第18話 クレアの気持ち
都合良く記憶が無くなっていれば、まだ救われたのに。
あれから勇者は、僕がレナトだということを言及しなかった。
パーティの仲間たちにも伝えていないようだ。
でも、クレアは勇者と僕との会話を聞いてしまったらしい。
勇者が申し訳なさそうに教えてくれた。
「君の事情はわかった。それに、魔王も悪いやつじゃないかもしれない」
「でもね、今はどうすることもできない。私に時間をくれないか?」
「一緒に考えていこうよ。君の力を貸してくれ」
◇ ◇ ◇
side:ジル
「つきまとわないでよっ!」
「ご、ごめんなさい」
クレアが声を荒げ、リリスを睨みつけていた。
いつも一緒にいたはずの二人の様子が変わったのはいつからだ?
勇者がリリスに駆け寄り、話しかけている。
「今はまだ、そっとしておいてあげよう」
「はい……」
「クレアは私が見ているから安心して」
「…………」
俯き立ち尽くすリリスを残し、勇者はクレアの後を追った。
私もクレアを追った方が良いのだろう。
だが、この幼い少女からは、今にも消えてしまいそうな儚さを感じた。
「何かあったのか、リリス?」
「ジル、さん」
怯え、揺れる瞳が不安にさせる。
「いえ、私がクレアお姉ちゃんを怒らせてしまって」
「そうか。私で良ければ相談に乗るが」
「ありがとうございます」
力なく笑うその顔からは、拒絶が感じられる。話すつもりはないか。
クレアとリリスに関係することは、母親と兄が絡みか。
生きていたんだな……嫉妬、か?
始めて会ったとき、リリスが何故あの街にいたのかはわからない。
だが、結果として、母親と兄を置いてきたことになる。
自分が求めたものを捨てた妹と考えるなら、釈然としないか。
情報が足りんな。それだけでこんなことにはなるまい。
◇ ◇ ◇
side:クレア
あまりに突然のことで感情が滅茶苦茶だ。心に余裕が無くなっている。
リリス、今は、あなたの顔を見たくないの。何を言ってしまうかわからないから。
魔王がお母さんを助けてくれた? 騙されているんじゃないの?
もし、本当にそうなら、私が今までしてきたことに意味がなくなってしまう。
なんとも滑稽な話だ。あなたはそんな私を見て、どう思っていたの?
馬鹿な姉だと思った? 仕方がないと憐れんだ?同情した?
違うって思うのに、疑ってしまうの。嫌な女だ、私。
お母さんは本当に無事なの? あなたは私の妹なの? お兄ちゃんはっ!?
わからないの。何も。
あなたは何も言ってくれない。
もう、側にもいない。私が突き放したのか。
心にぽっかりと空いた穴が痛むの。辛いの。寂しいの。
誰か、助けてよ……
「クレア、大丈夫かい?」
勇者様、か。
どうして、いつも助けてくれるのかな。
「辛かったら、泣いても良いんだよ」
どうして、こんなに優しいのかな。
勇者様の周りには、大勢の人がいるのに。
そっと、壊れ物でも扱うかのように抱きしめられた。
「頑張ったね」
不快だとは思わなかった。寧ろ、嬉しい?
このまま身を委ねてしまったら楽になるのかな。
もう、何も考えたくない。
クレアは、されるがまま力を抜いた。
勇者が下卑た笑みを浮かべていたことも知らずに。




