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ミッドナイト・デイドリーム 前

木製でこそないものの古めかしい内装の客車のシートに2人、横並びで腰掛けている

平日だからなのだろうか、観光同然の列車だというのに座席が埋まるほどの客は乗り込んではおらず、故に私たちの向かいになる席には誰も座っていなかった


時折鳴る汽笛とレールの継ぎ目を通る音が僅かに眠気を誘ってくる

そして、私よりも早くその魔力に惹かれている者が隣に1人


「なんで誘った当人が横で寝ようとしてるの」

「ああ、ごめん

丁度この音の間隔と風が心地よくてつい」


そう言いながら再び船を漕ぎ始めた彼女を半目で見ながら肘で突いておいた



話は少し前に遡る


既に夏休みへと突入し帰宅部であるが故に登校日でなければ学校に行く必要がなく、課題さえもその殆どを終わらせてしまった私は特に何か用事があるわけでもなく、冷房の入った部屋で未読のまま放置していた本の山の処理を実行していた

とりあえず暇なときにでも読もうと思ってタイトルとあらすじだけで買った本は既に壁面の本棚にさえ収まらなくなってきており、山積みにされた本がそろそろ部屋の床を抜きそうだと心配した両親の手によって何度か売却の危機に遭っている


更に、この本の山の原因は自分一人だけではない

特にBGMもなく静かに本を読もうとしている私の隣で携帯ゲーム機を無言のまま操作する、厄介に名前と人格を与えたような彼女の本までもが山の中に紛れ込んでおり、そろそろその量は1/3を越え始めている


その1/3の原因である彼女は丁度区切りが付いたのか、ゲーム機から手を離して伸びをしたのだが、運悪く前に戻そうとした手が本の山を直撃し、整然と積まれていたはずの本は無情にも派手な音を立てて崩れ落ちた


真っ青な顔のまま本の山が崩落する音を聞いていた彼女が再起動したのは音が収まってから暫く後の話である



「それはもう読んだ、それは・・・ああ、まだだわ」

私が読んでいた本も丁度終わったところだったので思い切って整理することにした

とはいえ、山の2/3は自分の本なのでその構図は『自分の部屋の整理に他人をこき使う畜生』等と言われても仕方の無い状況ではあるが


「それは・・・私のじゃない」

真実が自分の本かどうかを確認し、違えば私に見せるという手順で未読か既読かを判別しているとどちらの物でもない本が一冊だけ紛れ込んでいた

「本当に?」

「それくらい覚えていないとこれだけ積めるわけがないでしょ」

「それもそうか」


本の表紙に記されているタイトルは『銀河鉄道の夜』、昭和初期に最初の出版が行われた宮沢賢治の作品である

流石にそんな古い物が混ざっている訳はなく、比較的最近のものであるが


「ゆっくり読んでも2時間程度かな、内容は何となく覚えているけど

それよりなんで混ざってたの」

「さあ?私も買った覚えないし、買ってたらメモ残してる筈だし

それでこれ、どうするの」

「この山の中に混ざってたって事は二人のどっちかの物として扱っても良いって事でしょ

他に入ってくる人なんて親除けば殆ど居ないから混ざりようがないし」


結局の所、知らないうちに混ざっていた一冊の本は放置が確定したようである

「丁度区切りも付いたし何か食べる?」

携帯の時計を見て既に昼を過ぎている事に気が付いたのだろう、返事を聞く前に彼女が立ち上がってキッチンの方に入っていく

そのキッチンの方で冷蔵庫の扉が閉まる音がするのと、私が「あ」と声を上げるのはほぼ同時だった


「玖美?冷蔵庫の中身殆ど無いけど」

「・・・買い物行くの完全に忘れてたわ」


何処かに食べに行こう、と言う話になったので近くの喫茶店に入ることにした

最初はコンビニも考えたのだが、その後買い物に行くのなら外で食べられる方が良いと言うことに気が付いたからだ



「ところで、ここまで歩いてくるなら食べるためだけの店に入らなくても良かったんじゃない?」とは真実の言

尤も、注文どころか既に料理が運ばれてきているのでもう店を変えることは出来ない・・・それに

「だってショッピングモールの飲食店じゃこんなに落ち着いて食べられないでしょ」

「あー、夏休みだしね」

フードコート方式ではなく飲食店ごとに分かれているとは言っても今は夏休み、当然混んでいると考えておいたほうが良い時期である


入ったのは喫茶店なものの、出てきたランチメニューは寧ろ個人経営の飲食店といった感じがするものだ

大きなお皿に葉の物のサラダと揚げ物(この日は白身魚のフライであるらしい)、小さなガラスボウルに入ったポテトサラダが載っており、あとは白米に味噌汁、お新香


「本当に喫茶店っぽくないね」

「やかましい

どうせ他の喫茶店行ったってガッツリ食べるんだから、それなら食べた感がある方が良いでしょ

それにちゃんと食後の珈琲と甘味は出てくるし」

「出てくるっていうか注文してたけどね」

テーブルの下で真実の脚を蹴る、ということは流石に行儀が悪いのでしなかった

代わりに思いっきり脚を踏んでおいたけど、靴の上からだから問題ないだろう

・・・少々痛そうな顔をしているが、問題あるまい



丁度料理を食べ終わった頃になってデザートの小さなケーキと珈琲が運ばれてきた

ランチタイムだというのに、客の姿はまばらで店内には小さなBGMと、時々食器の当たる音が響くだけで随分と落ち着いている


まだ微妙に湯気が立っている珈琲をそのまますぐに口元に運んで味を見る私と違って、正面に座る彼女は一口も飲んでいないにも関わらずこれでもかというほど砂糖とミルクを入れていた

あれだけ入れてしまうともう珈琲ではなく、乳製品に分類される『珈琲のような何か』になってしまうと思うのだがそんなことを今更口にする気は無いし、言ったところで何の解決にもならないことはよく知っている


ブラックコーヒーと一緒に口にするにはやや甘さ控えな一口サイズのデザートはすぐに平らげ、時間をかけて残りのコーヒーを飲み干した



「で、買い物は済んだわけだし

明日ちょっと出かけない?」

食料品を買い込んだ帰り、自転車を押す彼女が唐突にそう言った


同じように自転車を荷台代わりにした私は、今朝どこからともなく現れた本を思い出していた

「・・・もしかしなくてもあれ?」

「何想像してるかは知らないけど多分合ってる」

「また突飛な

それで、今度はどこに?」



予想以上に早く起こされることになった私はのんびりと朝食を摂るような時間もなく、洗顔と着替えだけ済まし、地下鉄の始発に乗り込むことになってしまった

こういうときの勢いと準備だけは良い彼女が予約が必要な席を取っておいてくれるお陰で、時間さえ守ることができるのなら快適な旅が約束されている


ただし、起床時間だけは全く考慮されていないというとんでもない問題点を抱えているが

話を聞いてから慌てて用意したコンビニのサンドウィッチにありつけたのは地下鉄からの乗り換えで乗った特急のシートに2人、横並びに座ってからの話である


終点のホームに滑り込んだ特急から今度は更にその先に向かう普通列車に乗り換える

運営している会社は違うのに、ここではホームの端に設置されている端末にICカードか携帯を翳せばそれだけで乗り換え手続きが完了となるのでとても楽だ

・・・切符を買って乗る人はどうなるのか、という点には触れない方が賢明であろう



そのまま列車に揺られ1時間ほどで漸く目的の駅へと辿り着いた

そこで普通列車を降り、また別の列車に乗り換えかと思えば彼女は唐突に

「ここから次の駅まで歩こうか」等と言い出したわけである


「ちょっと勘違いしてた訳なんだけど、目的の列車は乗り換えてから更に一つ先の駅から出るらしいのよ

おまけにまだ2時間くらいあるから偶には散歩もいいかと思って」

「ちょっとアンタが何言ってるか解らない

・・・つまり、私はその勘違いと気分のために5時に起こされたって事?」

「そうは言ってない、その列車に乗るのに当日券の確保は必須だからね

出来れば予約した方が良いんだけど思いついたのが昨日だったからもう予約が取れなくてどうしようかと思ったんだけど調べたら当日でも座席が空いてさえいれば乗れる訳でそのまま予約状況確認したら暫くは空席ありが並んでてこれはチャンスだと考えたけど朝早く行っておかないと当日券あるかどうかも分からないでしょ?

というわけでちょっと必要な切符買ってくるわ」

「あっ、ちょっと待て!」

言葉を素早く並べ立てたかと思えば素早く逃げ出した彼女を慌てて追いかける


結局、口以上に脚の速い彼女を捕まえられたのは窓口にいる気前のいい駅員さんが指定券を発券している時だった




「日傘、あんまり長い時間日に当たると日焼け通り越えて火傷起こすでしょ」

『勘違いしていた』と言う割に彼女は鞄から2本の折りたたみ傘を取り出し、その一本を私に差し出すのだ


確かに、遠くに積乱雲が見えるほかは見事すぎるまでの夏らしい青空である

こんな中に長時間いれば真っ赤になってしまう事を知っている彼女はこういうときのために、と常に鞄の中に入れているそうだ

その話を聞いた私はこう返した

なら早合点するのもどうにかしてよ、と


元々私が使うことを想定していたのか、手渡された日傘は白地に少しだけ模様が入っている上品なデザインの物だった

一方で真実の差した傘は特に模様も細工もない銀の表地で、彼女自身実用性重視なのがよく分かる

因みに2本とも裏地は黒だったので、ちゃんとデザイン面以外も考えられているようだ


盛夏故か騒がしささえ感じさせる蝉の合唱をBGMに駅前のロータリーに面している道の坂を下り、そのまましばらく道なりに歩き続ける

土地柄もあるのか流石に今住んでいるところほど喫茶店が点在するというようなことはなく、一度休憩しようと言って立ち寄った店は彼女の言う『次の駅』の駅舎の中にあった


基本的にサンドウィッチかホットドッグしか食べ物は扱っていない店のようで、私は朝の具と被ることを避けた結果タンドリーチキンのサンドを注文することになった

尤も、朝にミニ助六を食べていた彼女はホットドッグを選んでいたが


時間故なのか、それともそれ以外の理由があるのか店内で食べている客は他に居なかったので座らせて貰ったが、それだけでわずか5席しかないテーブルはその半分近くが埋まったことになる

サンドウィッチと言われてすぐに思い浮かぶ角形食パンを切った物ではなく、小さなバゲットにも見えるパンがベースのそれを片手にセットドリンクの紅茶で軽く喉を湿らせた私は小さく溜息を付いた


サンドウィッチと紅茶は随分ゆっくりと口にしていたつもりだったが、食べ終わって腕時計を見てみるとまだ10時にもなっていなかった

列車自体は12時直前と聞いているのでもう少し時間を潰さねばならないことになる


鉄道と同じ名前の川でも見に行く?と言い出した彼女に雷か拳骨でも落としたい気分ではあったが、抑えて大人しく散策に出ることにした

とはいえ有名な観光地というわけでも大きな公園があるというわけでもないので1時間も経たないうちに散歩を切り上げ、残りの時間を駅のすぐ近くの土産物を扱う売店で潰すことになったわけだが


先に買うことが出来なかった乗車券を購入して入場すると、まだ目当ての列車は来ていないというのにホームにはそれなりに人が居たが、周りに居るのは家族連れが多く私たちのような客は明らかに浮いている

その中に混ざって少し待っていると煙を吐きながらゆっくりと走る機関車に引っ張られた客車が滑り込んでくる


開いた扉から乗り込んで指定券の番号通りの席に座って待っていたが、ボックス席だというのに向かいの席に座る者はアナウンスと共に列車が動き出しても現れなかった


列車はいくつものカーブとトンネル、橋を通過し時に微睡みと共に私たちを運ぶ

・・・微睡みに関しては仕方があるまい

直前まで居た売店で購入した弁当を列車が走り出してすぐに食べたので満腹になっていたのと、早起きした上にここまで殆ど休みなしで動き続けていたのだ



特に周りの景色が不自然に変わったりすることもなく、蒸気機関車の牽く客車は川を横目に終着駅のホームへとゆっくり進入し、やがてブレーキの音と共に完全に停止した

時々寝かかっていた彼女も流石に終点に近付く頃には起きており、さっさと降車準備を済ませていた


一応乗車券はこの駅までの片道分しか買っていないので改札を出て振り返るとそこに時刻表が掲示されていた


「折り返しの列車は1時間以上先か・・・

資料館あるらしいけど興味ないし、すぐ近くに喫茶店もあるからそこで時間潰そうか」

「賛成、流石にこの状態で1時間も歩き回りたくないし」


駅前すぐにある喫茶店に入り2人揃ってコーヒーとチーズケーキを注文したが、ここに店があると知っていれば売店で弁当を買って食べるようなことはしなかったかもしれない

・・・尤も、店内が混雑している所為なのか注文して15分ほど経ってから運ばれてきたので車内で弁当を食べるという判断は間違いではなかったらしい


行きとは違い、帰りはごく普通の電車で乗換駅まで乗り通す事が出来る

いくつかの駅を通過していた往路に対して復路は全ての駅に止まるということも相違点であろうか

その車窓は行きの逆回しに近いものなので特に何か目新しいことがあるということはなく、観光列車でもないために再び眠りそうな隣人を時々起こそうとしなくてもいいことくらいか



乗換駅に着いてからの動きもやっぱり行きと同じ・・・のはずだったのだが、何を考えたのか彼女は3つ目の乗換駅で時間を潰そうと言い出したのだ

ホーム端に設置された乗り換え用の端末に携帯を翳すだけだった手間が2回改札機を通る手間に増えるが、こんなことが日常茶飯事になるほど普段何を考えているか分からないのが真実という人間である



真実に連れられ駅前の喫茶チェーン店に入った私はいつもより早いものの、既に夕食の時間に近かった上にもうサンドウィッチは勘弁とチーズパスタにサラダとドリンクのセットを注文した

一方彼女はパスタという点は同じもののレモンパスタを選んだらしい

ピリッとくる辛さが良いという人もいるが、残念なことに私は苦手である



「で、わざわざここで時間を潰すって事はまだ用事が済んでないって事?」

「そう、経路的には殆ど寄り道しなくてもいいんだけど時間が問題なんだよね

今が冬ならそのままでも問題なかったんだけど」

パスタとサラダは既に胃に収まり、アイスティー片手に休憩兼時間調整中である


「自分で言っておいて何だけれども、あの話信用するわけ?」

「信用も何も、まずは試してみないと話にならないでしょ」

「それなら条件をある程度揃えないと意味がない気がするんだけど」


あの話、とは以前とある駅にて異空間のような場所に意識だけが飛んでいった話である

残念なことなのかそれとも幸いなのかは知らないがそれ以降、今まで同じ現象に遭遇したことはない


「ただ、問題はその異空間に意識が行ってても私には観測できないことなんだよね

前回のは現実ではほんの数秒だったけど、玖美の感覚では十数分はあったって言ってたし」


体感時間なので正確な時間は分からないが、そのくらいだった記憶はある上にそう話した記憶はある


「で、確か黄泉比良坂とも言ってたよね

昨日出てきた本の内容覚えてる?」

「『銀河鉄道の夜』だっけ

確かあれは途中ジョバンニが夢を見て・・・あっ」

「つまりそういうこと」



かなり日が傾きもう山の向こうに完全に隠れた頃、駅に戻った私たちは特急列車に乗り込んだ

朝と同じく、横並びで予約した席の窓側に私が座る

列車が走りだす頃には既にかなり暗くなっており、外を見ようとした私の顔が窓に映りこむ


朝乗り換えた駅から数えて二駅目、そこが座席指定券の示す最終目的地だった

今住んでいる所の辺りで最も大きな神社が最寄り駅とする二つの駅の片方であり、同時に空港へと向かう列車の乗換駅でもある



私たちと同じように列車から降りる人もいれば乗り込む人もいるが、ラッシュ時と重なったのもあってその数は多い

ただ、真実の誘導に従って一番後ろの扉から降りたので階段へと向かう人の流れに逆らうことなくホームの端に向かうことが出来た


降りてホームの端に来ると同時に別のホームから滑り出した列車が夜の闇を照らしながら坂を上っていく

特徴的な赤はすぐに夜のとばりに隠されて見えなくなってしまうが、窓明かりだけはそのまま上りながら曲がっていくのだ


「どう?まるで空に向かって走っていくように見えるでしょ」

「そこまでファンタジストだとは思ってなかったわ」

「ジャンルバラバラとはいえ本ばかり読んでる人には言われたくないかな」

微妙に誇らしい顔をして言うので反撃したつもりが暖簾に腕押し、糠に釘

全く堪えていない


「さて、そんなことはどうでもいいとしてそろそろ帰ろうか」

エスコートの真似事のつもりか、さりげなく腰に手を回してきたのでお返しとばかりに字面通り襟首を掴んで振り向かせ



その視線の先は機関車に連結された客車が入るホームになっていた

「・・・何これ」

「前回と同じのに巻き込んだみたい」

「それにしても独特というか・・・蒸気機関車の形はしているのに煙突から煙は吐いてないわ、蒸気も出てないわで」

確かに、煙突らしい垂直な筒は付いているというのにその先からは何も出ていない


「ところでさっきまでこんなもの持ってたっけ?」


言われてみれば、いつの間にか折りたたまれた紙を手にしていた

その紙を広げてみるとその内側には何か文字のようなものが書かれているのだが、何故文字として認識できるのかさえ分からない図形の羅列が印刷されているだけにも見える


「特に矢印とかは書かれていないけれど切符かな?

しかし緑地なのに裏が磁気面じゃないなんてなかなか新鮮な気がする」

「2人とも持っているってことは乗ってもいいってことかな」


私だけが飛ばされた時とは違い、ホーム上や列車の中にいる人たちは透けたり顔が見えないなんてことはなく、気が付けば隣に駅員のような人が立っているということもない

機関車の後ろに繋がれている客車は今日乗ったそれよりも更に古めかしい、というか開いた扉から見える床や窓から見える座席に木材が使われているように見える


「営業運転に入ってる半鋼製客車なんて初めて見たわ

とりあえず乗っても良いなら乗ってから考えない?」


そう言うが早いか目を輝かせた真実は私の手を引いて客車に向かって駆け出した

こうなってしまった彼女を止める術を私は知らず、故に殆ど引きずられるようにして乗り込むことになってしまう


乗り込んだ車両は外から見えた通り、所々に人が座っているだけで全体的に空席が目立つ

昼間との一番大きな違いは客層だろう

家族連れのような雰囲気の席は殆ど無く、それぞれ年齢も性別も揃っていないというのに全くの他人という感じがする

それでもところどころにいる子供の所為だろう、全体が暗いという雰囲気はなかった


近くに誰も座っていない席があったので座って外を見ると、その頃には既に車窓が動いていた

街の中ではまず見ることが出来ない数の星が窓の外をゆっくりと通過していき、いくつもの光る柱の傍を通る



そのまま何もすることなく座って窓の外を眺めていると、天の川のように細かな光の集まりが見え始める

光の一つ一つはそのままの大きさだというのにその集まりは徐々に大きく見えるようになってくるというのだから不思議なものだ


発車に気が付かなかったように、停車も慣性を感じないとてもスムーズなものだった

ホームだけはさっきとよく似た形をしているが、その外の景色はまるで違う

最初に見えたときのように小さな光の粒が一面に散りばめられており、その様子はさながら光る砂浜といったところか

相変わらず空の星は見えているというのに、地面が光って明るいのでとても不思議な光景だ


「一度降りてみようか

車掌さん、ここにはどのくらい止まりますか?」

「当駅ニハ、十分少々止マリマス」

厄介に好奇心を混ぜて名前と服を与えた彼女がいつの間にかそばに立っていた車掌のような人に問いを投げると、合成音声のような声が答えた



「・・・アンタそんなもの持ち歩いてたの?」

少しの間なら降りても問題がないということまで聞いた真実は立ち上がった勢いのまま一気にホームの外まで駆け抜けてしまい、追い付く頃には光る砂をどこからともなく取り出した小瓶に詰めていた


「失礼な、いつもやってる訳じゃないのに」

「そんなことは聞いてない」

容器の半分ほどの量で満足したらしく口を尖らせながらコルク栓を閉めていたが、私が聞きたいのは瓶をどこから持ってきたのかということだ


「いや、この切符と同じように気が付いたらポケットの中に入っていたんだよ

流石にその辺にあるものくすねてくる程手癖悪いわけじゃないし、だからといってこんなのポケットとか鞄に入れて持ち歩いていたらすぐ割れるでしょ」

「いくら好奇心に脚と腕生やして名前と人格与えても盗みまではしないか

あと切符は手に持ってたと思うんだけど」

半ば薄目で睨まれていることに気が付いたのかあっさり白状したが、今度は妙に不服そうな顔をしている

敢えて理由は訊くまい



車内に戻って小瓶を2人で覗き込んでみたのだが、外ではあれほど輝いていた砂は砕いたそのままのダイヤモンドのようにしか光を返さなかった

その割には砕いたままのダイアのような形はしておらず、寧ろ突起を取り除いた星の砂のように歪な球形をしているように見える


「・・・これじゃあ自分で光っていたのかヒカリゴケみたいに光を反射していたのか分からないね」

「砂って岩石が削れたり砕けたりして小さくなったものだからじゃない?

近くに海とか河川の類いは見えなかったけど」

「地球に大きなダイアモンドが流れてくるような川があったら独占してお金に出来るのに」

「そんな大量に獲れたら地球上のダイアの価値は大暴落かな、そもそも高温高圧で固められたことを除けばただの純粋炭素の結晶だし」

「そこまで現実的な思考してたとは思わなかったわ」



「切符ヲ確認致シマス」

例によって動いたことに気付かないほどスムーズな発車から暫くして再び車掌さんがやってきた

そういえばさっき一時下車した駅には改札口はあったのに改札のための人も機械もなかったな、と思いながら緑色の紙を差し出した

2枚の緑の紙を差し出された車掌さんは手に取って覗き込むということもなく、持っていたPDAを翳している


「列車は古めかしいというか古いのに随分とハイテクね、紙の方が」

確かに、ICチップの類いが入っているようには見えないが端末のほうはちゃんと読み取っている

どことなくアンドロイドを思わせる動きと声をしてはいるが好奇心旺盛な真実の動きから知りたいものを教えられる程度には優秀な上にそれなりの権限を持っているようで、紙に翳した端末の画面を見せてくれた

・・・尤も、その画面には切符と同じくまるで読めない文字の羅列が表示されていたのだが

一応、ところどころに切符と同じ並びがあるので読み取った情報ではないかと推測することは出来るが、所詮そこまでである


「これ文字読めるようにしようかな」

「多分意味ないだろうしそもそもどこで勉強するの」

「さあ、何処かに学校か図書館でもあるんじゃない?」

「学校行ってる時間はないだろうし図書館は文字読めないから意味がないと思うわ」




時折傍を通り過ぎていた光の柱に代わり、等間隔の小さな光が列車の足元を照らし始める頃には星の海を渡り始めていた


「あの天の川の中の明るい星はデネブかな、なら天の川近くの明るい星2つはアルタイルとベガだ」

「なら沈みかけの赤い光はアンタレスってところね

ところでレールの上どころか地球上走っているようにすら見えないのに地上と同じ星の配置ってどうなの?」

「銀河鉄道ならそんなものじゃないかな

もし本当に宇宙走ってたら重力も圧力もないし、何より乗った時点で既に窒息起こしてるわ」


ならば夢か、と言う問いをすると彼女は笑って答えた

「例え夢でも観測できている者がいる以上、その当人にとっては現実でしょう?」




夜に見た白昼夢なのか、それとも幻覚か


気が付けば元のホームに戻っていた私たちは丁度ホームに滑り込んできた急行に乗り込んで2駅先の乗換駅と、更にそこから最寄り駅までやや急ぎ気味の帰路に就いたのは昨夜の話である


例によって冷房の効いた部屋で本を読みふける私の横でゲーム機に代わり、両手の本を熱心に覗き込む真実

尤もその片方は完全に文字化けを起こしたように読めなくなっており、文字以外が同じ見た目のもう片方の表紙には『銀河鉄道の夜』と書かれている・・・のだが


「とりあえず元の日本語で書かれたもの朝一で買ってきたのはいいけどこっちは全く読めない」

「言語が違えば文法も違うって考えは頭になかったの?」

「そりゃもう、目の前の好奇心で手一杯な私に余所見する暇も余裕もありはしませんよ」

「それはつまり忘れていたということね」

彼女は時々好奇心だけで突っ走るが故盛大に踏み外すこともあるのだが、今回の失敗に関してはどうしようもない上実害がある訳でもないので放置である



「これならもう少し向こうに居たかったわ、そうしたら図書館に行けたかもしれないのに」

読めない本を眺めることにもう飽きてしまったのか、香水より小さな瓶を指先でいじり始めた


「そもそも言葉は通じていたのに文字だけ読めなかった理由ってなんだったんだろう」

「アクセスポイントも窓口も用意できないけど現地人に訊いてみる?」

「それどうやって話聞くの」

「念話的な何かで出来たりするんじゃない?」

「・・・無茶振りにも程があるでしょ、それこそ地球外知的生命体との交信を試みる方が余程現実的だわ」

「真実の言ってることはそれだけ非現実的ってこと、昨日のはそれこそ偶発的と言ってもいいほど条件が揃わないと起きない事象の結果みたいなものだろうし」


「ならまた昨日みたいに動き回って再現してみる?」

「ただでさえ動き回って体力消耗する上に気力まで削られるから流石にもう勘弁

それにまだ未読の山がそれなりにある以上、あんまり時間使うわけにも行かないし」

「そういえば休みの残りもあと半月切ってるね」


画面付きスマートスピーカのカレンダーは既に盆過ぎである事を表示している

それこそフィクションのように唐突に別の世界に飛ばされたり学校がまるごと吹き飛んだり、或いは事故や事件に巻き込まれたりしなければあと10日ほどで長い休みが終わって授業が始まるわけである・・・一番最後のだけは現実に起こり得ることだが


ところが、『事実は小説より奇なり』という言葉があるように現実というものはどういう訳だか想像の斜め上から助走を付けて降りかかってくることがある



時計が15時と少しを表示した頃、オートロックのインターホンが鳴った

予定にない来客など精々運送会社の類いしかないような環境ではあるが、一応画面を確認してから受話器を取る

案の定訪問者は大手宅配便の配達員さんだったのだが、生憎と仕送りが来るようなことがなければ何かを注文した覚えもない

それは同居人も同じようで、宅配便と分かった途端に首を傾げていた


それなりの重量物だというのでオートロックを解除してから暫く待つと、今度は玄関のインターホンが鳴る

受領の捺印を済ませて受け取ると確かに重量感はあるのだが、このくらいなら下の宅配ボックスでよかったかもしれないと思う程度の重さしかなかった


「さてさて、中身はなんでしょう」

「しっかり送り状に本って書いてあるけどね、これカッターナイフ使わない方がいいのかな?」

「OPPテープならカッターナイフでちょっと切れ込み入れれば後は素手でも開くよ」

そう言って手に取ったカッターナイフをほんの少しだけ透明なテープに当てるだけ当て、あとは段ボール箱の蓋に指を掛けてあっさり開けてしまった


保護用のものであろう中のシートを取り払うと、その下にはフィルムで纏められた本が十数冊入っていた

どの本もその背には何も書かれていない上、表紙には読めない文字で何かが記されている


「また読めない本が増えるとか勘弁してよ」

「そうでもないみたい、これは和訳本・・・むしろその逆かな

この本と使われている文字の形が同じだわ」

文字化けした銀河鉄道の夜と見比べた彼女がそう言った


「そんなもの誰が送ってきたの」

「会社名義で送られてきてはいるけどこれ住所がデタラメだわ、国会議事堂からこんな荷物送れる会社なんてあるわけないし」

「ということは送り主の名前も偽名みたいなものってことか」

「たぶんそうだろうね、そもそも私とか玖美のことをどこで知ったのかは知らないけど」

「見ず知らずの人間に住所まで把握されてるとか怖いわ

なんか突然拉致されたり異能の力で隔離されたりしない、って言いそうだけど」

「いくら何でもそこまで言わない」


箱の外に出された本をパラパラと捲って目を通してみると、確かに文字と言って良いのか分からないものと日本語が併記されている・・・のだが


「これ発音全く書いてないように見えるんだけど」

「本当だ、さっきまで読めていたような気がするのに」

「それこそ本をアンテナ代わりに怪電波でも受信していたんじゃないの

それにその本送りつけてきた時点でこの世の者ではありませんと自己紹介しているような相手でしょう」


読めない文字の本の隣に同じく読めない文字で書かれた緑の紙を置く

ところどころに同じ文字が書かれたそれが何であるか、真実もすぐに思い出したらしく

「これあの時の切符だよね?

言われてみればよく似た文字列だわこれ」

「でしょう?

少なくとも私と同じように『迷い込んだ』だけで接触図るような人間なんてストーカー以外にはまず居ないだろうし」

「・・・因みに訊くまでもないんだろうけど、この本がアクセスポイントになる可能性は?」

「断言は出来ないけど無いとは思う

今まで物だけで飛んだことはない訳だけど、そもそも回数が少なすぎる所為で根拠としてはちょっと薄くて正直肯定も否定も出来ないというのが現状」

「なんだかモヤモヤするけど結局『そんなもの』で片付けるしかないわけだよね」

「そこで1人で焦っていても堂々巡りになるだけで意味が無いと思うわ

自ら鎖に巻かれたいなら別だけど、そういう訳じゃないでしょう?

『果報は寝て待て』って昔から言われているし」




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