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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 2 サマータイム
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宝緋自治体



 九月二十八日



『逃走中の車両は妥印通りを野多嘉方面へ向かって南下中。これからJA妥印前の交差点を右に曲がって国道に入っていくと思われます』

「車のナンバーわかる?」

 ミツオは肩と耳の間に携帯電話を挟み、コンビニの駐輪場に自転車を停めた。ポケットからコトワリ塩が入ったふりかけボトルを取り出し、手の平に数回振って、出てきた塩を舐める。

『すみません、ナンバーは分からないけど、とにかくシールが付いてない白い軽トラックです』

「了解。捕まえたら連絡するよ」

 全身に力が漲っていくのを感じながら、ミツオはコンビニ前の道路へ向かって走り、アスファルトを蹴ってガードレールを跳び越えた。ガードレールの下は崖になっていて、ミツオの眼下に小さな公園が見えた。ミツオはブランコの支柱の上に着地し、左斜め前方に見える電柱の上に跳び移った。風を受けてジャケットがバサバサとたなびく。ミツオはTシャツの上に、自治体から支給されたジャケットを羽織っていた。薄緑色のジャケットの肩と胸の部分には、軍服に付けるようなワッペンが取り付けられていて、上腕には『宝緋治安維持部隊』と書かれた腕章が留められている。

 宝緋市内の小、中学生の多くが集まって結成された宝緋自治体。

 現在も日本国内全ての地域で日本国憲法が適用されているが、憲法だけでは、全世界から大人が消える、という非常事態に対応できない。そこで、全国各地で結成された自治体はそれぞれの地域性に即した特別条例を制定し、それを憲法に優先させる形で施行していた。『スーパーの食料品や日用品等の所有権は、所在する市の自治体が持つものとする』等の自分達に都合の良い条例を作っているだけなので、自治体に参入していない人の反発は大きい。

 宝緋と野多嘉を結ぶ国道へ向かい、電柱から電柱へと跳び続ける。四車線の国道が見え、宝緋方面から猛スピードで走ってくる白い軽トラックを発見した。

 ミツオは力を込めて電柱を蹴り、国道へ向かって跳んだ。軽く背中を押す追い風に乗って、鳥のように空を舞う。髪の毛から出る火花が、ミツオの視界の端を掠めるように流れていく。風に押され、着地予定地点を少し越えた宝緋方面行きの車線に着地する。ミツオは野多嘉方面行きの車線に移動し、向かってくる軽トラックを待ち構えた。

 軽トラックは、走行中の車線上に立つミツオの姿が見えているはずなのに、全くスピードを落とさない。ミツオは微動だにせず、車線のど真ん中に立ち続けた。

 軽トラックが急ブレーキをかけ、キュリキュリとタイヤをアスファルトに擦らせながら滑ってきた。トラックはミツオの鼻先一メートル辺りで停止した。軽トラのエンジンが切れて両サイドのドアが開いた瞬間、ミツオは間合いを取るために後方へ跳んで身構えた。

 トラックの運転席側と助手席側からそれぞれ、髪の色が薄緑色と紺色の男が降りてきた。二人とも黒いスーツを着ている。野多嘉市を中心に活動している愚連隊、ショウタロウ・ファミリーの連中だ。

 緑髪は二階、紺髪は三階能力者といったところか。

 コトワリ能力の強さは、髪や肌の色の変化、髪の毛から出る火花の大きさ等で見当をつける事ができる。日本では、垂直跳びでどのくらいの高さまで行けるかをコトワリ能力レベルの判断基準にしていた。中学校の校舎二階まで届かないのが一階能力者で全体の50%くらい。二階まで行けるのが二階能力者で30%、三階が三階能力者で19%、それ以上はまとめて屋上能力者と呼ばれ、1%の割合と言われている。

「その車……」

 ミツオの言葉を遮るように、二人はタイミングを合わせて、同時にミツオへ跳びかかってきた。ミツオは反射的に緑髪へ向かって跳んだ。ミツオの目には、二人の動きがまるでスローモーションのように見える。自分が二人とは別の時間軸にいると感じる。緑髪の懐に潜り込み、すぐさま紺髪に向かって横っ飛びに跳躍する。跳躍と同時に、軽く握った右拳を緑髪のアゴ先に打ち込む。ミツオは打ち込んだ右拳を返す手で、跳躍先の紺髪のアゴ先目がけて右拳を横薙ぎに振り払った。地面に足を着けると、跳躍の勢いでミリタリーブーツの靴裏がアスファルトと擦れ合って焦げた。

 アゴ先を打たれ、てこの原理で脳を揺さぶられて意識が飛んだ二人は、糸の切れた操り人形のように倒れた。ミツオは屋上能力者だ。

 ミツオは軽トラックの荷台にかけられていたブルーシートをめくった。中には、魚や果物の缶詰が詰まったダンボール箱がギッシリ積まれていた。ポケットから携帯電話を取り出し、電話をかける。ワンコールで電話は繋がった。

『坪井です』

 ミツオは、トラックを止めて搭乗者二人を倒した事を伝えた。

『わかりました。五十嵐さん車の免許持ってましたっけ?』

「持ってない」

 湿気でくたびれたダンボールから、少しカビくさい臭いが漂ってきた。

『それじゃ、トラックと犯罪者二人はその場に捨て置いてください。別部隊を向かわせます。勤務時間外なのにありがとうございました』

 ミツオは携帯電話をしまって、ブルーシートをかけ直した。

 電柱の頂点に向かって跳び上がる。ミツオは来た道を辿るように、コンビニへ向かって電柱から電柱へと飛び移っていった。跳ぶ度に電柱が少し軋み、微かに電線が揺れた。

 コンビニに着くと、ミツオは停めていた自分の自転車に跨って宝緋小学校へ向かいこぎだした。コトワリ能力発現中なので自転車を担いで走ったほうが速く移動できるが、筋肉痛が恐いので自転車をこいだ。

 マンション火災の翌日は本当に辛かったとミツオは思いおこす。コトワリ能力が解けた直後の体の痛みもきつかったが、その晩寝て翌朝起きた時の地獄のような苦しみは、もう二度と味わいたくない。全身が金縛りにあったように硬直して、筋肉がジクジクと腐り溶けていくように痛み、指先を少し動かしただけでその部分に雷が落ちたのかと思うような激痛が走った。定期的にコトワリ塩を飲んで耐性が出来てきたせいか、最近は筋肉痛が緩くなってきている。が、身体に負担をかけないに越した事はない。

 ゆるやかな坂道を下っていた時、坂下から大型トラックが走ってきた。フロントガラスの助手席側に、宝緋自治体運転許可証と書かれたシールが貼られている。すれ違う時にトラックの側面を見ると、普通乗用車二台分くらいのコンテナを荷台に載せているのが見えた。野菜や米等の食料を運んでいるのだろうか。

「すごいな……」

 ミツオは、同年代でこんな大きなトラックを運転しているドライバーに対して尊敬の念を抱いた。それと共に、羨望と苛立ちの混ざった感情がチクッと胸に刺さる。

 自治体で働き始めて最初の頃は、道路を塞いでいる車を空き地や駐車場等に運ぶ仕事をしていたが、最近は条例違反者を取り締まる仕事が増えている。生産性を感じられない仕事をしていると、食料運搬等のダイレクトに世の中の役に立つ仕事をしている人が羨ましくなる。

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