表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合磁石シリーズ

ヘリオトロープ 〜【百合磁石】外伝・アストリア編

作者: 里井雪


   心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。

                      (マタイ 5-1-12)


初めては、初潮が来て一年くらい経った生理の後だったと思う。何がきっかけだったのかははっきりとは覚えていない。おそらくネットで見た情報から興味が湧き、軽い気持ちで試したのだろう。


約半数の女の子が経験していることで、決して恥ずかしいことではないとも書いてあった。だけど。だけど。後で感じる悔恨(かいこん)の念はなんだろう。私が男だったら、こんなに悩む必要などなかったのだろうか。


あの子のことを想うと、指が勝手に動いてしまう。毎晩、こんなことしている自分。背徳感。自虐は倒錯した快楽となって私を襲う。それを快楽と感じる罪悪感に打ち拉がれる。まるで永遠の呪いのようだ。私はシーシュポスになってしまった。


世の中では「性差別はいけない」「同性愛者への差別もいけない」と言われている。でも。でも。ここで言うところの「性」という言葉に何か決めつけのようなものを感じる。


「女の子はこうあるべき」「男の子はこうあるべき」って誰が決めたことなの? 性別ってジェンダーってなんなの? もし私が自由に法律を決めていいのなら、真っ先に、戸籍の性別欄を八十億に増やすだろう。


去年の春、入学式の日。中学の制服に袖を通した。真新しい布地の匂いがする。仕付けを解いたヒダスカートの整った折り目が心地よい。だけど、ちょっと大きいかもしれない。ぶかぶかする感じが恥ずかしい。


とはいえ、一年もすれば体が服に追いつくだろう。私は明日あることを信じて疑わなかった。そう。あの日までは。


二年のクラス替えの日だったと思う。隣の席の子に挨拶をした。


「はじめまして。かな?」


「ああ。私、K市から転校してきたから。今日がこの中学デビューよ。よろしくね」

さりげない会話だった。


私はその子の睫毛を見ていた。まさかマスカラしてないよね? モデルみたい。羨ましいなぁ……と。


その時から、あの子のことが忘れられなくなった。あのサラサラの髪はどんな香りがするのだろう。しなやかな指、桜貝のような爪。


もしも。もしも。あの指が私に触れたのなら。稲妻が閃き私を貫く。耐えきれず私は、膝をつき、あの子の靴に口づけをする。そして永遠の隷従を誓うのだ。


「好き」「愛してる」などという感情はよく理解できない。あの子を我がものにしたいという情欲でもない。私にあるのはただ、ただ、あの子の所有物たりたいという願望。妄想と言った方が適切かもしれない。一方的で倒錯的な偏愛。それは十分に承知している。


男女の恋愛が成就することだってそんなに高い確率ではない。ましてや女の子同士。サハラ砂漠で一本の針を探すようなものだ。だから、結ばれることなど望んではいない。これは意味なきこと。でも。想いだけは伝えたい。


屋上? 校舎の裏? とんでもない。あの子の顔を見た瞬間、私は言葉を失うだろう。ならば、手紙を書こう。あの子が読んだら。きっと嫌われる。軽蔑される。私の想いは破り捨てられ、ゴミ箱に消えるだろう。


それでも。それでも。夜毎、あの子は夢魔(ナイトメア)となって私を蠱惑(こわく)する。金の矢が私の胸を貫いたのだ。傷口は真紅に染まる。もう息もできなくなった。この苦艱(くかん)を終わらせるためならなんだってする。だから、手紙を書こう。


なぜ、そんな結論を出してしまったのか。今になっても分からない。当時の私は身勝手だった。目の前にある艱難辛苦(かんなんしんく)、そう信じていただけなのだ、から逃れたい一心だった。


ある夏の日。私は恋文をあの子の下駄箱に入れた。手垢のついた古典的な手法だ。その日、あの子と顔を合わせることもできなかった。でも構わない。これで全てが終わった。キリがついたのだと思った。


翌日、夢想だにしていなかったことが起こった。心なしかクラスの子たちが私を避けている。


「ねぇ。ねぇ。A子って、レズだったの? きもぉい。Bちゃんもいい迷惑よね。ストーカー? やぁだぁぁ。あっ。ダメダメ聞こえちゃうから」


故意なのだろう。私に聞こえるように囁いたのだ。あの手紙がみんなに流れた? そうとしか思えない。当然、あの子からは無視された。これは覚悟していたことだ。でも、クラス全員からなんて思いもしなかった。


この事件は担任の知るところとなった。先生は四十代。落ち着いた感じの女性だ。クラスルームで彼女が話す。


「みなさん。性の多様性という言葉を知っているでしょうか?」


えっ。先生何を言ってるの? 私はあの子が好きだったのであって、女の子しか愛せないなんて一言も話した覚えはない。


先生は同性愛についての一般論を延々と語り、差別はいけないと、これもお決まりの台詞で締めた。ここで私は同性愛者であると断じられた。


もちろん百合に対して偏見をもっているわけでもなく、今は最愛の「女の子」がいる。だけど、ジェンダーなんてすごく曖昧なもの。当時の私の気持ちは水に流れる木の葉のごとく揺れていた。自分の性自認も指向も定かではなかった。


女だ男だといった固定観念に囚われる必要はないと今なら分かる。でも、あの頃の私は困惑した。アウティングされたことに絶望を感じた。身に覚えのない反逆罪を押しつけられ、十字架に手足を打ち付けられたのだと思った。


一般に虐めというのは上履きやノートがなくなったり、物理的に暴力を振るわれたりというイメージが強いのかもしれない。


だけど、ネガティブな虐めというものも存在するのだ。言葉を交わさない、挨拶しても返事がない、グループを作るような授業があれば、私は最後まで取り残される。


おそらく同性愛うんぬんは単なるきっかけに過ぎない。人の本質は残虐なものなのだ。彼らは加虐の悦楽を日々の(かて)とし、常に(にえ)を探している。


人なんて人なんて。大っ嫌い! どうか神様、私に万能の願望器をお与えください。「人類が一日も早く滅亡しますように」と願うから。


学校に行けなくなった。部屋から出ることさえできなくなった。抗うつ薬、睡眠薬、たくさん飲まされた。


まだ、人を呪えているうちはマシだった。呪詛(じゅそ)の言葉すら出てこなくなる。どんどん自分が無価値なものに思えてきた。もういいや。どうでもいいや。


ある日曜日。私は久しぶりに制服を身に纏った。今思うと信じられない。私は制服以外、マトモな外出着すら持っていなかった。


着古された制服。一年半の歳月は真新しかった希望を薄汚れた布切れに変えていた。なんだ私、裳すそ切れたる衣を着た少女(おとめ)じゃない。


そうか。卑しい奴隷の分際でお姫様を想うから。全ては身の程を知らぬ私への罰だったのだ。


だけど「開いてくれるな」と心のどこかで願っていた。無情にも、屋上のドアは錆びた音をたて私を(いざな)った。寒い冬の日。私は空を舞った。もちろん、私には羽などない。



-* -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


あれ? 落ちてたはずなのに。ここはどこ? 死んだのかな? 私。


慈愛に満ちた表情というのだろう。女神様が私の顔を覗き込んでいた。


『百合磁石なオレ(♀)が異世界で「受ける」お話』の外伝にあたるストーリーです。位置づけ(あくまで、位置づけだけ)からいうと「十二国記」に対して「魔性の子」です。


百合ストーリーですので、タイトルは吉屋信子の花物語の一節からとりました。花物語の方は奴隷が王女に恋をする物語です。「裳すそ切れたる衣を着た少女」と書いているのはそういう意味です。


ヘリオトロープは香水などにも使われる紫色の可愛い花です。ギリシャ語で「太陽に向かう」という意味があり、身分違い、決して叶わぬ恋を象徴しています。


本文がいきなりマスタベーションのシーンから入ったのは、本編(百合磁石)がエロいということではなく、結末として自死に至る主人公を「純真無垢なかわい子ちゃん」「無謬むびゅうなるヒロイン」として描きたくなかったからです。


冒頭の聖書の言葉は、彼女が女神に転生するということを暗示したつもりです。主人公は異世界を救う救世主です。そんな女神様であるが故に、人の汚れを知り、自身も決して真っ白ではなく、人類に怨嗟の念を持っているくらいの方が相応しいのでは? という逆説的な意味合いもあります。


さらには。愛する人のために命を懸けるヒーローなんて二流。クソッタレに手を差し伸べる人こそ、最高にカッコイイという持論もあります。


本編が一人称ですので、こちらも、女の子目線一人称となります。残念ながら♂と生まれた私に、女性の深いところまでは分かりませんが、女性と言ったって全員が金太郎飴でもないでしょう。「土佐日記」だってあるし……と開き直ってのトライです。


リアリティーという意味で、中学生がここまで考えられるとは思いません。これは、転生した後の女神様が過去を振り返っているという体です。


また、私は鬱病やジェンダーの揺れについては、少しだけ実体験があります。女の子のマスタベーションについては「彼女情報」を元にしています。経験則的なものが生きてればいいなぁ〜とは思っています。


ジェンダーの揺れというのは、私は幼いころから女の子遊びが好きで…あたりから入ります。試行錯誤(詳細は省きますw)を繰り返して出した結論は「私の女性への憧れは目的ではなく手段である」です。いろいろな意味で、自分が男だから(これも思い込みです)持ち得ない感性に嫉妬していただけです。


ですので、残念ながら私はトランスジェンダーではありません。その嫉妬も実は私の性別が問題ではなく、才能がないからに過ぎません。というところに至るまで、随分、時間がかかりました。ただ、ここで書きたかったのは、他人の固定観念です。


ある日のこと。私、結構悩んで、ある人に相談しました。ところ「あっ! そういう人、今は全然珍しくないから。実は男の人好きなんですよね」相談した人は全くの善意です。悪意がないから余計に怖いです。結構、ショックでした。「いやいや違うんです!」みたいな言い方は、ゲイの人を悪様に言うようで気が引けますしね。


その他、シーシュポスという言い方は永遠を繰り替えすという意味で、ギリシャ神話「シーシュポスの岩」よりです。


というようないろいろあって、出来栄えは別としても、思い入れの短編です!


でぇぇぇ。なんだか本編と違って真面目一本ですねぇ。本編側はネタ満載でコミカルな部分も多いです。毛色は大きく違いますが、よろしければ読んでやってください。


https://ncode.syosetu.com/n3831fy/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] わーお、作者の叫びと思ったらやっぱり作者の叫びだったよ。 [気になる点] 『彼女情報』、ちょっと羨ましいかも。 大きなアドバンテージですね。 [一言] 安心と信頼の女子力。 とりあえず…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ