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第20話 嗤う勇者

 わかっていた。こんな日が来ることを。

 クレアとの仲を見せつけるように振舞う男の姿が、脳裏に焼きついている。

 私がクレアに話しかけようとすれば、すぐに割り込み、腰に手を回した。

 私の目につくところで抱擁を交わし、唇を奪っていた。

 

 勇者はこの国の希望だ。勇者パーティは必要な戦力だ。

 胸をかきむしりたくなるほど切ない気持ちも、今にも殴りかかってしまいそうなほど激しい想いも、ただの私情だ。

 全てを捨てて彼女の側にいられたなら、こんなにも後悔しなかったのだろうか。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇


 side:ジル

 

 

 

 魔族との争いは、人族が優勢に進めている。この日、二人目の四天王を倒した。

 街に戻った私たちは、報告もそこそこに、酒場で祝勝の宴を催した。

 下町の冒険者が集うような飾り気のない店だが、兵たちと無礼講な時間を過ごすにはちょうど良かった。

 宴も終盤になり、酔いつぶれた者も散見されるようになった頃、勇者とクレアが抜け出す姿が目についた。

 私はまだクレアの婚約者だ。決定的な瞬間が訪れるまで、それを放棄するつもりはなかった。

 だから、勇者とクレアの後を追い、店を出た。

 

 勇者とクレアは宿泊している宿とは正反対の方向に進んでいる。

 私は、この後行われるものを見て、どうしたいのか。私自身、わからない。

 路地に逸れ、進んだ先にあったのは、寂れた連れ込み宿だった。

 躊躇いなく入っていく姿に、諦めのようなものを感じる。

 暫く立ち尽くしたが、確かめたい、その衝動に駆られ私は後を追う。

 

 宿の主に不審そうな顔で見られたが、金を握らせた。

 この先に進むのが怖い。震える足をなんとか動かし、部屋の前まで辿り着く。

 扉が僅かに、開いていた。

 ベッドの上では勇者とクレアが抱き合っていた。

 まだ行為には及んでいないようだが、背を向けた恰好のクレアからは表情が伺えない。

  

 私は息を呑んだ。


 勇者が私を見つめていたから。

  

 酷く、自分が矮小なものに感じた。私は何をやっている。このまま踏み込むつもりか?

 この状況を見て、私は足を進めることができなかった。

 婚約者がいながらと怒ればいいのか?それをクレアが望むのか?

 感情のまま行動してしまえと囁く声がする。

 そんなこと、できるはずがない。私の選択の結果がこれなのだ。


 私は音を立てずにその場を去った。

 失ったものの大切さを感じながら。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇


 side:ハヤト

 

 

 

 扉の隙間から覗いていた影はもういない。


 極上の快感に、表情を取り繕うの苦労しだぜ。

 見たか? あの顔。怒りと絶望が諦観に変わっていく百面相。傑作だ。

 あいつは明日から、どんな顔をして俺たちを見るんだろうな。

 前菜にしちゃあ美味しい展開だったよ。

 だから、早くお前も来てくれよ。待ち遠しいんだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 リリスは暗がりの中、夜道を独りで歩いていた。

 宴の席で勇者に手渡された紙切れ。


《クレアについて相談がしたい》


 そう書かれた内容と、指定された場所。

 不自然なことは理解している。それでも、クレアのことならと歩を進める。

 聖女は既に正気から程遠い。

 あまりにも自然に歪な心のありようを、理解はできなくとも識っているのは勇者だけ。


 連れ込み宿から飛び出し駆けて行くジルを、息を潜め見送った。

 闇にまぎれ、音もなく裏口から侵入する。

 気配を探知し、僅かに開いた扉に身体を滑り込ませ、扉を閉めた。


「いらっしゃい、リリス」


 勇者とクレアはベッドに隣り合わせに座り、こちらを見ている。

 歓迎されているのかな。


「お邪魔します、勇者様。お姉ちゃん」


 クレアは少し戸惑いの表情を浮かべている。


「ここに来たと言うことは、そういうことだと思って良いのかな?」


 勇者が嗤う。


 僕が言うのもなんだけど、正気なの? クレアも納得しているの?

 リリスは動じない。意志を込めた瞳で見つめ返す。


「そういうことで、大丈夫です」


「どうする? そこで見ているかい?」

 

 ここでようやく慌てだす。

 

「ま、待って! 私が先でお願いします!」


「リリス?」


 クレアが首を傾げているが、構っていられない。

 ここに来るまでに、リリスは行先を理解していた。

 理解した上で、ここに来ている。それなら、先に行為に及ぶのは僕だろ?

 ちゃんと見ていてね、クレア。勇者がクレアに相応しい人なのか、確かめさせてあげるから。

 

 リリスは勇者を信じてはいない。最初から、最後まで。

 客観的に見た勇者は良い人だ。でも、良い人でしかない。

 信じられる訳ないじゃん。

 クレアが信じるなら、僕は何も言わない。

 でも、考える余地は残させる。そう、独りで答えを導き出した。




 ◇ ◇ ◇


 side:ハヤト

 

 

 

 実際に見ると半端ねーわ、こいつ。壊れすぎだろ。

 俺はロリコンじゃねーが泣き叫ぶ姿を見るのは興奮する。

 ちゃんとそこで見ていろよ、お姉ちゃん? 短期間に重ねた【欺瞞】で訳わかんねーと思うが。

 鍋にネギしょって飛び込んできた憐れな鴨を美味しく頂いてやるよ。

 お前のクソみたいな献身モドキはヘドロの色がしているな、リリス。

 全てが終わったとき、何が残るんだろうな? 楽しみだよ。

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