第13話 交錯した惨状
「ぅ、あ゛ぅ……頭いだぃ」
リリスはベッドの上に横たわっていた。宴の席で間違ってお酒を口にしてしまったのだ。
近くにいた村人に介抱され、家で休ませてもらっていた。
「すんすんすんすんすんすん」
「はふぅ」
「これもなかなか……ふへへへ」
だらしのない顔で枕に顔を埋める幼女は、いまいち頭が回っていない。欲望に忠実である。
「わーい、ふかふかぁ」
ばふん ばふん
ごろごろごろごろごろん
え? この子、大丈夫? と言われそうな勢いでベッドの上で遊んでいる。
「う゛ぇ……お水」
寝転がったまま、ベッドの脇に設置されたサイドテーブルに手を伸ばした。
置かれていた水差しから、直接、水を口に入れようとして、失敗する。
「うひゃぁ」
「横着するから……」と、クレアの声が聞こえてきそうだ。
ひとしきり、わちゃわちゃしていると、階下から物音がした。
「んぅ? 誰か帰って来たのかな?」
足音が聞こえはじめ、階段を上る音が次第に近づいてきた。
◇ ◇ ◇
side:ハヤト
俺はアンナの腰に手を回し、アンナの家に向けて歩いた。
「なあ、俺で本当に良かったのか?」
「ふふっ、アレン以外にいないよ」
「そうか、良かった」
内心ほくそ笑む。もう俺をアレンとしてしか、認識できていない。
これから本物のアレンに見せつけて、最後にお前の認識を戻してやろうか。
暗くドロドロとした感情が蠢いた。
アンナの家に辿り着いた。わくわくが止まらない。
婚約者がいつ来るかわからないが、早めに始めていても良いだろう。
盛り上がってきて丁度いい塩梅になるんじゃないか?
「アンナ、いいかな?」
アンナはこくりと頷いた。
それ以上の言葉は要らなかった。アンナの寝室に向かう。
◇ ◇ ◇
side:アレン
「あとでって……どのくらいで行けば良いのかな」
宴の隅でちびちびと酒を煽りながら考える。
すぐに行くとがっつきすぎとか思われるのか? いやでも、けっこう待ったしなぁ……まだアンナ家に着いてないかもしれないし。先に着いていたら気まずくないか? アンナ、綺麗になったよな。男を知った女か……って、くそっ、何考えてやがんだ俺はっ。がっついてる? 上等だよ。好きな女にがっついて何が悪いんだよ。そうだよ、問題ない。待ってる時間が勿体ない!!
「いくか」
俺は走る。アンナが待っているからだ。
もう届かないと思っていた。二年の月日は長くて。でも、二人で過ごした時間は、色褪せていなかった。
勇者のことは未だに許せない。俺とアンナの間に土足で踏み込んできたことなんて吐き気がする。
あんなやつでも勇者なんだよな。逆にすごいよ。
アンナの家まで走り切った。
呼吸が落ち着かないのは走ったからか、緊張しているからなのか。
俺、汗臭いかな。先に身体を拭きたいな。
◇ ◇ ◇
side:ハヤト
は?
どんな状況だこれ。
アンナを連れ、寝室に向かった。二階にあるというから、階段を上った。
そこまでは良い。
扉を開けたら――
幼女が、いた。
水気を含んだ艶やかな長い銀髪は頬に張りつき、濃い紫の瞳を大きく見開いて涙を浮かべている。え? 涙?
普段は愛らしく元気いっぱいな表情も、今は表情が乏しく、整いすぎた容姿が精巧な人形を思わせた。
身に着けた簡素な白いワンピースは肩がはだけ、太ももまで捲り上がっている。なんか、濡れてるな。
ぺたんと座り込んだベッドのシーツはぐしゃぐしゃになっており、水? が幼女の周りに染みをつくっていた。
まてまてまてまてまて、何があったよ、コレ。
なんかフラグあったか?大惨事じゃねーか。
「た……っ」
「えっと?」
幼女の顔がくしゃりと歪む。
「た、たすけ、て……」
掠れた蚊の鳴くような声だったが、しっかりと耳に届いた。
はあああああああああああああああっ!?
状況がわからねーよっ! なんのトラップだよ!
ゾクリ
一瞬、背中を何かが這いまわった感覚がした。
リリスの涙腺が決壊しそうになっている。
「あ゛あ゛あぁ……」
「リリスっ!!」
アンナがリリスに駆け寄り、抱きしめた。
抱きしめられたリリスは腕から逃れようと藻掻いている。
それを逃さないように、アンナは強く抱きしめた。
リリスは暫く暴れていたが、徐々に大人しくなり、すすり泣くような声が聞こえ始めた。
「ぅ……っ……ぇ」
アンナはリリスの背中をぽんぽんしながら宥めている。
「アンナぁぁっ!!」
息を切らせ、アレンが乱入してきた。
「え……」
何かが暴れたかのようなベッドの上で、アンナが幼女を抱きしめ、その幼女が泣いている。
入口付近では、勇者が困ったような顔をして佇んでいた。
何があったのか、誰か教えて欲しい。
あー……なんだろうな。婚約者も到着したのか。はえーな童貞。
どう収拾つけっかな。このままコイツの皮を脱いじまった方が楽じゃねーか?
【欺瞞】で俺自身に対する想いは消えたし、今の時点で計画はお釈迦になっているしな。
ここから楽しくなる展開が思い浮かばねーよ。フラグ折れたよ。
「体調を崩した聖女の様子を見に来たんだけどね。ご覧のあり様なんだ」
「…………」
「二人の側にいてやってくれ」
唖然としているアレンの肩を軽く叩き、勇者は立ち去った。




