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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 1 大人のいない世界
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テレビ

 ミツオは幼稚園児の男の子を抱きかかえ、背中にはおんぶ紐を使って赤ちゃんをおぶさっている。リサは両手に幼児二人を抱え、ロシアンブルーは片方の幼児の胸でおとなしく抱かれている。他に、耳が聞こえない女の子と、男子と女子の中学生が一人ずつ、中学生にはそれぞれ赤ちゃんを抱いてもらい、計十一人と一匹はマンション屋上の片隅に集まっていた。

 最後の方は階下から迫る黒煙に急かされて雑な調べ方になったが、ミツオとリサは二十階までの全部屋を調べる事ができた。地平線に浮かぶ山々に三分の一ほど身を隠した夕陽が、ミツオ達を照らしている。

「ミツオ、どうすんのこれから」

 屋上に着くまでに何かいいアイデアが浮かぶかもしれない、と思っていたが、結局何も浮かばなかった。

 屋上に高さ三メートル程の貯水タンクがあったので、ミツオは前蹴りでタンクに穴を開けてみた。蛇口を全開でひねった時のような勢いで、濁った水が穴から噴き出てきた。焼け石に水にもならない。屋上の入り口から黒煙が立ち昇り始めた。

 周囲の建物を見渡したが、マンションの周りにはコンビニ、民家、駐車場しか無く、跳び移る事ができそうな建物は一つも無かった。

 階下の部屋の窓から立ち昇る黒煙の隙間を縫って下界を見下ろすと、地上にいる人々が蟻のように小さく見えて、背筋に寒気が走った。

「リサ、どう? ここから飛び降りる自信ある?」

「……死ぬ自信ならあるよ」

 リサはミツオの隣に立ち、半笑いで下界を見下ろした。自虐的だが笑顔を作る余裕はあるようだ。ミツオも、もうすぐ死ぬかもしれないというのに驚くほど冷静でいられた。身体能力の向上が精神にも影響しているのかもしれない。

 他の人を見ると、幼い子供達は現状を理解できていないようで茫然としているが、中学生の二人は顔面蒼白で目が潤み、女子の方は歯をカチカチと鳴らしていた。屋上の入り口から噴き出る黒煙は徐々に勢いを増し、バチバチと炎の爆ぜる音が下から近づいてくる。屋上に炎が到達し、皆がパニックになる前に何とかしなければならない。

 ミツオは頭の中でシミュレーションを始めた。

 貯水槽に浸かり、全身を濡らす。黒煙が噴き出る中、息を止めてマンションの階段を駆け下りる。炎に呑み込まれるギリギリのところまで行き、クッションの役目を果たすよう祈りつつコンビニへ飛び降りる。脳内でコンビニに落ちていく様を想像していた時、不意に昼間の出来事を思い出した。

 ミツオは携帯電話を取り出し、着信履歴の一番最初に表示されている番号に電話をかけた。

『もしもし、五十嵐か?』

 ミツオは簡潔に、今の状況を佐藤さんに説明した。

『……か、かなりヘヴィな状況みたいだな』

「昼に学校の三階から飛び降りた時、途中で体が軽くなってフワフワ地面に降りたやつ。あれのやり方を教えてほしい」

『あー、アレは多分、五十嵐にはできないと思う。ちょっと説明するから聞いてくれ』

 自分にはできない、と聞いてミツオは肩を落としたが、佐藤さんの一言一句聞き逃すまいと電話口に耳を傾けた。

『塩を飲んで得られる力は大きく分けて二つあるんだ。一つはコトワリ能力と呼ばれる、視覚や聴覚や身体能力が上がる力。これは比較的誰にでも発現する。

 もう一つはチャンネル能力と言って、極一部の人間だけが使える特殊能力で、透明になったりサイコキネシスが使えたりする事例が海外で確認されている。ちなみにアタシのアレは重力操作能力だ』

「使える可能性はある?」

『今のところ一万人に一人って言われてるけど、やってみる価値はあると思う』

「やり方教えて」

『まず目を閉じて』

 言われた通りにミツオは瞼を閉じた。

『頭の中、左後ろ後頭部あたりにテレビがないか?』

「……はい?」

『テレビ。イメージ。概念として』

 一体何を言っているのだろう。火事と言ったのが冗談だと思って、からかっているのだろうか。そんな頭の中にテレビなんてあるはずが

「あった……赤いテレビがある……」

 脳内の左後ろあたりに意識を集中させると、真っ暗な空間に十六型くらいの小さなテレビがポツンと置かれていた。昭和の時代に作られたような赤い外箱のブラウン管テレビで、その上には古めかしいV字型アンテナが据え付けられている。

 佐藤さんに言われたから、あるように思い込んでいるとかではない。ミツオが生まれた時からずっと一緒に存在していたものが、暗闇の中で懐中電灯の光を当てられたかのように、突然姿を現したような感じだった。ミツオは一人っ子だが、兄弟がいたらこんな感じだろうか、というような奇妙な親近感を古ぼけたテレビに対して覚えた。

『オッケー! 電源入ってるか?』

 テレビにはコンセントのケーブルが付いていないのに、砂嵐の映像が画面にザーザーと流れている。

『アンテナを目一杯伸ばして、空気中に含まれてる自然エネルギーとか、宇宙から降り注ぐコスモエネルギーとか、何でもいいから何かしらの不思議エネルギーをアンテナに取り込むイメージをしろ』

 ミツオは指し棒のようなアンテナを限界まで伸ばし、エネルギーを取り込むイメージをした。空気とか宇宙とかではイメージが湧かなかったので、この場にいる人達の、死にたくない、という気持ちをイメージしてエネルギーに変換し、アンテナに取り込んだ。

『ラスト、取り込んだエネルギーをテレビに流し、映像を映せ』

 ミツオはエネルギーをアンテナからテレビに移し、画面に映像が流れるようイメージした。ブラウン管に、夜の高速道路を走る車内から見た宝緋市の夜景が一瞬映り、次の瞬間ミツオの脳内の景色はテレビごと真っ白に塗り潰された。

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