1部 ブラック企業と人生を卒業したら再びブラック企業に入社してしまった日
1章
1話
転送
俺は今、働いている。高校を卒業して小さな運送会社に就職した俺は、過労死をするんじゃないかというほど働いている。週休2日。これだけ見ればほかの会社と何ら変わりないのだが、うちの会社は自主出勤とは名ばかりの強制出勤を求められる。
「田中敏雄君。今日もお疲れ様。最後にこの荷物だけ届けてくれないか?」
そう俺の名前は田中敏雄。そして俺に命令を下すのは上浦士郎。ここの社長だ。時刻は22時。これからあと1軒の配達に回れば、家に帰れるのは0時を超えるだろう。明日は休みだが、自主出勤しなければならないので、7時半にはまたここに戻らなければならない。我ながらこの会社でよくここまで働いたと思う。そしてこれからもこの会社で働くのだろう。
頼まれた荷物はどうやらテレビのようだ。
「50型のテレビか。金持ちが買ったんだろうな。家の24型と交換してほしいぐらいだぜ。」
愚痴を漏らしながらトラックに乗り込む。目的地は20キロ先1時間ぐらいで往復できるだろうな。最近はやりの音楽を流しながら目的地を目指す。
目的の家は大きめの一軒家だった。トラックから荷物を降ろし、インターホンを鳴らすとすぐに住人が出てきた。
「夜分にすいません。お荷物をお持ちしました。」
住人は50代半ばぐらいの男性で、家からは新築特有の木材のにおいがした。
「いくらなんでも遅すぎるだろう。今何時だと思っているんだ!!」
男性は俺を見るなり怒鳴ってきた。怒鳴り返してやりたいが、仕事中なので我慢しなくてはならない。
「申し訳ありません。」
脱帽し深々と頭を下げる。
「お前の会社は常識というものを知らんのか!!・・・」
何分ぐらいだろう住人は俺に怒鳴り続けた。その度に俺は頭を下げ、申し訳ございませんという。挙句の果てには“それしか言えんのか。お前はオウムか”などと言い出し、俺の怒りは頂点に達する。しかし言い返せないのがこの仕事。憂鬱だ。住人は怒鳴り散らすと満足したのか受取書にサインをし、ドアを勢いよく閉める。帰ろう。
会社に戻るとオフィスは真っ暗だった。俺以外はみんな帰ったのだろう。
「はあ」
大きなため息を何回もつきながら、トラック内で着替えを済ませる。帰りは歩きだ。車が欲しいが買いに行く時間がない。幸い会社までは歩いて30分なので徒歩でも困らないことはない。しかしながら憂鬱だ。コンビニに寄り夜食を買い夜道を歩いていた。
「はあ。最近見てるアニメみたいに異世界に転生して最強になれたらな。」
そんなことがないことは百も承知だ。なんせここは現実だ。
「ん?」
ガリガリガリガリ
何かをこすりつける音が後ろから近づいてくる。慌てて後ろを振り返ったが遅かった。そこにはトラックがあった。かなり速いスピードでガードレールに車体をこすりつけながら歩道に突っ込んでくる。
そして俺は吹っ飛ばされた。宙に体が浮いた瞬間すべてがスローになった。
ああ多分このトラックの運転手もこんな時間まで働かされて疲労がたまっていたんだろうな。俺は恨まないよ。気持ちがわかるから・・・・
ドン
その時俺は死んだ。はずだった。
目が覚めると森の中にいた。
「はっ?俺はトラックに轢かれたはずじゃ・・・」
ここはどこだ。
「まさか、異世界か!」
近所にこんな自然的な場所はない。生まれてから26年この町で過ごしてきた俺が言うんだ。間違いない。
「あれ?こんなところで何をされているんですか?」
両腕を上げ喜んでいる俺の背後から、女性の声がする。異世界で女性。これは運命の出会いに間違いない。テンションがマックスの状態で振り返ると、そこにはピンクの髪の女性がいた。
髪は肩まで伸びており、身長は165ぐらいだろうか俺より10センチほど低いように見える。バストも大きいしヒップもそこそこ。マックスだったテンションが限界を超えてもはや言葉にならない声だけが漏れる。
「あっあのー、大丈夫ですか?(頭的な意味で)」
女性は恐る恐る聞いてくる。
「大丈夫じゃない。ここはどこなんだ。」
「えっどこから来られたんですか。」
「〇〇町から来た。」
知るわけないだろうな。なんせこの世界にはない町なんだから。
「ああ。なるほど。お姉ちゃんから連絡は受けてますよ。ささこちらです。」
女性は俺の手を引いてどこかに連れて行こうとする。俺がいた町の名前がここにもあるのか?そして俺はどこに連れていかれているんだ。
「あの~」
俺が口を開いた瞬間
「そういえば名前を言ってませんでしたね。私はアルカ・ストリーマと申します。あなたの名前は?」
「俺は田中敏雄だ。」
「ん?タナカ・トシーオ?変な名前ですね。田舎の方ではそんな名前を付けるんですか?」
女性はフフとほほ笑む。かわいいな。この人が俺のヒロインになるんだと意気込んでいたのは間違いだった。
連れていかれたのはまるで中世の城下町の様なところ。町の中心には立派なお城が建っており、異世界に来たという俺の考えが確信に変わる。城下町の中でもひときわ大きな建物の中に連れられると、大量の馬と馬車が置いてあった。
「お姉さま。ただいま戻りました。」
お姉さまと呼ばれた人物は紫のロングヘアー。腰ぐらいまである髪はきれいに手入れされており、かすかにいい匂いがする。バストもヒップもアルカより大きく、お姉さん感が半端ない(語彙力の壊滅)
「あらお帰りなさい。ソニカはもう帰ってきてるわよ。みんなでお茶しましょう。」
少しおっとりとしたしゃべり方なのも高ポイントだと思う。ハーレム主人公になれるんだ。なんて浮かれていると
「おかえりなさい。アルカお姉さま。ところで、そこの薄汚いドブネズミはいったい何者なんですか?アルカお姉さまと一緒にいるような男に見えないのですが。」
後ろから現れたのは金髪ツインテールの少女。身長はアルカよりも低く中学生ぐらい。バストもヒップも控えめで、ツンデレ感のあるわかりやすいキャラだ。
「あらあら、知らないお方にドブネズミとは失礼ですよソニカ。」
お姉さまと呼ばれる女性が肩をもってくれる。
「でも変な服装だし、なんか変な匂いがするし。こんな得体のしれない男がストリーマ商会にいること自体おかしいんじゃないですかラムカお姉さま?」
そうか紫髪の女性がラムカ。ピンクがアルカ。金がソニカというのか。しかしソニカの言いようはひどいものだが、ツンデレキャラなら微笑ましいことだ。ツンが大きいほどデレた時のギャップが大きくなるものだしな。
「あれ?今日ここに来る新人さんだと思って連れてきたんだけど・・・」
アルカは言う。そういえば何か連絡は受けているっていう感じで連れてこられたな。否定しなかった自分も悪いと思う。
「今日入社する方はすでに来られて馬の手入れをしてくださってますよ。実家で相当馬を扱ってきたのかとても頼りになる方です。」
ラムカがそういうと、アルカが首をかしげてこちらを見つめる。
「間違えちゃった?」
「もう、昔からあなたはせっかちで思い込みが激しいんだから。あまり人様を困らせるようなことはしてはだめよ。」
「そうよ。だいたいこんな変な奴がうちの会社に入れるわけないじゃない。」
「「「あなたは誰?」」」
三人は息を合わせたようにこちらを見る。
「えーっと俺は・・・・」
俺の身に起こったことをありのまま話した。名前やこれまでしていたこと。そして事故にあったこと。事故のことを話すとソニカが“ドブネズミにふさわしい最期だったってわけね”と言ってきたが、誰も俺をかばってくれなかった。というよりラムカは話の途中で寝てしまうし、アルカは話の途中から馬の方に行ってしまい、しっかり聞いてくれたのはソニカだけだった。
「それで、このドブネズミどうしますラムカ姉さま。」
ラムカは小さなあくびをし目を覚ます。
「なんお話でしたっけ?」
そうなるよな。
「この男、家も仕事も故郷もないらしいです。とりあえずそこらへんに捨てときましょう?」
「それはあまりにもかわいそうではありませんか。そうだわ。ここで泊まり込みで働いてもらうのはいかがでしょう?」
仕事か。こんなきれいな女性たちと働けるのなら大喜びだ。現実世界できつい思いをしたんだ。きっとこれは神様がくれたご褒美に違いない。
「ぜひやらせてください。俺どんな仕事でもやります。」
「へぇ~どんな仕事でもねぇ」
ソニカは言う。いやいや、あんなブラックな運送会社よりきつい仕事なんかないだろう。
「ああ、どんな仕事でもやってやるさ。」
こうして俺の異世界就職が決まった。
アルカに連れられ馬小屋の横にある小さな建物に案内される。
「今日からここを家として使ってください。ごめんなさい、寝泊まりできる場所がここしかなくて。でも安心してくださいね。うちの馬は臭いのない馬糞を出すのでこの部屋が臭くなることはありません。」
まるで自分が品種改良したかのようなエッヘンと言わんばかりのポーズをとるアルカ。
「最低限生活できるものはありますので足りないものなどは町で買ってきてくださいね。あっお金がないんでしたね。少しだけなら私が出しますので遠慮なさらないでください。」
アルカは優しいな。これぞ正統派ヒロインって感じだ。
「いやいや、そんな男にお金なんてもったいないわアルカお姉さま。働くと言っていますし、自分で稼ぐまでは我慢させればいいじゃないですか?」
ソニカは言葉遣いが定まってない。お嬢様言葉で統一しようとしているのは見えるが、素が出てる時がある。そしてそこに俺は萌える。
「暮らしてみないと分からないし、ちゃんとした部屋まで用意して貰えて嬉しいよ。」
「さすがはドブネズミね。この前までここはぶたごっ!!」
アルカが咄嗟にソニカの口を塞ぐ。
「ソニカちゃん?」
いま豚小屋って言おうとしてたのか?嘘だろ…
「いえ、なんでもないです。」
ソニカが怯えていた。もうしかしてアルカは実は怖いのか?
「それじゃ、あとはよろしくね。ソニカちゃん。」
そう言ってアルカは部屋を出ていった。
「よろしくねということはなにかするのか?」
ソニカに問いかけた瞬間俺は太ももの溝の当たりを正確にローキックで蹴られた。
「は?痛てぇ!何すんだよ。」
こう言ったはいいものの、痛すぎて床を転げていたので無様という言葉が良く似合うだろう。
「それはこっちのセリフよ。いい、あなたは今この瞬間からこの会社の社員なわけ。上司に向かってタメ口とはどういう教育をされてきたの?信じられない。あんたが来た世界でもきっとドブネズミのように扱われてきたんでしょうね。分かったらさっさと立って謝る!!」
くっ。確かに上司と部下の関係。いくら年下に見える少女相手でもそれを言われれば言うことを聞くしかない。
「申し訳ありませんでした。ソニカ様。」
様付けは完全に反射で出た。なんというかツンデレと思っていたが、ただのドSの女王にしか見えなくなっていた。
「ふーん。様付けをできるなんてドブネズミにしては上出来じゃない。ま、その調子で頼むわよ。」
いや、ただのツンデレだな。
「それで、これから何をすればよろしいのですか?」
「はあ?会社に来たらまず研修でしょ。私が直々にあなたの研修をしてあげるのよ感謝しなさい。」
おお!ツンデレ万歳!(個人差があります)
「ありがとうございます。」
これじゃあドブネズミではなく萌ブタじゃないのか?
「この会社のことを説明するわね。1回しか言わないからちゃんと聞きなさいよ。あと質問もなし。」
「はい!」
これまで仕事だと頭が認識すると体が重かったが、今回はワクワクしていた。体に魅力こそないが、可愛い金髪ツインテールに仕事を手取り足取り教えて貰えるのだ。男としてこれ以上嬉しいことは無い…いやあるな。
「いい?あんたがこれから勤めるのはストリーマ商会の運送業務よ。馬車に荷物を積んで他の街に届けるの。馬の扱い方や詳しい仕事内容は私が付いて教えるわ。なにか質問は?」
「ん、質問はないんじゃなかったのか?」
ドス
再び太ももに蹴りをくらった。
「そんなの臨機応変に対応しなさいよね。なんでもかんでも言われた通りにするぐらいなら子供にだってできるわ。」
理不尽。
「すいません。質問は無いです。」
「それじゃあ着いてきて。」
ソニカはスタスタと歩き始める。ついていくと荷物が敷き詰められた倉庫のような場所に着いた。
「ここで目的のものを馬車に積むの。今日運ぶのはこれだから、探してきて。」
1枚のメモ用紙を渡される。俺がいた世界の文字ではなかったが、何故か自然と読むことが出来た。そういえば言葉も通じてるな。そんなことを考えながら指定された番号の荷物を探す。倉庫の中は綺麗に整頓されており、全ての荷物に番号が振られていた。異世界だろうが運送業はこんな感じなんだなと感心しつつ、最後の荷物を見つけ台車にのせる。
「遅い。あんた前も運送業やってたんでしょ?ならこれくらいもっと早く済ませてきなさいよ。こんなんじゃ使い物にならないわ。」
「すいません。初めての倉庫は慣れてないものでして。」
台車を馬車の方まで持っていき、荷物を車内に載せる。崩れないように綺麗に載せると
「ドブネズミにしてはよくやるじゃない」
とお褒め?の言葉を頂いた。
「それじゃあ行くわよ。」
馬を2匹連れてきて馬車に繋ぐ。
「今日は研修だから1人1頭の馬を引くけど、荷物の量によっては1人で2頭の馬を引くから、そこら辺は自分でやって慣れなさい」
「はい」
俺は馬の手綱を引いたことないんだけど大丈夫だろうか?
街を出ると草原が広がっており、右手には小さな森のような所がある。俺はそこでアルカに出会った。舗装などはされていないが、一応道らしきものはあり、なんだか冒険に出ている気分だった。
「そういえばこの世界にはモンスターとかはいないんですか?」
王道RPGならここら辺でスライム状の敵が出てきてもおかしくは無いのだが
「はあ?そんなのいるわけないでしょう?そんなのがいたらドブネズミとこんなか弱少女だけで荷物運びなんてしないわ。」
自分でか弱いとか言うのか。ツンデレならありだな(個人差があります)
馬の操作も思ったより簡単で、ちゃんと教育されているようだった。
隣の村まではそんなに時間はかからなかった。
「運んだ荷物は各村にある宅配置き場に置くだけでいいわ。そうしたらその村にいる宅配員がちゃんと家まで運んでくれるから。ただし荷物が足りなかったり、中身が破損していた場合はすぐに私たちに連絡が来るから自己申告する事ね。」
そうか配達員が別にいるのか。もう前みたいにクレームを言われる心配はないんだな。良かった。心から安堵する。
「了解しました。」
「あとは会社に帰るだけね。いい。帰るまでが仕事だから、帰路も気を抜くんじゃないわよ。」
帰るまでが遠足か。懐かしいな。2人で馬車に乗り帰る準備をする。
「はい。全力で帰らせていただきます。」
「調子に乗るんじゃないわよ。」
少し声を低めにして言ってくるが、怖いというより可愛いという感情が勝ってしまう。
「おやおや、今日もお勤めご苦労様だね。いつも助かっているよ。」
馬車の近くに御年寄のおばあちゃんがやってくる。俺は咄嗟に馬車からおり、お礼を言う。
「ありがとうございます。そう言っていただけると励みになります。」
おばあちゃんは少し驚いたようにして
「新人の子かい?礼儀正しくていいねぇ。良かったらこの村に遊びにおいで。歓迎するよ。」
「はは、ありがとうございます。また顔をだしにきますね。」
優しいおばあちゃんだな。自慢じゃないが俺はおばぁちゃんっ子だった。それと同時に元の世界に残してきた家族のことが気になりだした。多分俺は元の世界じゃ死んでしまったんだよな。少なくとも行方不明扱いにはなってるだろうし、両親や祖父母は心配してるだろうな。馬車に乗り手綱を握る。ソニカと共に馬を走らせ村を出る。
「ドブ…田中だったっけ?」
初めてソニカから名前を呼ばれた。
「はい。どうかしましたか?」
「いや、なんか元気がないからさ。私少し言いすぎたかしら?元々口が悪い所があるから気を悪くするかもしれないけど、あんまり悪気はないのよ。」
家族のことを思い出して、元気がない俺を慰めてくれているのか?
「いや、大丈夫だ。少し家族のことを思い出して寂しくなったというか、そんな感じだ。」
言葉にし難い。俺は死んでないけど、家族とはもう会えないかもしれない。寂しいや悲しいといったマイナスの感情が心をグルグルと渦巻いていた。
「そっか。あんたにも家族はいたんだよね。」
ソニカが少し悲しそうな顔をしているように見えた。既に太陽は沈みかかっており、夕陽の逆光でよく顔が見えなかった。
「でも落ち込んでいても何も変わらないわ。家族への思いは大事にして、またここで新しい家族を作ればいいと思う。今の私にはこれくらいしか言えない。」
心から感謝する。その言葉だけで俺の気持ちは少しは救われる。こんな少女の前で落ち込んではいられないな。
「それじゃあ、ラムカ、アルカ、ソニカの家族に俺をしてくれ!!」
大声をあげて俺は言う。
「調子に乗るんじゃないわよ。ドブネズミにはネズミの家族がお似合いだわ。」
俺が笑うとソニカも笑う。ああ幸せだと感じるのはいつぶりだろうか。人の温かみを感じたのはいつぶりだろうか。いつか帰れる日が来るかもしれないけど、ここに来てよかったと思えるように日々を噛み締めて過ごそう。いや、帰ってもあの会社にまた行かなくちゃいけないのか…悩むな。
こうして俺の異世界初日が終わった。
100ページぐらいを目安にしている短編小説です。もし要望があれば少し長めに作れるようにはしています。