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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 5 決断
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冨田リサⅢ

 四時四十三分。RPGロケット砲の弾頭に発射装薬を装着して、ランチャーに差し込み、ストッパーをかける。バックブラストを避けるため、地上へ伸びる下水管のハシゴを上る。

 リサはライダースーツとヘルメットを装着し、五條共同体本部地下の下水道に侵入していた。内通者からノゾミの居場所を教えてもらったが、教えられた会議室にいるのは二時間だけらしく、急遽リサ単独で行動する事になった。

 ハシゴに携帯用ランプをくくり付ける。RPGの照準合わせに邪魔なのでヘルメットを脱ぐと、吐き気をもよおす臭気で眩暈を起こしそうになった。まとめた髪が下水管に触れないように気をつけながら、RPGの撃鉄を起こしてセイフティを解除する。携帯用ランプに照らされているが、薄暗い下水管内。ぼんやりと暗闇に浮かぶ汚水マスに照準を合わせ、リサは引き金に指をかけた。コトワリ能力は、三百メートル先のマンホールから侵入する時点で発現させている。

 訓練で何度か練習したが、実際に発射するのは初めてだ。引き金を引いたら、もう後戻りはできない。無事にノゾミを救出できるか、捕まって洗脳されるか、どちらかだ。リサは意識を集中させた。鼻呼吸は止めていたので口で深呼吸し、覚悟を決めて引き金を引く。

 映画館でも体験した事のないような爆音が耳をつんざき、ジェットコースターのような振動に体を揺さぶられた。降り落ちてくるコンクリートの破片と、バックブラストの粉塵で視界が塞がれる。激しい耳鳴りで何も聞こえない。リサは無我夢中でハシゴを伝って下水管を駆け上った。思考が働かず、なぜ下水管を上っているのかわからない。爆発で穴が開いた汚水マスから建物内に入る。広々とした廊下に出て、リサは五條共同体本部に侵入している事を思い出した。


 目的の部屋のドアを蹴破る。苦滅道諦と書かれた額縁や、大きな壺や、歴代組長の写真が飾られた広大な会議室の隅で、チョコンと椅子に座って本を読んでいるノゾミを見つけた。リサはノゾミを左肩に担ぎ、会議室を飛び出した。

 爆発音で信者が二人集まっていたので催涙スプレーで昏倒させ、リサは廊下を走り抜けた。廊下の角で立ち止まり、玄関ロビーを覗く。ロビーには、コトワリ能力を発現させた信者が集まっていた。リサは耳栓をして防護メガネをかけ、ノゾミに目を閉じているようにジェスチャーで伝えた。バッグからスタングレネードを取り出し、安全ピンを外してロビーに放り投げる。防護メガネをかけているにも関わらず、何百という雷が連続で落ちたかのように、たくさんの閃光が視界に瞬いた。意識が飛んで倒れている信者を横目に、リサは玄関のドアを蹴破って外へ出た。玄関から門までの二十五メートル、ちらほらと信者はいるが、コトワリ能力を発現させている者はいない。リサは信者を無視して門を抜け、道路を南へ向かって駆けだした。

 ここまでは予定通りだ。あとは市道に出て、五百メートルくらい進んだら右側の土手の下に雑木林があるので、そこにまぎれ込んでしまえば逃げ切れるだろう。

 ノゾミを担ぎ、全速力で走る。住宅街を抜けると、四車線の道路が目の前に広がった。リサは左折して真ん中寄りの左車線を走った。道路の両側には、取り壊された建物や空き地が目立つ。ロビーで倒れていた信者の中に、小学二年生の時に仲が良かった女の子がいたような気がした。顔は思い出せるが、名前が思い出せない。授業中に手紙のやり取りをして、二人並んで教室の後ろに立たされた記憶。

 一瞬目の前が真っ暗になり、地面が無くなって体が浮いた。目の前にアスファルトの地面が迫り、リサはノゾミを離さないよう必死に抱きかかえた。ノゾミを傷つけないように右肩から地面に着地し、アスファルトの上を滑ってライダースーツが焦げる。体のどこかに強い衝撃を受けたのだと思うが、どこに受けたのかわからない。全身が筋肉痛のように痛む。油の切れたロボットのような動きで振り返ると、遠くから、八人の男女が横一列に並んで歩いて来るのが見えた。

 全員が赤、青、黄色等の鮮やかな色をした髪の毛を逆立たせている。揃いの赤色の腕章、アヤネ様親衛隊だ。

 アスファルトの上を転がる砲丸越しに、親衛隊がリサとノゾミに向かって道路の真ん中を歩いてくるのが見える。さっきの一撃で体はボロボロだ。満足に歩く事もできそうにない。リサの脳裏に、マチコの顔と監禁されて洗脳される自分の姿が浮かび、全身に悪寒が走った。

「チャンネル! チャンネル!」

 脳味噌の左後ろに意識を集中させる。何かしら、この状況を打破できるチャンネル能力が発動する事を祈って、頭の中のテレビを探す。目をギュッとつむって全身に力を込めるが、テレビは見当たらず、状況は何も変わらない。

 突如、リサとノゾミは黒い影に覆われた。顔を上げると、親衛隊の上空に現れた大型バスが西陽に照らされて、リサとノゾミに影を落としているのが見えた。親衛隊の一人がリサの視線に気づいたのか上空を見上げ、他の七人に避難指示を出して跳び退いた。空から大型バスが降ってきて、さっきまで親衛隊がいた地点にフロントガラスから激突した。リサは咄嗟に、ノゾミを抱きしめて身を伏せた。車体がひしゃげる音、アスファルトの砕ける音が響き、一瞬の間を置いて爆発音が轟いた。ガラスや車体の破片が飛び散っているのか、体に何かが当たる。体の表面が炙られて熱い。爆風がおさまり顔を上げると、燃え盛る骨組みだけになったバスの手前に、膝をついてうな垂れているミツオの姿が目に入った。肩で息をしているミツオの後ろ姿。炎に照らされて、輪郭がオレンジ色に縁取られている。

 バスがゆっくりと回転し始めた。左後輪のタイヤを軸にして、グルグル回る。炎は消えず、火炎竜巻が生まれてバスを飲み込む。洗濯機の中で回る洗濯物のように、猛烈な勢いで渦を巻くバスが、加速度的に上昇して天高く舞い上がった。バスが物凄い勢いで空き地に落ちて地響きがこだまし、お腹に響いた。バスから漏れ出たガソリンに引火した炎がアスファルト上で燻り、炎の向こうから親衛隊が姿を現した。

「やたらめったらチャンネル能力使うなよ」「よもや竜巻だとは思うまい」

「どー見ても竜巻じゃん」「あれって五十嵐ミツオじゃない?」

 ふわっとした会話をしながら、親衛隊が近づいてきた。

 いくらミツオでも、アヤネ様親衛隊八人相手には敵わないだろう。ミツオがこっちに来て、三人で時間跳躍をすれば逃げられる。ミツオに呼びかけようとした時、ミツオの口が開いて、消え入りそうな呟きがリサの耳に届いた。

「チャンネル全開」

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