カルボナリ革命前夜~月の見下ろす森の中で~
「月を眺める二人の男」という絵を見て、その時代背景を思いつつ書いた小説です。
実際の史実とは秘密結社の名前や登場人物の名前以外は全く関係はありません。
こんなことが起こってたら面白いなと思い書きました。
月が、昇る。
暗い森の中、一人の男が昇る月を眺めていた。
男は、夜に溶け込むように、黒服。黒いマントに帽子をかぶる。
その場所は、森の中でも少し開けており、一本の曲がった木が、不気味に月や星々の光を遮っている。
「月か。今夜は明るくなるかな」
男は呟く。そして、じっと月を見つつ、人を待つ。
こんな人の寄り付かないような場所に来て、人を待つ。
その待ち人は、男の友人であり、同志。
深くつながり、ルーポ(政府与党)をひっくり返すために共に努力してきた者。
全ては、自由と平等のため。
がさり、がさりと後ろで草が動く。
この場所を知るのは我らカルボナリの党員の中でもごく一部。男と深くつながっている者だけだ。
「……ブオン・クジーノ(良き従兄弟)よく来てくれたな、ピエトロ」
「ブオン・クジーノ。何の用だ。シルヴィオ」
男達は、党で決められた挨拶を交わし、隣り合う。
「後、4時間ほどで新しい年になるな。ちょうど、月が天に昇り、星々を巻き込んで……」
「俺は何の用だと聞いたんだ。詩を聞かせるために、わざわざここに呼び出したのではないだろう」
ピエトロと呼ばれた男の声が、シルヴィオと呼ばれた男の声を遮る。
シルヴィオは苦笑しつつ、話を続ける。
「ふん、つれないな……明日。年明けと同時に、スペインで軍が蜂起することになっているのは知っているな」
「ああ、確か……ラファエル・デル・リエゴだったか。彼が革命を起こす手筈だな」
「そうだ。そして、それに乗じて我々もナポリで蜂起することになっている。ナポリの軍も大多数が同志だ。成功するだろう……だが、多くの血が流れる」
「全ては、自由と平等のためだ。多少の犠牲は厭わないさ」
「……そうだな」
丁度、風が薙ぎ、木の葉の影が、シルヴィオの表情を隠す。
「何だ。不満そうな声だな。まさか、おじけづいたか?」
「ふざけるな。私も、我らカルボナリの理念こそ真の正義だと疑っていないさ……だが」
風が止み、月の光がシルヴィオの表情を映す。
それは、何かを憂いているような、そんな表情だった。
「正義のため、理念のため、自由のため……そのために、我らは集った。そして、多くの党員とパガーニ(異教徒)の血が流れ、今に至っている」
「そうだな。彼らの流した血が無駄ではないことを示すために、革命は必須なのだ」
「……そうだな、それは理解しているよ」
「ならば、何が不満なのだ」
「未来だよ」
「未来?」
「我らは……集った理念は同じでも、描く未来は違うではないか」
そう言って、月を見上げるシルヴィオ。
「私は。不安なのだ。革命が成功した後の未来。我らカルボナリが、描く未来の違いで分裂しないか……」
「……だが、今更お前の不安や不満だけで、我らは止まらんぞ」
「わかっている。来年からは、我らにとっての正念場が続く。こんな事、吐ける機会は今しかないからな……吐き出さねば、燻ぶって、革命の邪魔になるからな」
そして、ピエトロも月を見上げる。
「……ならば、せめて俺たちの間だけでも、未来を共有しておかないか?」
「何?」
「お前は、未来にカルボナリが分離するかもしれないといった。
万一、そのようなことが起こったら……その時、俺達が別れないよう。未来も共有しておくんだよ」
「ふむ、面白い。なら、私の描く未来は……」
「そうか、なら、俺の描く未来は……」
1820年となるほんの少し前。二人の男が、月下に未来を描き、語り合う。
自分たち、カルボナリが作る、自由と平等の元、人々が幸せを享受できる未来を。
それを見下ろすのは、月と木々。
二人は、年が明け、月が沈むまで語り合う。
きっと、月の時代、夜の冷たい時代が終わり、太陽の時代。暖かい自由と平等の朝が来ることを信じ……
だが、彼らは失念していた。
例え太陽の時代が来ようと、太陽は沈み、再び月の時代は来るのだということを。
例え、彼らの革命が成功しようと、未来は――――――