第9話 蹂躙された想い
「アンナさん、アンナさん」
努めて軽い感じで話しかける。
「んん? どしたの?」
「アンナさんの故郷って、どんなところなのですか? 楽しみなんです」
「ほんと何もない、ただの田舎だよ」
「ほぇぇ、自然豊かな場所って良いですね!」
「そう言われると、ちょっと良さそうに聞こえるのが不思議だね」
「(【神聖魔法】ディスペル)……幼馴染とかいました? 私はいなくて」
「うん、いたよ」
「えー! 良いなぁ。どんな方なんですか?」
「そうだね……馬鹿なやつ、かな?」
「ば、馬鹿なやつ、ですか?」
「そうそう、ホント馬鹿なの。悪戯ばっかりしてさ。私も振り回されてね、良く一緒に怒られてた」
「アンナさんが振り回されるなんて相当ですね!」
「ちょっと、それどう言う意味なの……」
「なんだか面白そうな人ですね!」
「うん、間違いなく面白いやつだと思う。彼がいれば、何をしていても楽しかった、かな。一緒にいるのが当たり前でさ、そうやって肩ひじ張らなくても良い間柄だった。笑顔がね、とっても素敵だった、の……っ」
アンナさんの様子が徐々におかしくなる。魅了によって歪められていた、幼馴染――婚約者に対する想いを取り戻しつつあるのかな。
「幼馴染さん、カッコ良いですか?」
「や、そんなにカッコ良くはないかな」
「ふぇぇ!?」
「口下手で真っすぐなやつでね。頼りないところがあって、支えてあげたいなって思った。しかも、意地張って全然素直じゃないの!でも、凄く優しくて。母親が病気で亡くなってさ、お墓の前でずっと泣いていたの。泣き止むまで、ずっと側にいてくれた。俺がこれからも一緒にいてやるって……。成人の儀……でね、弓姫に選ばれたとき……嫌だったの。私、弓なんて、持ったことも、なくて、怖くて……彼と、離れ……たく……なく……て。繋がりが、欲しくて……婚や……っ……うぁ? ……っぁぁぁああああ゛あ゛あ゛!!!?」
一気に思い出させすぎた!? 泣き叫ぶアンナさんを取り押さえる。
「――(【神聖魔法】スリープ)」
「アンナさん、アンナさん」
「起きていますか?」
「…………」
「アンナさん」
「…………」
「ごめん、なさい」
「……っ」
「アンナさんは、勇者様の……【魅了】に掛かっていました。それ、で……」
「……わたしね、彼からの手紙、最初は嬉しかったの。何度も読み返して、ニヤニヤしてた」
「…………」
「手紙、もう一年は書いてない。彼にも、あの日から一度も会ってない。村には、何度か行っていた、はずなのに」
「…………」
「わたし、ね、もう、なにも、残ってないよ?彼にあげたかったもの。彼のことが好き。でも、勇者様のことも好き、なの」
「…………」
「勇者様に酷いことされたって、頭ではわかった。でも、顔を合わせたら許してしまう、かもしれない……」
「…………」
「私、どうしたら、良いのかな……っ」
「ごめんなさい……」
アンナさんは虚ろな瞳を見開いたまま、静かに涙を流す。
なんて声を掛けたら良いのか、わからなかった。
ただ、隣に座っていた。
挨拶しようとしたら、逃げられた。目を合わせようとしたら、避けられた。
それでも、離れたくなかった。気がつくと、また、隣に座っていた。
遠征の日は、近い。




