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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 3 タンポポの綿毛
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料理

「わわっ! 危ない危ない! 左手は猫手にして、指を切らないように!」

 ミツオはリサの言う通り、指先を引っ込めた左手で四等分にされた大根を押さえた。右手に包丁を持ち、ぎこちない手つきで大根を扇の形に切っていく。

 コトワリ能力が発現していたミツオはリサをおぶってミツオの自宅に戻ったが、流しに洗い物が溜まっていてとても料理できる状態では無く、加えて大量の洗濯物やカビの生えた風呂場をリサに見られて先に家の大掃除をする事になったのだが、掃除の途中でマチコちゃんを迎えに行く時間になったのでマチコちゃんを二人で迎えに行き、帰りに配給所で豚肉等の食材を貰ってからミツオ達はリサの家で夕食を作る事になった。

 リビングルームでは、マチコちゃんが薄紫色の猫と遊んでいる。三ヶ月ぶりに会うマチコちゃんは、ミツオの事を覚えているのかいないのかよく分からない表情で、こんにちは! と元気良く挨拶をしてきた。

 ミツオはおばさんが使っていた花柄のエプロンを着け、リサは色違いのエプロンを着けている。キッチンもダイニングルームも綺麗で、おばさんがいた頃とほとんど変わっていなかった。

 ミツオが大根を切り終え、鍋に水を張って昆布とにぼしを入れてから火にかけると、数分前に炊きあがりを知らせるアラームが鳴っていた炊飯器の蓋をリサが開けた。

「それじゃ、おにぎり作ろっか」

 炊飯器から真っ白な湯気が飛び出て、炊きたてご飯の瑞々しい香りが漂った。ミツオがお米を研いでご飯を炊いたのは小学校の家庭科の授業以来だったが、上手に炊けているようだった。

「手に塩をササッとつけて、ご飯粒を潰さないように、握るっていうか形を整える感じでチョチョチョッと」

 リサは左手に塩をつけ、右手でご飯を寿司職人のようにすくい取り、両手で回すようにしておにぎりの形に整えた。まるで早送り映像のように素早い動きで綺麗な三角形の形に仕上げたあと、海苔を巻いておにぎりを皿に置く。

「こーんな感じでやってみよー!」

 ミツオはリサの動きを真似てご飯をすくい取ったが、炊きたてのご飯は火傷しそうなほど熱く、ミツオはお手玉のようにご飯を両手の間で行ったり来たりさせながらおにぎりを握った。出来上がったおにぎりに海苔を巻いて、リサが作ったおにぎりの隣に置く。ハンペンのようにツルンと綺麗な形をしているリサのおにぎりと比べ、ミツオのおにぎりはゴツゴツしていて、まるで岩のようだった。

 リサが鼻歌を歌いながら、慣れた手つきで豚肉のスジを切っている。二週間ぶりに手に入った豚肉らしい。宝緋市では、野菜や鶏肉や鶏卵は比較的入手しやすいが、豚肉は一週間に一度手に入るかどうかだそうだ。牛肉にいたっては、デイ・オブ・ザ・ソルト以降ミツオは見かけた事すら無い。せいぜいカップラーメンの具のクズ肉くらいだ。

 リサが豚肉と玉ねぎを適当な大きさに切り、冷蔵庫から酒や調味料を取り出してタレを作り始めた。

 いつの間にかキッチンに来ていたマチコちゃんが冷蔵庫を開け、背伸びをして上の棚を覗き込んでいる。

「マチリン、プリンはご飯の後だよ」

 マチコちゃんはプリンを確認したようで、よーし、と言いながら冷蔵庫を閉じ、パタパタとスリッパを鳴らしてリサに近づいた。

「いいにおいだね~」

 ジューッとフライパンの上で音を立てている生姜焼きの香ばしい匂いがキッチンに広がっていく。リサは、フッフッフ~、と笑みを浮かべながら、フライパンで炒めていた豚肉を一切れつまみ、あーん、と言いながらマチコちゃんの顔に近づけた。マチコちゃんは口を開けて上を向き、パン食い競争でパンに齧りつく時のように生姜焼きに食いついた。

 ミツオは慣れない手つきで少し歪な形のおにぎりを五個作った後、リサの指示で鍋から昆布と煮干しを引き上げ、大根と乾燥わかめを入れ、合わせ味噌を溶かして味噌汁を作った。おにぎりは最初に作った一個目と最後に作った五個目を比べると、少しだけ上手くなっているように見えた。リサはその間に、ほうれん草のおひたしとだし巻き卵を作っていた。


「それじゃ、帰るよ」

 出来上がった料理を二つの弁当箱に詰め終えると、ミツオはエプロンを脱いで帰り支度を始めた。ミツオは家に帰って夕飯を作り、ノゾミと一緒に食べる事になっているので、料理は二人分しかない。

「あ、ちょっと待って」

 リサがミツオを呼び止め、大根や米等の食材をリュックサックに入れてミツオに渡してくれた。

「家に帰っても食材無いでしょ? 今日の夜と明日の朝、二食分入ってるから。これは生姜焼きのタレね、お肉とタマネギを炒めたところに入れるだけでいいから」

 リサはプラスチックの容器に入ったタレをミツオに見せ、リュックサックに入れた。

「ちゃんとご飯作ってあげるんだよ。難しい料理なんかできなくても、おにぎりとお味噌汁と野菜炒めでもあればそれでいいんだから」

 玄関まで見送ってくれたリサに別れを告げ、ミツオは家を出た。時刻は午後三時をまわり、空に日暮れの兆しが見え始めている。冨田家の塀に沿って歩いていると、リサとマチコちゃんの笑い声が聞こえてきた。


 リサから貰った食材を持ち、ミツオは帰宅した。すでにノゾミは帰ってきているようで、玄関の鍵は開いていた。玄関のドアを開けた時、ミツオは何となく違和感を覚えたが、気にせず台所へ歩いていった。

 台所へ向かう途中、居間に差し掛かったところでミツオは足を止めた。

 玄関に置いていたノゾミの家の遺留品入り紙袋がカーペットの上に置かれている。オレンジ色、青色、緑色のアルバムがテーブルの上に積まれ、少し離れたところに空のディスクケースが置かれている。ミツオはテレビを点け、DVDプレイヤーを起動し、挿入されていたDVDを再生した。

『ハッピバースデートゥーユー♪ ハッピバースデートゥーユー♪』

 暗い部屋の中、滲むように浮き上がるロウソクの火の向こうに、幼いノゾミの姿が映っている。ノゾミの両隣では、母親とお姉ちゃんが手拍子をしながら誕生日の歌を歌っている。ビデオを撮っているのは父親のようだ。大きな声で歌う母と姉の合唱に、ゴニョゴニョと照れくさそうに歌う父親の声が混じっている。

「これを見たのか……」

 歌を歌い終わったところで、お姉ちゃんがロウソクの火を吹き消すようノゾミに促した。ロウソクは三本立っている。この時のノゾミは耳が聞こえたようだ。ノゾミはロウソクに息を吹きかけたが、一回目は一本も消えず、二回目で一本消え、三回目は一本も消えず、四回目も一本も消えず、五回目も一本も消えなかったので、六回目でノゾミの息に合わせてお姉ちゃんも息を吹きかけ、ロウソクの火が全て消えた。真っ暗になった部屋の電気を父親が点け、拍手が沸き起こる中、ノゾミは口元を緩めて目を輝かせていた。ミツオは、ノゾミが笑っている顔を初めて見た。

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