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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 3 タンポポの綿毛
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怒り



  十一月四日



 シートベルトを締め、バックミラーとサイドミラーの角度を調整する。ブレーキペダルを踏みながらエンジンをかけ、計器をチェックして異常が無いか確認する。サイドブレーキを外し、パーキングレンジからドライブレンジへと切り替えて車を発進させる。

 車の教習所に通い始めて七日目、ミツオは昨日と同じように教習所内のコースを走り始めた。

「そんじゃあ今日は坂道の練習でもやるかー! あ、その前に外周とカーブコース三セットはいつも通りな」

 助手席には教官の新井君が座っている。新井君はシートを軽く倒して足を組み、ミツオに指示を出した。

「坂道って何するの?」

「上り坂の途中で車を停めた時に、車をバックさせずに発進させる練習。あと、シフトレバーを使って燃費良く坂を下る練習。普段そんなに使わんだろうけど、まあ基本ってヤツだ」

 教習所内のコースには、ミツオを含めて三台しか車が走っておらず、広い敷地を悠々と走る事ができた。

「路上練習はまだ?」

「ミッちゃん、まだバックもできないだろー。調子に乗んなよ。調子に乗り始めた時が一番事故する確率が高いんだからな」

 ジャケットの内ポケットに入れていた携帯電話が震えた。ミツオは右手でハンドルを握りながら、左手で携帯電話を取り出して電話に出た。

「教官の横で電話しながら運転たあ、いい度胸だな」

『坪井です。兵器を運んでいた輸送車が襲われました。ライフルや地雷を奪った車両が、国道607号線を賀矢根方面へ向かって南下中。現在は、宝緋公園駅前を通過した辺りです』

「了解。行くよ」

 ミツオは車のドアポケットに携帯電話を放り投げ、外周コースから外れて、路上に通じる道へと車を走らせた。

「何する気だ?」

「兵器を持った連中が車で逃走中。この車で追う」

「コトワリ能力発現させて追ったほうが速いんじゃないのか?」

「今、全身が筋肉痛で辛いから体力温存したい」

「だったらオレが運転する。車停めろ」

「そんな暇ない。このまま追う」

「ちょっ!」

 ミツオはアクセルを踏み込み、教習所の敷地から一般道へと躍り出た。速度を上げながらカーブを曲がり、アクセル全開で賀矢根方面へ向かって車を走らせる。

 新井君がカバンからタオルを取り出し、鼻から下を隠すように顔に巻いた。頭にもタオルを巻いているので、もう目元しか見えない。

「何それ?」

「今度、五條共同体に潜入する予定なんだ。追ってるのが共同体だったら顔バレしちゃうだろ」

 賀矢根市を中心に活動している宗教団体、五條共同体。日増しに勢力を拡大していて、その勢いは賀矢根自治体を呑み込みそうな程らしい。

 車の免許を持っている人間があまりいないせいか、路上にはほとんど車が見当たらず、伸び伸びと運転する事ができた。

「国道607号線って、この道で良かったっけ?」

「次の交差点左! もっとスピード落とせ! ヤバいと思ったら、こっちでブレーキ踏むからな!」

 教習車には、助手席にもブレーキペダルが付いている。新井君はドアの上の手すりを掴み、ショックに備えている。

「心配性だなあ」

「ミッちゃん、なんかキャラ変わってないか? こんなムチャする奴だったっけ?」

「どうだろう」

「ミッちゃんがここに来始めた時から思ってたんだけど、生き急いでるっていうか、自暴自棄っていうか、アレか? 立ち止まりってヤツか?」

「いた」

 宝緋市と賀矢根市を結ぶ宝緋大橋に差し掛かったところで、ミツオは前方を走るグレーのライトバンを見つけて、車の速度を更に上げた。シートベルトを外し、ジャケットの内ポケットに入っているコトワリ塩を飲む。

 スピードを上げて、ジリジリと距離を詰めていく。車体ひとつ分くらいの距離まで近づいた時、ライトバンのバックドアが開いて、緑色の看板のようなものが見えた。

「うそっ!」

 思わずミツオは声をあげた。指向性の対車両地雷だ。角度をつけて、殺傷面が教習車に向けられている。ミツオは新井君のシートベルトを外して首根っこを掴み、運転席側のドアを蹴飛ばして車外へ飛び出た。外に出る時に新井君の体が車内のどこかに当たったようで、新井君が何か叫び声をあげた。ラッコのように新井君を体の前で抱え、背中からアスファルトの地面に着地する。摩擦でジャケットがズタボロに千切れ、背中に焼けるような痛みが走った。

 一瞬、雷のような閃光が視界を覆い、轟音が鳴り響いた。爆風が体を揺する。灰色の煙に包まれて視界が消える。直径一センチメートルくらいの金属球を大量に打ち込まれた教習車は、穴だらけになっているだろう。轟音による耳鳴りでバランスを崩しながら、煙が薄くなるところまで進むと、バックドアから煙を立ち昇らせてライトバンが走り去っていくのが見えた。

「殺そうとしたな……!」

 もしミツオがコトワリ能力を発現させていなかったら、ミツオと新井君は死んでいただろう。

 腹の底から震えるような怒りが湧きあがる。ミツオは新井君を地面に横たわらせ、走り去っていくライトバンを全速力で追いかけた。



「いやー、恐ろしい体験だった」

 奪ったライトバンを新井君が運転している。ミツオは助手席に座り、乗っていた二人の男達には、後ろ手に手錠をかけて兵器と共に後部スペースに転がしている。片方はアゴが外れ、もう片方は蹲って呻き声をあげている。

「なんであの緑色のが爆弾ってわかったんだ?」

「映画で見た事があったんだよ」

 母さんを爆弾テロで殺されてから、ミツオは爆弾の知識を漁るようになった。書籍、インターネット情報、映画、ドキュメンタリー、片っ端から情報を詰め込んだ。実際にドライアイス爆弾を作ったり、過酸化アセトンで作った液体爆弾を竹藪で爆発させたりした。

 爆弾テロの事を忘れようとしても、爆弾でふき飛ばされたコンサート会場の情景がフラッシュバックしてきて、悪夢から逃れる事ができなかった。爆弾に対する恐怖に対抗するには逃げるのではなく、こちらから近づいていって潰していくしかなかった。

 一通り爆弾の知識を詰め込んだ後に残ったのは、怒りだった。強者から弱者へ行使される理不尽な暴力に対する怒り。その怒りの火は、今もミツオの核の部分で燻り、消える事は無い。

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