3時間こんな状態で書類作成を行っている。もちろん手書きだ。
俺がやっているのは、ストリーマ商会の物資移動の書類作成。在庫の確認を行い、どこの店に何が足りないのか、何をどれだけ補充すればいいのかをまとめる仕事。普段ラムカはこれを一人でこなしているという。しかし今は俺のことを眺めてはうたた寝をする。そして起きてまた俺を眺めることを繰り返している。たまに俺が質問しても
「はい~大丈夫ですよ~」
と寝たまま返答する。この姉妹は寝たまま何かするのが得意なのだろう。
ラムカに誘惑されながらも仕事をしていると、町の方が何やら騒がしくなってきた。
「どうかしたんですかね~。今日はお祭りとかじゃなかったと思うんですけど~。」
こんな時でも慌てないのがラムカの社長たるゆえんなのかもしれない。
ドタドタドタドタドタ。ドカーン。
「すいませんすいません。」
ドタドタドタドタドタ。
「お姉さま。キャッ」
バターン。
ドアが開いた瞬間アルカがヘッドスライディングしては入ってくる。
「痛たたた。あれトシーオさん。そんなことよりお姉さま、これを見てください。」
アルカは新聞を見せる。朝刊なら目を通したが大した記事はなかった。しかしアルカの手に持たれているのは大きく号外と書かれてあった。ラムカの横から新聞をのぞき込む。
「イルガルダ帝国宣戦布告。ソリアナ村陥落。」
思わず声に出して読んでしまう。
「嘘だろ。」
イルガルダ帝国。隣接する帝国なのは知っていたが、まさか宣戦布告って。
「敏雄さん、物資リストを見せてください。」
ラムカが急に真剣にリストを見始める。
「アルカ、1枚目をリムルさんに、二枚目をシウソラさんに、3枚目をソニカに、4枚目を・・・」
読み終わるまでに約5秒、その後指示を早口で出す。あの短時間で内容を理解し、支持まで出せるなんて、さすがとしか言いようがない。
「わかりました。すぐに行ってきます。」
アルカもアルカで、さすがの記憶力。24枚の指示書をそれぞれ誰に渡すかを即座に記憶した。多分。
「それを渡し終えたら、またここに戻ってきてください。」
「わかりました。」
ドタドタドタドタドタ。ドカーン。
「すいません。急いでいるので。」
大丈夫だろうか。心配になる。
「ラムカさん、俺にできることは・・・」
「今は状況を把握してもらいます。敏雄さんにはこの世界のことあまり話してませんでしたね。」
ラムカは書類をさらに書きながら語り始める。
「この大陸には二つの民族がいます。一つはイシール族。鉄を鍛錬する技術を持った民族。そしてもう一つはクルト族。石を使うことが得意な民族です。この二つの民族間で大きな戦争がありました。しかし結果はわかりきったようなものでした。石器では鉄器に勝てなかったのです。イシール族は戦争に勝ち、大陸を一つにまとめました。そしてクルト族を奴隷としたイルガルダ帝国を築きました。それからクルト族は300年にわたる奴隷生活を強いられました。しかしクルト族はその300年の間イシール族からたくさんの技術を学びました。今から約200年前、一人のクルト族が民族をまとめイルガルダ帝国に反旗を翻しました。イシール族の技術に自分たちの技術を加えたクルト族は一気に自分たちの領土を取り戻しました。そして私たちの国、アバンベルト王国を建国しました。それから100年戦争を経て、500年の停戦協定を結びました。」
「簡単にまとめるとこういう感じになります。」
ラムカの左側には大量の書類が積み上げられていた。
「書類届けてきました。」
アルカが再び入ってくる。
「次はこれを各倉庫のお願いします。急ぎですが、持てる便だけ持って行ってください。」
ラムカは積み上げた大量の書類を指さす。
ラムカは再び走って出ていった。音がしないということは、今度は誰にもぶつからなかったのだろう。
「俺も書類届けてきましょうか?」
なにか、何か手伝いたい。そんな一心だった。
「人にはそれぞれ適した仕事がありま。敏雄さん、あなたの役割は何ですか?」
俺の役割。俺は
「俺は運送屋だ。」
「いい返事です~。ついてきてください~。」
ラムカについていくと、そこは見慣れた場所。荷物を積むための馬車と馬がいるところだった。しかし荷物は何も積まれていない。
「ささ、これに乗ってくださ~い。出発しますよ~」
ラムカは馬車に乗る。俺が指定されたのはラムカとは別の馬車。乗り込みラムカとともに街を出る。
ラムカと平行に馬を走らせる。
「これから何をしに行くんですか?仕事内容を教えていただけるとありがたいのですが。」
「内容がわからないと不安ですか~?うふふふ内緒ですよ~」
ええ。ラムカと仕事をするのは初めてだが、不安ということはない。正直興味本位で聞いたとこはあるけど、さっきのしっかりしたラムカはどこに行ったのやら。
「冗談です~。これから私たちは避難民を街に連れていく仕事をします~。最前線のソリアナだけでなく、アルマ、コモラン、サルジェ、ここら辺の村は安全のために避難させるんですよ~。先に10人ほど先遣隊を送っているので、私たちの馬車が最後になります~。」
前から先遣隊の馬車がいくつか見え始めた。すれ違いざまに会釈をし、目的の地を目指す。
「でも気を抜かないでくださいね~。最後ってことはイルガルダ軍が目前に迫ってる可能性があるので~。」
「それって、ラムカさんが行ったら危ないじゃないですか。ラムカさんの身に何かあったら、会社はどうするんですか。」
なぜ危険を冒してまで出てきたのか俺にはわからなかった。
「だからですよ~。危険な場所に自分だけ行かないなんて卑怯じゃないですか~。社長だからこそ、自分から危険を冒して仕事に向き合うべきだと思うんですよ~。大事な家族を失いたくないですから~。あっ、ここでの家族は社員のことですよ~。」
さすがだ。覚悟が違う。
「それに~、私がいなくなってもアルカちゃんやソニカちゃんが何とかやってくれますよ~。」
「ラムカさんそれ、フラグです。」
「え~、フラグって?」
ラムカの覚悟を聞いたところで前方に徒歩でこちらに向かう集団を発見する。
「あの方たちですね~。早く安心させてあげましょう。みなさ~ん・・・・」
ラムカは避難民たちをまとめ二つの馬車に誘導する。少しぎゅうぎゅう詰めだが、一人二人をこんなところに置いていくわけにはいかない。そのまま俺たちは無事街に戻ることができた。
少し短いですが、近々続きを投稿します。