第12話 勇者の能力
遠征に向かう道中にあるアンナの故郷に滞在する一行。勇者パーティの面々は宿に部屋を借りていたが、アンナだけは実家で過ごしていた。
「遠慮しないで、どんどん食べてくださいね」
「お姉さん、大好き!」
「あらあら、聖女様ったら」
満面の笑顔を浮かべ朝食を頬張る幼女の頭を撫でる、老齢の女性の手つきは優しい。
「どうだ? うちの子にならないか?」
「平和になったら考えます!」
「そうか……」
同じく食卓を囲んでいた男性からは、孫を可愛がる祖父のような雰囲気が感じられる。
聖女の返答には、少し残念そうな様子だ。
「あれ? 宿に皆と泊っていなかった?」
当然のように家にいたリリスに、アンナは問いかけた。
「そうですよ? アンナさんの様子が気になって」
「あー、昨日はごめんね」
「アレンさんとは仲直りできそうですか?」
「そうね……離れていた時間を取り戻すには、もう少しかかりそうだけどね」
アンナは少し困ったような表情で笑った。
この村にいる間だけでも、何のしがらみもない状態で二人の時間を過ごさせたい。
そう思ったリリスは、次の行動に移る。
「勇者様、遊びに行きませんか?」
「え? リリスとかい?」
少し驚いた様子を見せる勇者に、リリスは俯く。
緊張して手汗が止まらない。心臓がバクバクし、今にも破裂しそうだった。
「だめ、ですか?」
勇者はフッと笑う。
「いいよ、遊びに行こうか。エルミーニア、君もどうだい?」
「ええ、喜んで」
日中だけでも勇者と行動すれば、夜は連日の宴会だ。極力、アンナと会わせないようにすることをリリスは考えた。
勇者はリリスの意図には気がついていないが、気がつく必要がなかったとも言える。
気がついていたとしても、勇者の行動は変わらない。
村に滞在する最後の夜、アレンとアンナは寄り添い、宴の喧騒から少し離れた場所に座っていた。
「明日、出発するんだな」
「うん」
「アンナ、ありがとな」
「うん」
「…………」
「ねぇ、アレン」
「ん?」
「今日はね、お父さんたち、宴で朝まで帰ってこないの。だからさ、あとで家に来てくれないかな? 最後の夜はアレンと一緒に過ごしたいから……」
アンナが顔を赤らめ俯いた。アレンはアンナの頭に手をのせ、軽く撫でつけた。
「わかった、あとで行くよ」
アレンも気恥ずかしいのか、少し足早に宴の中に戻っていった。
その様子を勇者が見ていた。
◇ ◇ ◇
side:ハヤト
初々しい逢瀬にほくそ笑む。自分たちで舞台を用意したのだから。
アンナとの仲を婚約者に見せつけ、貶める機会を伺っていた。
婚約者に対する恋心を取り除き、代わりに自分に向けられるように、慎重に、丁寧に、ことを進めた。
村に戻っても婚約者に対して何の関心も持っていないことは、前回この村に来たときに確信した。
それが、今のアンナを見ていると婚約者に対する想いを思い出し、また恋をしていた。
諦めていた展開に、胸が熱くなるなぁ?
長い時間をかけて、見せつけるように振舞った。婚約者のやつは表向き諦めて、聞き分け良くアンナを送り出そうとしていた。
誰がそんなことを頼んだ?そうじゃねぇだろ? もっと惨めったらしく、這いつくばって、縋りつけよ。
忘れた想いと失ったものを戒め、それを糧にする。傷つきながら困難に立ち向かい、共に乗り越えていくラブストーリー。
良心と自己嫌悪と罪悪感と欲望がごちゃ混ぜになって。でも、最後には幸せに――なんてさせる訳ねぇよな?
裏切りと絶望で後戻りできなくなる。
そんなイベントに思いを馳せた。
ジャリ
「やあ、アンナ」
「え? 勇者様?」
「こんなところで、どうしたんだい?」
「ちょっと疲れちゃって」
「そうか――」
勇者として異世界に召喚されたとき、俺は二つの能力を持っていた。
一つは勇者の証、【ブレイブハート】だ。人族の希望が力になり、絶大な力を発揮する。さらに、軍を率いるときは兵を鼓舞し士気を高める効果がある。いわゆるチートってやつだ。
そして、もう一つが【欺瞞】だった。勇者が欺瞞なんてジョークが効いてやがる。嘘で塗り固められた虚構の存在。お前らが望むなら、魔王でも魔族でも戦ってやるよ。魅せてやる。だから、俺にも楽しませろよ?
「【欺瞞】――じゃあ、家まで送るよ。心配だから」
俺の【欺瞞】は心の隙間をつく。こんな話を聞いたことはあるか?心が壊れたやつが自ら命を絶つのは、壊れる過程で耐え切れなくなったときと、壊れてから修復する過程で未来に思いを馳せたとき。揺れてるときが一番、美味しいんだよ。
最後の仕上げだ。お前は、今、幸せか?
「ありがとう、アレン」
今までの生半可な【欺瞞】ではない。勇者に対して燻っていた想いが全て消え去る。そして、全てが目の前のアレンの皮を被った勇者に注ぎ込まれる。アレンとの直前の会話も、約束も、何もかもが都合よく認識された。
お互いの想いを確かめ合い、再び重なった喜びを噛みしめた。ようやく繋がることができることに浮かれていたアレンに罪はない。
ただ、勇者がクズだっただけだ。




