第8話 婚約者の影
ある日、一通の手紙が届いた。
勇者パーティ宛ての手紙は王国で一度集められ、定期的に訪れる使者によって届けられる。
王女様とかエルミーニアさんに宛てた手紙が多いのは、何かしら報告の義務があるらしい。
どちらも国や里において重要な人物だからだろう。
でも、今日届いた手紙は、アンナさんに宛てたものだった。
「手紙ですか?」
「あー、うん、故郷からの手紙」
「良いなぁ」
「リリスちゃん……ああもう、そんな顔しない!」
「ひゃぁ」
頭をわしゃわしゃと撫でられた。
アンナさんは手紙をベッドに放り投げた。
「次の遠征の途中で少し滞在すると思うから、案内してあげるね」
「楽しみにしてます!」
ベッドに放り投げられた手紙を思わず見てしまった。
家族に宛てたような手紙だった。心配しているようなことが書かれていた。
「あ、手紙を書くなら席外しますね」
「良いよ良いよ、急ぎでもないし、帰ったとき伝えるから」
アンナさんは、いつものように笑っている。
手紙の内容を反芻してしまう。家族……だよね?
最後に締めくくられていた《愛している》の文字。
胸騒ぎがする。アンナさんの顔を直視できない。
「わわっ、リリスちゃん、そんなにお姉さんのことが好きなの?」
アンナさんの胸に飛び込み、顔を押しつけた。
からかわれているけど反応できない。
得体の知れない感覚に身体が震えた。
「ブランディーヌ王女様」
その日の夜、ブランディーヌ王女の部屋を訪れた。
「リリス? どうしたの?」
少し驚いてはいたが、部屋に招き入れてもらう。王女は目配せして、お付きの侍女を下がらせた。
聞きたいことがあった。でも、それよりも先に気持ちが先走り、溢れてしまう。
「わ、わたし、アンナさんの手紙、みて、しまって……」
「みるつも、りじゃ、なくてっ」
「ひぐっ、うぅぅ……」
王女は何も言わずに抱きとめた。
このままでは何しに来たのかわからない。
なんとか気を静め、聞きたいことを伝える。
「アンナさんには、故郷に、好きな人が、いたの、ですか?」
「…………」
「…………」
「あなたはそれを聞いて、どうしたいの?」
「わかり、ません。でも、かなしいんです。へんなんです」
「そう……、そうね。彼女には婚約者がいるわ」
「……っ」
「その人は、どうなるんですか?」
「私たちには、どうすることもできないわ」
「勇者様は、知って、いるのですか?」
「……ええ」
知っていて、奪ったのか。寂しそうに勇者を見つめるアンナさんの顔が思い浮かぶ。
おかしく、ないか? 近くにいてくれないことを我慢できる人が、一途な想いを簡単に捨てられるのか?
婚約者よりも勇者を選んだとして、何の罪悪感も浮かばないような人じゃないだろ!?
いつものように笑うなんて、あり得ない。
想いを捻じ曲げる力に心当たりは、ある。僕も似たようなものが使えるから。
「もしかして、【魅了】ですか?」
「!!!!」
王女の顔が凍り付いた。ああ、本当にそうなのか。
だとすると、王女様が魅了の影響を受けていないのは、首にかけてあるネックレスのお陰か。魔力を感じる。
僕の神聖魔法なら、魅了を解除できる。
だけど、記憶が消える訳じゃない。それに、本人が違和感を感じないほど巧妙に想いの向きをすり替えられている。
長い時間をかけて、整合性が取れるように。解除しても、勇者を好きな気持ちはなくならない。
でも、婚約者を好きだった気持ちは思い出せるかもしれない。
「わたしなら、【魅了】を解除できます」
「恨まれるかもしれないわ」
ただのお節介だとは思う。でも、アンナさん自身に選ばせてあげたい。
もう引き返せないのか、まだ引き返せるのか。当事者の気持ち次第だ。
次の遠征まで時間も少ない。このまま勇者とアンナさんが故郷に行くと何か決定的なことが起きるかもしれない。
とにかく、アンナさんと話し合わないといけない。どんなに辛くても。