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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 1 大人のいない世界
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冨田リサ

 閑静な住宅街。その中でも一際大きな家のインターホンを鳴らす。現在時刻は午前十二時五十分。十分前にメールを送ったが、返信は無かった。まだ寝ているのかもしれない。

 玄関のドアが開いて、タンクトップにデニムのショートパンツ姿のリサがゆっくりと顔を出した。

「……よっす」

 眠いのか、太陽の光が眩しいのか、目を細めてはにかむリサが口を開いた。いつも通りのリサの姿を見て、ミツオはほっとした。パニックにはなっていないようだ。

「……とりあえず上がる?」

「うん、おじゃまします」

 玄関を上がり、スリッパに履き替えてリサの後ろをついて歩く。リサはミツオより少しだけ背が高い。リサは薄茶色に染めた髪を左後頭部でくくり、パイナップルヘアにしていた。通されたリビングの大型テレビには、カラーバーの静止画が映っている。

「ミツオー! コーラ、アクエリ、麦茶、どれがいい?」

 キッチンからリサの声が響く。大きな家だからリビングとキッチンとの距離が遠い。

「コーラ!」

 リサが氷入りのコーラとアクエリアスを、曇りガラスのコップに入れて持ってきてくれた。ミツオはコーラを受け取り、話を切り出した。

「今、おかしな事になってるの知ってる?」

「まあ、大体は」

「どのくらい?」

「ネットにのってるのは一通り」

 ミツオと並んでソファに腰掛けながら、リサはリモコンでテレビのチャンネルを変えた。どのチャンネルも映し出されるのはカラーバーか真っ黒な画面だった。

「超ウケる」

 ふふ、と冷笑を漏らしながらリサはテレビを消した。笑ってはいるが、その笑顔の裏には戸惑いや不安が隠れているように見えた。

「リサ、バイク運転してくれない?」

「なんで?」

 ミツオは筈久地区のマンションや団地を回って、子供を救出しなければならない旨をリサに伝えた。

「ん~、わかったけど、できるかなー今」

 着替えるから待っとって、と言い、リサはドタドタと階段を上がっていった。コーラを飲みながら待っていると、ちょっと来てー、とリサの呼び声が聞こえた。

 二階に上がってリサに通された部屋には、ツインベッドの上に横たわる二つの塩の塊があった。片方には青色、もう片方にはオレンジ色のパジャマが混入されている。

「これ、おじさんとおばさん?」

「らしいよ。超ウケるよね」

「うん……超ウケる」

 佐藤さんが、マザコンは家に閉じこもって泣いている、と言っていたが、多分その人は感受性とか想像力が豊かなんだろう。心臓発作とかで死んでいる、とかなら泣いたりパニックになったりするかもしれないが、いきなり塩になられてもどう反応すればいいのか分からない。


 ミツオはリサと共にコンビニへ行き、停まっていた紫色のバイクに目をつけた。リサはTシャツとハーフパンツ姿に着替えている。

「マジェスティじゃん! イイね!」

 リサはニヤニヤしながらバイクに跨り、エンジンを噴かせた。二十メートルくらいの距離を行ったり来たりして運転感覚を確かめた後、リサはミツオに向かって後ろの座席をポンポンと叩いた。

「よっしゃ、行くよ!」

「安全運転で頼むよ。バイク乗るの初めてなんだ」

「ボクも二人乗り初めてだったりして~」

 デヘ、とおどけた顔で舌を出すリサを見て、ミツオは能面のような表情になった。

 ミツオは後ろの座席に跨り、リサの腰に手を添えた。

「手はボクのお腹にまわして組んでて。ヒザはボクの腰を挟んでて」

 少し汗ばんだリサの背中。Tシャツにブラジャーのベルトが浮いている。

「そんじゃー行くよー!」

 リサはブブン、とエンジンを鳴らし、猛スピードでバイクを発進させた。予想外の速度で体がふき飛ばされそうになり、ミツオは咄嗟にリサの体にしがみついた。

「リサ! 速い! 速い!」

 リサが何か叫んでいるが、エンジンと風の音に紛れて何を言っているのか分からない。悪ノリしているようだ。今思えば、二人ともヘルメットを着けていない。恐くなったミツオは、ストーップ! と叫びながら無我夢中でリサの体にしがみついた。

 突如、バイクの速度が緩んだ。

「リ、リサ?」

「ミ、ミツオ君……あのですね……お手々がですね……」

 恐怖で頭が真っ白になっていたミツオは、自分の両手に意識をまわした。右手はリサの左脇腹を掴み、左手はリサの右胸を掴んでいた。

「ごっ! ごめんっ!」

「どっ! どういたしましてっ!」

 微妙に噛み合わない会話を交わし、なんとなく気まずい空気が流れる。速度を安定させたバイクは住宅街を抜け、田園の中の農道に入って行った。

 右を見ても左を見ても視界の下半分には青々とした田園が広がり、上半分は真っ青な空で埋め尽くされている。実をつけ始めた稲の田に風が吹き、クレーターのように田園の表面がへこむ。風とエンジンの音に混じってリサの鼻歌が聴こえてくる。雲ひとつ無い、抜けるような青空を見上げ、もしも地球の重力が反転して空へ落ちていく事になったら、という空想が頭に浮かんだ。

 農道を走り抜けて山道に入ると、暑さが和らぎ山林から大音量のセミの合唱が聞こえてきた。セミの鳴き声にエンジンの音をかき消されながら、バイクは山の坂道を登っていく。自転車で来ていたら、滝のような汗を流してヒーヒー言いながら登っていただろう。二人の人間を乗せてスイスイ坂道を登っていくバイクの力強さに、ミツオは感動した。山を登っていると、気圧の変化で耳がキーンとしてきた。

 山を登りきると、足元に筈久地区の全景が見えた。乃良霧地区と比べ、映画館やショッピングモール等があって繁華街として充実しているが治安は悪い、というのがミツオの持つ筈久地区のイメージだ。



「ヘイヘイ、ミッちゃんミッちゃん、ヘイ!」

 お腹が減ったミツオとリサは、筈久地区内の国道沿いにある牛丼屋に来ていた。店内のカウンター席に二つ、厨房内に一つ、元人間だった塩の塊が鎮座している。カウンター席に座っているリサが、厨房内にいるミツオにうっとうしい口調で話しかけてくる。

「もうすぐ温まるよ」

 ミツオはリサの呼びかけを無視し、火にかけて温めているカレーの寸胴鍋を巨大なシャモジでかき混ぜた。鍋からは少しずつ湯気が出始めている。

「ねえねえミッちゃん、デート? これデート?」

 テーブルに頬杖をついたリサがニヤニヤしながら、からかうようにミツオへ声をかけてくる。

「うるさいなあ、もお」

「デートで牛丼屋って、どぉ~かと思うよぉ~」

 おどけるように話しかけてくるリサを無視して、ミツオは二枚のカレー皿にご飯をよそった。グツグツと煮立ってきたカレーをおたまで掬い、ご飯にかける。

「はい、どうぞ」

「いただきまっす~」

 リサは大量の福神漬けを自分のカレー皿に投入し、ミツオのカレー皿にも福神漬けを少量入れてくれた。ミツオはカウンターを挟んで従業員側からリサと向き合い、立ちながらカレーを食べ始めた。本当は牛丼を食べたかったがリサがカレーを食べたがったので、二つの鍋を温めなおすのが面倒だったミツオは自分もカレーにした。

 リサは食べ始める前に、大量の福神漬け入りカレーをスプーンでグチャグチャにかき混ぜた。そうやって食べるのが一番美味しいらしい。

 ビビンバのようにカレーをかき混ぜるリサの姿を見て、ミツオは三年前のあの日を思い出した。

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