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第21話 堕ちた聖女

 勇者様に組み伏せられたリリスを見て、少し嫉妬する。

 そんなに勇者様のことが好きだったのね。

 最近会えなくて、お姉ちゃん心配していたの。


 リリスはいつも勇者様に、怯えるように震えていた。

 今思うと、あれは勇者様が好きで緊張していただけだったのね。

 大丈夫だよ、リリス。これからはずっと一緒だよ。

 勇者様と私とリリス。三人いればきっと幸せになれるから。


 クレアはもう正常ではない。

 今まさに、大切なものが手のひらから零れ落ちていく光景を目にしても、気がつかない。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇




 ベッドに押し付けられ、組み敷かれる。

 頭上に両腕を掲げた状態で、勇者に両手首を片手で捕まれ、ベッドに縫い留められた。

 勇者の顔が近い。吐息が感じられる距離に怖気が走るが、拒絶はしない。

 ねぇ、もっとよく僕を見てよ。僕だけを見て。早くシテよ。


「【蠱惑】――勇者様、優しくしてね?」


 人を惑わし堕とす、魔性の色香。解き放たれるのは倒錯した欲望。

 リリスの右眼を暗い黄金色に蝕む【蠱惑】の魔眼。瞳から輝きが消え失せた。

 彼女の持つ魅了とは似て非なる能力が発動した。


 勇者は【蠱惑】の魔眼を識らなかった。

 そしてなにより、クレアを貶めるためについた嘘の"お兄ちゃん"が蠢いていることを識らなかった。

 

 堕ちること望まれた聖女は、今、腐り堕ちる。

 


 

 ◇ ◇ ◇


 side:ハヤト




「勇者様、優しくしてね?」

 

 

 ゾクリ

 

 

 何かが背中をぬめぬめと這いまわり、気持ち悪く甘美な得体のしれない快楽を感じた。

 吐き気を催すほど濃厚で香しい女の匂いに、身体が震える。

 なんだ、これ、は。リリスから目が離せない。

 幼い容姿の癖に、滴り堕ちるような色香はなんだ?

 そんな目で見つめるなよ、ぐちゃぐちゃに喰らってしまうだろうがよ。

 腐った香りに頭がクラクラして気持ちがいい。

 欲求に身を任せ、叩きつけた。

 

 

 ドゴォメキメキィ


 

 接触した部分から快感が突き抜ける。

 溢れる高揚感に最高にハイになる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■」


 リリスが何か言っているが良く聞こえない。

 そんなに気持ち良いのか。お前も、そうだよなぁ?


 何かに腕を掴まれる。今いいところなんだよ、邪魔すんじゃねーよ。

 

「■■■■■■」

 

 おい、そんなもの欲しそうな目で見るなよ。わかっているから。

 だから俺は突き刺した。


「■■■■■」

 

 うるせーな。静かに愉しめや。


 

 ミシミシミシミシィ



 肉の感触に達しそうになる。


 夜はまだ長い、これからだ。

 


 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 勇者が下卑た笑みを浮かべた。ああ……これからやられるのか。

 誘ったんだから、当然だよね。ちょっと怖いなぁ。

 


 ドゴォメキメキィ


 

 な、何が、起きた、の、こぶし?

 腹部に爆発したかのような衝撃が走り、肺の中が空になる。

 呻き声もあげられなかった。

 それでも、懸命に言葉を絞り出す。


「……ゆ゛ぅ、じゃ、しゃま゛?」


 再び振り上げられた手には亜空間から引き抜かれた聖剣が握られていた。

 クレアが駆け寄り、勇者の腕に縋りつく。 

 

「勇者様っ!!」


 顔を歪ませた勇者は、無造作に腕を振り払った。

 壁に叩きつけられた衝撃でクレアが意識を失い崩れ落ちる。


 振り下ろされた聖剣が、重ねられた両手に突き刺さった。

 

「ぎあぐぅっ」

 

 

 ミシミシミシミシィ



 勇者が綺麗な微笑みを浮かべている。

 首を絞められ、息ができない。


 

 意識が、遠ざかる――



 勇者の悪意と聖女の献身が混ざり合い、繰り広げられる狂気の宴。

 聖女と共に堕ちたのは、剣聖ではなく勇者だ。

 勇者が正気を取り戻すまで宴は続いた。


 クレアが意識を取り戻した頃には、勇者は姿を消していた。

 あとに残されていたのは、ベッドの上だけ暴風が吹き荒れ、血の雨が降り注いだかのような惨状。血だまりに横たわる聖女に、もの言わぬ肉塊を幻視した。


 切断された人の腕や足のようなものが複雑に絡み合い散らばる赤黒いベッドの上、傷一つない裸体のリリスが、すやすやと眠っていた。


「もう……食べられないよぅ……うへへ……むにゃ」

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