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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 1 大人のいない世界
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佐藤メグミ



 八月十日



 佐藤メグミは会議を終え、宝緋市内の国道をバイクで走っていた。

 バイクで走っているといってもメグミが運転しているわけでは無い。ユリが運転する赤いバイクの後部座席に乗せてもらっている。ユリもこの二日間、風呂に入っていないのだろう。金色に染められた髪は若干ねっとりしていて、少し汗臭い体臭が背中から漂う。時刻は十八時をまわり、西の空に夕陽が落ちようとしている。

 二時間を予定して行われた会議は、四時間かかって終了した。二日後に第二回の会議が開催される予定だ。

 本日、宝緋市内にある全十九の中学校代表者が集まり、各地区の現状報告と情報交換、問題や課題の提示と解決方法の協議が行われた。現状報告は、どの中学校もまだ組織としてまとまっていないので漠然としたものになった。問題や課題については、各中学校同士の繋がりを大切にして協力し合う事、各地区の地域性を考慮して柔軟に対応していく事、等がなんとなく決定した。

 メグミは宝緋中学校二年生代表として、三年生の先輩と共に会議に参加した。中盤から、血気盛んな各校代表者の怒号が飛び交う喧喧囂囂な会議になったが、参加して良かったとメグミは思う。直接会って生まれる団結感は、ネット会議では得られなかっただろう。

 十五歳以上の人間が全員塩になってしまう、という地震や戦争等とはベクトルが違う未曾有の事態を、メグミはどこか楽しんでいる節があった。

 両親がいなくなったのはとても辛いけど、電力や水道、ガスの問題、食料の調達、生産、分配の問題、警察組織の不在による治安悪化の問題、紙幣、貨幣、経済の問題、警察署や自衛隊基地に置かれている銃や兵器の問題、子供達の保護と養育、教育、メンタルケアの問題、外国との国交、貿易の問題、障害者や重病者の介護、看護の問題、ごみ、し尿処理の問題、等々それぞれどうやって解決していくのかを考えるだけでメグミはワクワクしてくる。

 ショックを受けたりパニックを起こしたりしている奴を見ると、自分は不謹慎で頭がおかしいのかもしれないと思ったが、今日集まっていた各校代表者の八割くらいがメグミと同じように目を輝かせて興奮している様子だった。

 バイクが高架橋に差し掛かった。生温い風が体に纏わりつく。東へ視線を移すと、薄暮れの街並が目に入った。明かりが灯っている建物は少なく、街並はしっとりと佇んでいる。

 メグミには一つ、釈然としない事がある。世界中の大人が消える、という未曽有の事態にしては混乱が少なすぎるのではないか。こうなる事を事前に知っていた奴がいるのではないか。

「メグ、着いたぞ」

 ユリに声をかけられて、メグミは停車したバイクから降りた。目の前には、全体が焼け焦げた高層マンションがのっそりと聳え立っている。


「それじゃ行ってくる。悪いけどちょっと待っててくれ」

 メグミはスカートのポケットからふりかけボトルを取り出した。それに詰められた元大人だった塩、仮称コトワリ塩を手の平に向けて五回振り、口に放り込んだ。

 口の中にいい塩梅の塩辛さが広がっていくと共に、感覚が先鋭化していく。頭からバチバチと火花の散る音が鳴り始め、結んだポニーテールの房がユラユラと別の生き物のように揺れ動くのを感じる。この二日間で何度か体験してきたが、コトワリ能力発現の際に生じる、得もいえぬ焦燥感には未だ慣れない。

 メグミは左後頭部へ意識を集中させた。ダークブルーの液晶テレビの上に取り付けられたアンテナを伸ばし、宇宙から降り注ぐコスモエネルギーをイメージして受信する。

 メグミはアンテナに溜め込んだエネルギーをテレビに流し、軽く地面を蹴って跳び上がった。

 メグミの体はフワリと浮き上がった時の勢いを保ったまま、気球のように上空へ昇っていった。

 三階、四階、五階の高さへ。緩やかな速度で上昇を続けている間も、アンテナに取り入れたエネルギーをテレビに流し続ける。

 テレビ画面には、教育テレビでやっているような生き物の番組が映っている。昨日チャンネル能力を使った時にはキリンの番組が流れていたが、今日は蜘蛛の番組が流れていた。

 テレビから、蜘蛛の解説をする女性のナレーションが聞こえる。女性の声は感情が籠っておらず、機械音声のようだった。

『カバキコマチグモ。日本全土にいる毒蜘蛛で、噛まれると猛烈な痛みが続きます。その他の特徴として、子蜘蛛が母蜘蛛を食べる事で有名です。母蜘蛛は巣の中で卵を産み、孵化するまでの十日間、卵を守り続けます。巣の中に侵入者が来ると、母蜘蛛は毒の牙を剥いて襲い掛かり、決して巣から離れる事はありません。卵が孵化し脱皮を終えると、百匹前後の子蜘蛛達が一斉に母蜘蛛の腹に食らいつきます。柔らかい部分を食べられて殻と足だけになるまで、母蜘蛛は一切抵抗する事無く死んでいきます』

「おっと!」

 マンション十三階の高さまで来た時、テレビの映像が途絶えて重力が元に戻った。メグミは咄嗟にフェンスの縁に指を引っ掛けてぶら下がった。もし引っ掛けられずに落下したとしても、落下途中で再度チャンネル能力を発動させればいいだけの話なので、メグミの心胆を寒からしめるものでは無い。

 フェンスをよじ登ったメグミは通路に下り立ち、階段を上り始めた。全焼のマンションは勿論エレベーターが使えない。メグミはスキップするが如く、軽やかに階段を上っていった。マンション内部には、未だ焦げ臭いにおいが充満していた。

 屋上に着くと、赤々とした夕焼けがメグミに突き刺さってきた。

 屋上南側の縁二十メートルくらいの部分が、溶けかけのアイスクリームをスプーンで抉り取ったかの様に半円の形で無くなっていた。

 抉り取られた部分から階下を見下ろすと、斜めにナイフを入れたミルフィーユのように二十、十九、十八階の居室断面が見える。円を描くように切断された室内の壁や家具は真っ黒に焼け焦げて炭化していた。もし人が残っていたら、と考えるとゾッとする。

 この火災による死者は、現時点では一人も確認されていない。目撃者の話によると、銀色の髪をした男子中学生と紫色の髪をした女子中学生がマンションに取り残された人々を助けたらしい。救出途中に大きな爆発が起こって炎の勢いが強まり、その後二人の姿を見た者はいない。

 三年の先輩は会議が終わってすぐに中学校へ帰ったが、メグミはユリにお願いしてこのマンションに寄ってもらった。一昨日、五十嵐との電話中に突然通話が切れ、それ以降は電話をかけても通じなくなった。ここに来たからといって何かできるわけでは無いが、五十嵐にチャンネル能力の使い方を教えた手前、メグミは現場を見ておきたいと思った。

 恐らく五十嵐のチャンネル能力が発動したのだろう。瞬間移動能力でどこか遠い所に行ったか、物体消滅能力で自分達ごと消えてしまったか、メグミには分からない。

 五十嵐の事は、ちょっと変な奴、と聞いていたが、話してみると悪い奴ではないと思った。

 昨日、五十嵐の事を少し調べた。五十嵐は小学五年生の時、フランスのチャリティーコンサートに参加したピアニストの母親と一緒に、コンサート会場で爆弾テロに巻き込まれたらしい。母親は死亡、五十嵐は軽傷で済んだそうだ。事件自体はニュースで報道されていたのを覚えている。同じ小学校だった奴に話を聞くと、テロに遭う前の五十嵐はおとなしい温和な少年だったらしい。今も温和だとは思うが、どこか攻撃的な印象もメグミは受ける。

 同学年の多くの者が知っている有名なエピソードがある。中学一年生の時、五十嵐のクラスメイトの一人が右翼的な考えに傾倒していて、左翼思想を持つ社会科教諭と度々議論をする事があった。三学期の通知表で、右翼少年は社会科で五段階評価の二をつけられた。テストは九十点台後半、提出物もしっかり出し、評価は五でしかるべきだと他のクラスメイト達は思ったそうだ。悔しくて目に涙を溢れさせる右翼少年を見た五十嵐は職員室へ行き、他の教諭達が見ている前で社会科教諭に殴りかかった。五十嵐と右翼少年は同じクラスだが殆ど交流は無かったらしく、右翼少年は困惑したそうだ。

 メグミは両手を組んで五十嵐の無事を祈り、屋上を後にして階段を下り始めた。

 十九階から十八階に差し掛かったところで、巨大な金属の塊が高速でぶつかり合うような轟音が上階から響き、マンションが小刻みに震えた。

 メグミは踵を返し、急いで屋上へ向かった。

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