第3話 勇者の奇行
僕も含めた魔族の奮戦により、戦線は膠着状態に陥っていた。
魔王様や元勇者のセレストさんが出張るような事態も起きていない。
大きな要因は、勇者パーティの連携の弱さだろう。
個々の強さは充分魔族にも通用するのに……。
魔族と人族は地力に差があるから、勇者たちには突破力が求められる。
上位魔族を倒し、戦線を瓦解させないといけないのだ。
魔族としては、人族が無駄に損耗しているだけなので別に構わないけど。
でも、最近の勇者の動きが気になるんだよね。
勇者パーティと遭遇した。
今日もいつも通り、足止めに徹する。
「来たな、レナト!」
勇者が笑みを浮かべる。
なんで嬉しそうに話しかけてくるのかな?
涼やかな美形の青年なのだが、妙に生理的に受けつけない。
それに、声をかけてきても先に激突するのは、別のメンバーだ。
首筋がチリチリするような殺気。
地面を滑るような動きで肉薄し、放たれる斬撃。
大鎌で受け流し、迎撃する。
「…………」
「……っ!」
クレアだ。
勇者を除けば、パーティの中で僕と近接戦闘ができるのは彼女だけだ。
あまりにも近い距離で斬り合うことになるので、援護もし辛そうだ。
間合いをとったり、隙を見せれば弓や魔法で攻撃できるんだろうけどね。
僕にばかり構っていられないはずだけど、クレアを突破できれば、一気に窮地に追い込める。
勇者一人で他のメンバーを守りながら戦うなんて不可能だからだ。
時間を稼いでいるだけだから、やらないけど。
そうこうしている内に、クレアの動きに疲れが見え始めた。
ただでさえ高い半吸血鬼の体力を聖女の力で回復させているのだ。
同程度の技量の相手には、競り負ける気がしない。
次第に細かい切り傷が増えていく
そろそろ……かな?
「クレアあああぁぁぁっ!!」
勇者が猛然と斬りかかってきた。
技術もへったくれもないが、とにかく速くて威力がある。
武器が耐え切れない。
「ぐぅっ」
大鎌と腕一本を犠牲にして、離脱する。
追撃の魔法と矢は、腕から噴出した血飛沫を操り、攪乱して逃げた。
片手で剣を構え、もう片方でクレアを抱きしめる勇者の姿が見えた。
「――ってことが最近よくあるんですよ。もっと早く、お前が来いよと言いたいです」
魔王城の一室でぷりぷり怒りながら、クッキーを頬張る幼女。
「あー……」
対面に座っていた女性が苦笑いを浮かべる。
元勇者、セレスト。強い意志を感じさせる目と、髪の両サイドを編み込み、毛束を後ろで纏めた髪型が特徴的な、お姉さまだ。
魔王様の眷属化はしていないけど、既に人外の存在になっているらしい。二十代前半の容姿を保っている。
「クレアちゃんを狙っているのかもね?」
「はぁ!? 婚約者が目の前にいるんですよ!? そもそもジルが婚約者だというのも不満ですが!!」
「あの勇者、かなり色ボケみたいなのよね。既に弓姫の子とエルフの巫女様に手を出しているみたいだし」
「仮に魔王討伐が終われば、第三王女とも結婚するはずですよね?」
「一夫多妻制だから、可能ではあるけどね。行く先々で手を出している噂もあるし、あまり良い勇者じゃないわね」
「あまり、というかド畜生じゃないですか! 戦況は悪くないのに、勇者の思い通りになっていることも腹が立ちます!!」
「クレアちゃんを堕とす手伝いも、間接的にだけどしちゃっているしねぇ」
「うぅ」
目が潤み、思わず恨めしそうな顔で見上げてしまう。
「(何この小動物、お持ち帰りしたい! あ、もう既に一緒に住んでいたわ!!)」
慈愛に満ちた眼差しで見つめ返された。
これが大人の余裕か、無性に恥ずかしくなってきた。
「私はクレアちゃんのこと遠目でしか見たことないけど、リリスはお兄ちゃんでしょ?信じてあげられない?」
「それでも心配なんです!!」
「そうね……なら、普段のクレアちゃんの様子を見てきたらどうかしら?」
「普段の?」
「そうよ。戦場じゃなくて、街で休暇を過ごしているときとかの」
「なるほど」
教会には狙われているけど、そもそも素顔を知られていないので、普通に街で買い出しをしたりしている。
一人で買い物していると、サービスしてくれることも多いしね。
「この前の戦場から近い街に行ってみる」
「気をつけてね」
「大丈夫だって !気配断ったり無音歩行できるから!」
満面の笑顔でドヤ顔している幼女に一抹の不安を覚えるが、面白そうなので気にしないことにした。




