第17話 勇者の罠
リリスが正気を取り戻したときには、元聖女エステルと元剣聖レオの存在は、勇者によって王国に伝えられていた。
王国民は悲しみ、そして激怒した。人族と魔族との争いが過熱していく。
クレアは以前にも増して勇猛に戦うようになった。鬼気迫る表情に味方ですら恐れた。
そんなクレアから、リリスは片時も離れないようになった。寝るときも抱き枕になっていた。
リリスはクレアに依存していた。
クレアもリリスに依存していた。
「絶対に魔王を倒して、取り戻すわ」
「うん、魔王を倒して、きっとお母さんとお兄ちゃんを助けようね」
リリスは心の中で謝りながら、嘘をつき続ける。そんなあり得ない未来を。
連戦に次ぐ連戦に、勇者パーティは疲弊していた。それは、聖女も例外ではない。
冷静な判断ができていれば、こんな誘いには乗らなかった。
消耗していなければ、聖女の力で精神干渉を防ぐことができた。
勇者の【欺瞞】が聖女に牙を剥いた。
治癒が追いつかない。結界も維持するだけで精一杯。魔力も底を尽きかけていた。
クレアの猛追が止まらない。傷だらけになりながら戦う姿に涙が出る。
多くの魔族を葬り去り、駆け抜ける。
この戦いの先に何が待っているのだろうか。
クレア、ごめんね。本当は戦う必要なんて無いんだよ。
どうしてこんなことになったのかな。遠くから見守っていれば良かった。
お母さんに会いたいな。そんな思いがふと脳裏をかすめた。
お母さん?
遥か前方で勇者がエステルに斬りかかる光景が見えた。
毛細血管が破裂し、全身の血が沸騰したような感覚に襲われる。
眼の奥がチカチカし、激しい頭痛がする。
込み上げる吐き気に、胃が裏返るような絶望感に苛まれた。
「うあああああああああああああああああああああああっ!!」
縮地により、瞬時に距離を零にした。
地面に散らばる肉片から剣を生成し、すれ違いざまに勇者の左腕を斬り飛ばした。
「ぐがあぁぁぁぁっ!!」
勇者が絶叫した。
「リ、リリス、君は……」
勇者の言葉を遮り、なおも斬りかかる。
「やめろやめろやめろ!! 母さんに手を出すなっ!!」
怒りに任せ振るわれた剣は勇者に届かない。
それでも、激しく攻め立てる。
周囲に気を配る余裕は、微塵も存在しなかった。
勇者が嗤う。
◇ ◇ ◇
side:ハヤト
いってーな……あとで治療すれば良いんだけどよ。
必死の形相で剣を振るう聖女に憐れみを感じるぜ。
こいつの母親は、魔王に捕まっているんじゃない。保護されているはずなんだよ。
裏切ったのは人族だからな。
それにしても、ホント聖女の性能はぶっ飛んでやがる。
リリスは聖女として仲間になるが、イベントが進むとレナトという名の敵として現れる。
魔族のスパイとして勇者パーティに加入しているから当然なんだが、近接戦闘もできるハイブリッドなんだよ。
敵なのに肉親であるクレアに情が移り、身を滅ぼしてく。どんなに振り払われても縋りつく姿は、不憫を通り越して滑稽だ。
リリスの忍耐強さは幼女のナリからは想像できねーもんがあるが、依存しているものを奪われることに酷く恐怖する。
だから、クレアが堕ちたとき、一緒に堕ちることになるんだろうな。
「リリス、君がレナトだったのか」
「あああああああああああっ!!」
やっぱ、会話になんねーな。リリスの目には、俺の【欺瞞】によって母親の幻影が見えているはずだからな。
まあいい、これはお前に聞かせるための言葉じゃない。
クレアが茫然と立ち尽くしていた。
お兄ちゃんが生きている? 安心しろよ、ちゃんと死んでっから。お前、墓に埋めたんだろ?生きているわけねーだろ。
どうしてそんなブラフを信じた?良い夢は見れたか?
「魔王を倒して、きっと君の母親を助けるっ!!」
「やめろぉぉぉ!! 魔王様は、母さんを助けてくれたんだ!! そんなこと、僕がさせない!!」
ああ、知ってるよ。でもお前、何を口走っているのか気がついているか?
お前の薄っぺらな優しい優しい嘘が、取り返しのつかないことになっているぞ?
クレアが膝から崩れ落ちた。
潮時だな。
「すまない! 今はこうするしか!」
ゴスッ
俺はリリスの鳩尾に聖剣の柄を叩き込み、意識を奪った。
死なれちゃ困るんだよ。




