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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 3 タンポポの綿毛
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ピッチングマシン



 十一月五日


 

 窓から差し込む朝陽の眩しさでミツオは目を覚ました。

 チェロを構えたまま眠ってしまっていて、頬にチェロのヘッドが貼りついている。床には、お菓子の袋と空になった紙パックが散らばっている。チェロのヘッドから頬を剥がす時、ペリッと音がした。バスでどこか遠くへ行く夢を見た気がするが、内容は覚えていない。

 ミツオは遮光カーテンを引いて、ピアノに日光が当たらないようにしてから台所へ向かった。ノゾミの姿は見当たらない。もう学校へ行ったのだろう。

 ミツオは冷凍庫から配給品のドリアを取り出して電子レンジにセットした。五百ワットで加熱している間にトイレへ行き、台所でコップに水を注ぐ。加熱終了のアラームが鳴り、ミツオはレンジから取り出したドリアを立ったまま食べた。

 食べ終わったミツオは洗い物が乱雑に溜まっている流しにコップを置き、隅にホコリが積もっている廊下を歩いて家を出た。

 宝緋高校へ向かう途中の坂道を上っていると、黒い服を来た女子二人とすれ違った。遠くの火葬場の煙突から、白い煙が立ち昇っているのが見える。

 午前九時過ぎに高校に着くと、ランニングをしている治安維持部隊員のかけ声がグラウンドから聞こえてきた。

 治安維持部隊の訓練は、アメリカ陸軍基礎訓練マニュアルを基に行われている。柔軟運動、ランニング、格闘訓練を行い、教練や応急処置の方法を学ぶ。今後は、ライフルや手榴弾や地雷等を用いた訓練も行われるらしい。

 ミツオは休日なので訓練に参加できない。ランニングをしている部隊員達を横目に、ミツオはピッチングマシンへ向かった。

 最高速度の時速百七十キロメートルにセットして、マシンから一メートルの距離に座り、発射される軟球を紙一重で躱していく。ギリギリまでボールを引きつけて、前髪に触れた瞬間に顔を横にずらす。球は耳をかすめて後方のネットに突き刺さる。ミツオは時々、手で球を掴んだり顔面で球を受け止めたりした。パカーンと音を鳴らしてボールが顔面に炸裂すると、一瞬目の前が真っ白になり、頭の中に炭酸水を流し込まれるような爽快感があった。

 マシンが球を打ち尽くすと、ミツオは球を拾い集めて再度マシンにセットした。


「何してんの?」

 打ち出される最後の一球を顔面で受け、派手なリアクションをとりつつ仰向けに倒れた時、ミツオを見下ろすリサと目が合った。リサは頬杖をついてしゃがんでいる。

「……いつからいたの?」

「んー、二、三分前くらいかな」

「どうしてここに?」

「なんだよー、ボクが訓練しちゃいけないっての?」

 バイクの教官として働いていたので、三階能力者のリサも治安維持部隊員だった事を忘れていた。

 息を吐きながら体を起こした時、ミニスカート姿でしゃがみ込んでいるリサのパンツが見えた。

 向かい合うと、リサはミツオに対して顔を傾け、片目を閉じたり開いたりし始めた。

「何してるの?」

「ん? ウインクだよ」

 リサは両手で頬杖をついたまま、はにかんでパチパチと片目の開閉を繰り返す。

「な、なに?」

「元気ないなあって思って。元気づけようと思って」

「やるとしても、もっとマシな方法で頼むよ」

「なんだよー、ノリ悪いなー。あ、そうだ! そんな元気の無いミツオ君には、ボクのとっておきの写真を見せてあげましょー!」

 リサはスマートフォンを取り出し、画面をミツオに向けた。待ち受け画面には、緊張した面持ちでおずおずとVサインをしているリサと、おしとやかな笑顔でVサインをしている綺麗な女子とのツーショット画像が映っていた。

「すごいでしょー! 今、バイクの免許取るために教習所通ってて、ボクが教えてるんだー」

 ミツオは知らないが、有名なアイドルらしい。

「仕事の関係で東京の学校に通ってたんだけど、こっちに弟がいるから帰ってきたんだって。顔ちっちゃくて肌も髪もメチャクチャ綺麗で、写真からでもわかると思うけど、オーラがムワムワッて出まくってて、もうハンパじゃなくかわいいんだよー!」

 嬉しそうに話すリサの声を遠くに感じる。四ヶ月前までは同年代の人間を前にするとパニックになって何も喋られなくなる引きこもりだったのに、今はバイクの教官として働いて、アイドルとツーショット写真を撮っている。

 ミツオは弾むように話すリサの言葉の裏に、もうお前は必要ない、という意味が隠れているような気がした。

「マチリンも会いたいって言うもんだから、次の教習の時にマチリンも連れていって三人でご飯食べる約束してるんだ。あわよくば、その後カラオケ誘っちゃおっかなー、なんて思っちゃったりしちゃったりして! あー、どうしよう! もし生歌なんて聴けたら、ボク感動して涙ちょちょ切れちゃうよ!」

「マチコちゃんは元気?」

「元気元気! 最初の頃は色々あって大変だったけど、最近は元気すぎてもうヘロヘロだよ。ミツオはどう? ノゾミちゃんと上手くやってる?」

「どうかな。ノゾミはしっかりしてて何でも一人でできるから、上手くやるとかそんなんじゃないよ」

「何でもって、ご飯とかもノゾミちゃんが作ってるの?」

「最近はラーメンとか冷食ばっかりかな」

「ラーメンってカップラーメン?」

「うん」

「レイショクって何?」

「冷凍食品。グラタンとかスパゲッティとか」

「そんなのばっかり食べさせてるの?」

「そんなのって、冷食の美味しさ知らないな? レンジで温めるだけでファミレスとかで食べるのと変わらない味が」

「アホタレーッ!」

 リサの放ったチョップがミツオの脳天に突き刺さった。ミツオはコトワリ能力を発現していたので蚊がとまった程度にしか感じず、リサのほうが痛そうにチョップした手をさすっていた。

「な、なんだよ」

「訓練中止! 来て!」

 ミツオはリサに腕をとられ、無理やり立たされた。リサが治安維持部隊の教官に、今日の訓練は休む事を伝え、ミツオはリサにグラウンドの外へ連れ出された。校門を出たところで、リサはミツオの背中に飛び乗り、ミツオの首に腕を回してしがみついた。

「ミツオんち行くよ! 料理の訓練!」

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