第15話 暗躍する勇者
「街中で魔族に襲われた?」
王都にほど近い街に立ち寄った際に、思わぬ情報を耳にした。
土地を治める領主によると、被害が少しずつ増えているらしい。
魔族領から離れた場所で魔族が暗躍する噂は、あまり聞いたことがない。
魔王様もそんな命令出すはずないんだけどな……何が起こっているんだろう?
勇者が宿で今後の方針を告げる。
「魔族による被害は深夜に起きているから、手分けして捜索しようと思う」
「巡回するのですか?」
「そうだよ。流石にリリスはお留守番だけどね」
「各自、準備を怠らないようにしてくれ」
これはこれで都合が良いのかな。宿を抜け出して先に接触することもできるかも?
リリスは知らない。勇者が着々とイベントを進めていることを。
夜の帳が下り人々が寝静まった頃、闇夜に紛れ息を潜める影があった。
視線の先では、戦闘が繰り広げられていた。
こんなに早く魔族と遭遇しているなんて。誰が戦っているんだ?
「(【神聖魔法】クレアボヤンス)」
夜は吸血鬼の血を強化する。遠視を併用することにより暗夜においても鮮明に姿を浮かび上がらせた。
一方は勇者か。流石の感知能力だ。もう一方は……夢魔?
長いストレートの紫の髪に金色の瞳、成熟した女性を思わせる妖艶な色気は男を魅了してやまないとか。
同性すら虜にする【魅了】の魔眼の持ち主で、レオの記憶が戻る前に夜の手練手管を実践形式で教えてもらったときは、ガクガクにされた。
あああああ……もうやだぁ……とまらないよぅりさおねぇちゃぁん……ハッ!?
ともかく! 餌場? は魔族領の近くにあるらしいし、「最高の快楽を与えて、命が尽きるぎりぎりを攻めるのが玄人なのよ」とか言ってた。「あぶなくないの?」って聞いたら「そういう世界もあるのよ」と自慢気に語っていた記憶がある。
ど、どうしてこんなところまで来たのかな!?
ガクガクしながら観戦していた。深い意味はないよ?
見たところ勇者有利か。お世話になったお姉さんだし、事情も聞きたい。
勇者パーティの面々が集まる前に介入することを決めた。
ガキィィン
漆黒の外套をはためかせ、手にした大鎌で勇者の聖剣を弾いた。
「来たか、レナト」
勇者が嗤う。
動揺がまったく感じられない。まるで、ここに来ることがわかっていたかのようだ。
酷く違和感がある。
「いや、レオと言った方が良いのかな?」
「――ッ」
コイツは、何を知っている!?
「まさか母親が魔王に人質にされていたなんてね」
「…………」
「元聖女エステルは生きている。そして君は、彼女のために人族を裏切った」
「…………」
「堕ちた英雄、剣聖レオ。それが、君だ」
お、おう? そういう見方もあるの、かな?
それはそうと、レナトがレオだと知っていることに驚いた。
そもそも勇者とはレオのときに会ったことはない。今の姿からレオを連想することも、あり得ないはずだ。
レオがリリスであることも知っているのか?知っていたらどうして放置した?
わからない。勇者の見透かすような目が何を見ているのか。
「君は知らなかったのかい?」
「……?」
「ねぇ――クレア」
動揺して気配に気がつかなかった。
「に、兄さん、なの?」
小柄な人影は、記憶にある兄の姿には重ならない。
「…………」
今はリリスとしてクレアの側にいられる。その関係が崩れることが怖い。
だから、否定も肯定もできなかった。
勇者が嗤う。
真綿で首が絞められているような息苦しさを感じる。
「レオ、君は妹を捨てたのかい? 今まで何度も戦っていたよね」
「……ッ」
違う! クレアは僕の大切な妹だ! だから聖女の真似事なんてしているんだ!!
衝動に駆られて叫びそうになる。全身に駆け巡る不快感に吐き気がした。
愕然としたクレアの表情。
そんな顔をさせないために、僕がいたはずなのに。
不意に、背後から抱きしめられ、振り返ってしまう。
くちゅり……にゅりゅじゅるじゅるじゅるっ
仮面を外され、強引に唇を奪われた。舌を捻じ込まれ、濃密な接吻に頭がクラクラする。
抱き上げられた身体はビクビク痙攣し、宙に浮いた足をバタつかせている。
最後にひときわ激しく痙攣して弛緩した。
夢魔は耳元で「逃げるよ、リリスちゃん」と囁いた。
「勇者さん? 何を勘違いしているのかわからないけど、これは私のモノよ?」
妖艶な美女は不敵に嗤う。
「貴様っ!!」
勇者の制止を無視し、リリスを小脇に挟んだまま、闇にかき消えた。




