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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 2 サマータイム
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立ち止まり

 ノゾミの髪の毛が淡いピンク色に染まり、線香花火のようなか弱い火花がパチパチと頭から弾け出ている。瞳は黄金色に輝き、もともと色白だった肌は漂白したように白くなっている。床に膝をついているノゾミの眼前では、長髪の男子中学生が布団の上に胡坐をかいてうなだれていた。

 茶髪の男子中学生が長髪の男子中学生の隣にやってきて、長髪の頭とアゴを掴み、伏せられていた顔を上げた。長髪男子は虚ろな目で口を半開きに開き、頬には涙の跡が残っていた。緩やかな呼吸に合わせて肩が微かに上下している。植物人間のようだとミツオは思った。

 長髪男子の目線の先に自分の目が来るように、ノゾミは上半身を乗り出した。目が合い、ノゾミが拳をキュッと握り締めてほんの少し肩を上げた瞬間、ビクッと電気ショックを与えられたかのように長髪男子の体が跳ねた。意識を失った長髪男子は崩れ落ち、前のめりに倒れそうになる体を茶髪男子が支えた。

 ノゾミのチャンネル能力、インプリンティング。

 目が合った相手を昏睡させ、意識が戻るとノゾミの事を崇拝するようになっている。効果には個人差があり、全く効き目の無い人もいれば、徐々に効果が表れてくる人、即効でノゾミを神のように崇めだす人もいる。効果は今のところ永続的と思われていて、少なくとも一ヶ月前にインプリンティングをかけられた人の効果が切れたという報告はない。

 世界中の満十五歳以上の人間が塩になった事象、通称デイ・オブ・ザ・ソルト。親や兄弟を亡くしたショックで精神が衰弱し、廃人のようになっている人間が全国に溢れているらしい。全く食事を摂らず寝たきりの状態になったり、発狂したり自殺を図ったりする人が増えているそうだ。

 そういった精神衰弱者にインプリンティングをかける事で、親兄弟の代わりにノゾミが心の支えとなり、廃人状態から立ち直らせる事ができる。洗脳だ、人権無視だ、との声もあったが、発狂したり自殺したりするよりは良いとの自治体判断で、ノゾミは毎日、小学校の体育館に集められた精神衰弱者に対してインプリンティングをかけている。様々な問題が溢れかえっている中、精神衰弱者に人手を割く余裕なんて無い、というのが自治体の本音だろう。

 二ヶ月前、燃え盛るマンションの中にいた耳の聞こえない少女、青山ノゾミ。ミツオは今、保護者としてノゾミと一緒に暮らしている。

「ノゾミちゃんのストーカーにならないよう、注意してね」

 インプリンティングの様子を傍らで観察していた精神衰弱者対策委員長の高橋さんが、ノートに何か書き込みながら茶髪男子に声をかけた。仔犬のような優しい目をしている高橋さん。白衣がよく似合っている。茶髪男子は高橋さんに頭を下げ、長髪男子を布団に横たわらせた。

 体育館の一角に九組の布団が並べられ、七組の布団でインプリンティングをかけられた人達が眠っている。残りの布団の上では、インプリンティング待ちの男子二人が胡坐をかいている。男女の割合は男七人、女二人で男が多い。

「さっきの髪が長い子、演劇部の後輩なの」

 インプリンティング待ちの男のもとへ向かうノゾミの後を歩いていると、高橋さんに話しかけられた。

「二日前から立ち止まりだしたみたい。笑いながら涙を流し始めたんだって。明るくて元気な子だったんだけどな」

 精神衰弱者は『立ち止まり』と呼ばれている。

 デイ・オブ・ザ・ソルトから二ヶ月経って、少しずつだが世の中が安定してきた。目の前の問題を片付ける事に必死で悩む暇なんて無かった人が、心に余裕ができてきた途端、今まで隠れていた不安や孤独に押し潰されて立ち止まってしまう。

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