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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私、悪霊だって言ってるでしょ!

私、悪霊だって言ってるでしょ! 悪人ほど縁起深い

作者: 闇野晶




 「守り神様。今日も貴方様のお蔭でこの世界は平和です。これからも平和でありますように」


 今日も私の社の前にはこの男がいた。この数年、殆ど毎日、欠かさず私の社にお供え物を持ってきては手を合わせて帰っていく。どうやら、大きな商会のオーナーらしく、持って来るお供え物も質の良い物ばかりだ。私に捧げられた物だし、遠慮なくそれは頂いている。ただし、私は何もしてやらないがな。ふははははっ。

 ……はぁ、虚しい。


 私が不本意にも『守り神』扱いを受けているのは、理由があった。

 私は死後、直ぐにこの世界に復讐することに決めた。『勇者』として私を召喚しておきながら、用が済んだら直ぐに私を潰しに来た屑どもを許せなかったからだ。しかし、いかに元勇者で強力な憎悪の念を持っていたとしても、現実に影響を与える程の力を振るうことは霊体となったこの身では難しかった。


 なので、まずは、私を召喚し、理不尽にも戦わせた挙句に裏切った国王やその取り巻きを呪い殺した。……正直、あまりスカッとはしなかった。むしろ、中年の親父がブルブル震えながら、ぐちゃぐちゃになっていく

を見て、気分が悪くなったぐらいだ。しかもだ、とっても、不本意な事だが、それが原因で私は『守り神』扱いを受けたのだ。


 この当たりの事情は複雑だ。当時、あの国王達は魔王を倒す為といって、随分民衆から搾取していたらしい。けれども、民衆は魔王が倒れるまでの間だからと我慢した。そして、実際『勇者わたし』が魔王を倒した。民衆は歓喜した。これでようやく平和に暮らせると。しかし、そうはならなかった。

 贅沢に身を任せていた王族達は、今更それを止める事は出来ず、むしろ「魔王が倒れたのだから、今までよりも生活が楽になっただろう」と言って、むしろ税を増やし、民衆の暮らしは益々苦しくなった。

 これには民衆も堪忍袋の緒が切れた。各地で一斉に蜂起し、国は大混乱に陥った。しかし、やはり、王族の権力は強く、徐々に民衆の率いた革命軍は鎮圧されてきた。


 しかし、丁度その時、私が王族達を呪い殺した。それだけではない。王が倒れた後、指揮を一時的に代わった王族の取り巻き達も、奴らの仲間だということで呪い殺した。そんな事が繰り返す中で、王に組する者は死ぬという噂が流れ、王族側は士気が落ち、あっと言う間に革命軍に城を落とされたのだ。


 そして、その不思議な現象は、魔王を倒し世界を救った『勇者』という偶像が行ったのだろうという話になった。曰く、異世界より現れ人々の為に戦った勇者が、民衆の苦しみを知って救いを授けたのだと。


 勿論、実際は違う。力が足りなかったせいで出来なかったが、本当はこの国の生き物全員を呪い殺したいと考えていたし、そもそも、そんな革命軍の何人かは『勇者わたし』を捕らえようと襲ってきた奴らだ。王族が私と『勇者』を切り分けて発表したせいだとは分かっているが、だからと言ってそんな奴らを助けるつもりなど無い。


 つまりは、完全に偶然と誤解の産物で、私はこの国を救った『守り神』扱いをされるようになったのだ。腹立たしい事に、『守り神』としての信仰が強くなると、私の悪霊としての強さは落ちるようで、この世界への復讐を考える私にとってはそんな信仰は邪魔なものでしかない。


 だというのに、『守り神わたし』に祈りを捧げる者は後を絶たない。しかし、それでも長い年月を掛けて私の存在も忘れ去られ始めた。代わりに私の憎悪の感情は強くなるばかり、お蔭で最近は失う力より、得る力が強く、一人位なら呪い殺すことが出来るくらいには取り戻した。

 ……そうだ! いい事を思いついた。


 去っていく男の姿を見送り、私はほの暗い笑みを浮かべた(実体は無いので、あくまで意識上のことだが)。







 近頃、街中では一つの話題で持ちきりだった。ある商会のオーナーが商談中に突然胸を抑え苦しみ出したと思うと、そのまま倒れて動かなくなった。当然、商談していた相手は慌てて病院へと送るが原因も分からず、散々に苦しみながら死んでしまったらしい。しかし、どうして死亡したのか全く分からなかったらしい。外傷は無く、見てみると身体も健康体でどうして死んだのか全く分からない。流石に気味の悪いと、医師も困惑した。


 しかし、これだけではそれほど話題に上がるほどのものではない。案外にこの世界では奇妙なことが起こるものだ。話しには続きがあった。


 不審な死に方に、警察はまず商談相手を徹底的に調べた。しかし、何も出てこなかった。しかし、事件性があるかもしれないと、そこで捜査を止めたりはせず、今度は死んだ男の部屋や商会を調べた。

 

 結局、死亡した理由は分からなかった。しかし、それ以上に驚くべきことが分かったのだ。


 彼の家は一見すると普通の家だが、よく調べていると地下に続く扉が隠されていた。不審に思った警察らが調べてみると、地下には驚くべき光景が広がっていた。そこには鎖に繋がれた少年少女、約12人程が虚ろな表情で横たわっていた。誰も彼もが痩せぎすで十分な食事を得てないことは明らかだ。それに体中に傷がある。警察は、凄惨な光景に言葉を忘れたが、直ぐに自らの職務を思い出すと彼らの保護とこの地下牢の調査を急いだ。そして、分かったことは以下の通りである。




 この男は、表では真っ当な商売をしていたが、裏では非合法の商売にも手を染めていた。そして、その金を用いて裏の者を使い、街で年頃の少年少女を攫っては地下に閉じ込め、聞くもおぞましい行為に耽っていたのだと言う(その内容までは明かされていないので、民衆は好き勝手に自分の説を唱えている)。実際、保護された少年少女らも行方不明だと数ヶ月前から騒がれていた者たちだ。


 彼らは心身ともに傷つき、しばらくは日常生活を送ることも難しいだろう。しかし、彼らを診た医師の話によると、あのような状況で生きていられたのが奇跡に近く、よく誰も死ぬことなく生き残れたのだと、溜め息を残していた。あと一歩でも遅れていれば死人が出ていたかもしれない。ならば、このタイミングで救われた彼らにはまだ救いが残っているのかもしれない。




 さて、初めは変死事件から始った一連の事件だが、裁かれるべき男は既に死んでいる為、裁くことが出来ない。しかし、一方で既に彼は裁かれていたのではないかと噂される。その根拠は彼が足繁く『勇者の社』に向っていた事に起因する。


 彼は巨大な商会のオーナーだけあって、非情に多忙であったにも関わらず、その社に幾度と無く足を運んでは「これからも平和でありますように」と言っていたという。この『平和』という言葉は一見して優しさを示しているようだが、その実体は別だ。彼は恐らく「私の悪事がばれずに『平和』でありますように」と言いたかったのではないか。いかにも悪人の言いそうな言葉である。


 彼は自身の行いを悪だと理解する位の精神は残っていたようだ。だからこそ、神に縋り、救いを求めたのだろう。悪人の方が縁起深いという話を聞くが、愚かな事だ。本当に神がいるのなら、悪を行う者を救う筈が無いと気付きそうなものだが、それが出来ないのが狂人たる所以なのかもしれない。

 そして実際、彼の願いは叶わなかった。彼は死に、その悪事は世に知れ渡った。それは『守り神』が彼の悪事を許さなかったからでは無いかと思われる。




 実際、彼は健康体で、突然死するような状況になかったのだ。それに、彼が攫った被害者の少年少女。彼らも、この事件が無ければ見つかる事無く、あの場所で朽ちていただろう。であれば、こうは考えられないだろうか?


 この社の神は、彼の悪事を知り被害者の現状を哀れに思い、彼らを救う為に一計を案じた。それは彼の悪事を表にし、彼らを保護すればそれは行える。しかし、彼がどれだけの悪を行ったとしても、この国では死刑は存在せず、また、罪は金銭によって償うことが出来る。彼ほどの大商人であれば、刑務所を出るのは難しくはないだろう。そして、何食わぬ顔をして次の獲物を探すのだ。


 だからこそ、あの社の神は我々の手に任せず、その力で持って彼に裁きと、被害者に対し救いをもたらしたのではないか? 彼の最後は眼球が飛び出す程の苦しみを何時間も続けた上での死だったという。それを知れば、被害者の者たちも少しは救われるかもしれない。




 彼の社の神は公正だ。例え、自らに貢物を捧げる者であってもそれが悪に手を染める者ならば容赦せず、しかし、一方で弱者には自らの信者に関わらず手を差し伸べる。そうした公正かつ正義の心を持つ神は他にはいない。


 今、街では彼の神を正式に街の『守り神』として受け入れる用意をしている。彼の神は確かに酷い死を与えたが、それは彼が悪だったからだ。これまで腐敗した上位貴族や富裕層の連中は悪をしても、偉大なる神々が信者を守る為、その悪は見逃されていた。けれど、この神はそうしたことをしない。悪をせず、実直に生きればきっと彼の神は理不尽な悪から我らを守ってくれる。






 街が騒がしいのが分かる。私が呪い殺したあの男の噂が広まっているのだろう。


 「ふっふっふ。あの男が私の元で祈り続けたのは有名な話。なのに、あのような酷い死に方をしたのなら、私は『守り神』ではなく怨霊、もしくは悪霊の一種だとようやく民衆も気付くでしょう? でも、そう思ったが最後、私の悪霊としての力を高め、この国、世界を呪う力を手に入れるのよ。くくっ、皮肉にも私に対する恐れが彼らを死に導くのね。あぁ、楽しみだわ!!」


 私は心躍らせながら、その日が来るのを待ちわびる。あぁ、もう少しで、この世界に復讐できる。


 ほの暗い気持ちを抱きながら、私は何年もここで待ち続け、ようやく状況を理解した。




 「私、悪霊だって言ってるでしょ!」


 そんな私の声は、残念ながら誰にも届かない。





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