少女の名
【みやこわすれ(キク科)】
花言葉――しばしのなぐさめ Short-lived consolation
「この花を見ると、遠い都のことも忘れられるようだ」
「ああ、う…あう……ああああああ!!」
峰岸を覆う髑髏。それは次第に峰岸の中に這入っていくようだった。
「まずいわねぇ。こんなのは食べきれないじゃない」
少女は、ブルブルと震える峰岸に近づき、懐から取り出した一枚の札を彼の額に張り付けた。
「うぐっ!?」
もはや白目であわを吹いている峰岸。その視線は鋭く少女に注がれていた。動けないからだで必死に少女につかみかかろうともがく。
「この洋館にいるせいで、恨みが裏の世界で具現化してしまったのよね。本来ならば、こうして狂気に落ちることはなかった。まあ、表に出ないだけで、確かに彼の中にコレはいたのだけど。私なら少しだけ抑えれるかもしれないわ」
「お、抑えられるのか!?」
「ええ、まあそうね。ただし、本来なら私が報酬を払って頂く恨みだけれど、これに関しては私がお代を貰わないと割に合わないわね。そうね、ごみを回収させるのにお代をいただくのと同じよ」
少女はにかっとはにかむ。その喜色を帯びた表情から察するに、彼女が求める報酬がいかに高いのかを知らせてくれた。
「これは結構な大仕事よ? お代は……そうね。ここで働きなさい。外に出れない私の代わりに、私の好物――恨みを持ってくる仕事よ。自由なあなたには都合がよいでしょう?」
その間にも峰岸は呻いている。顔は青ざめ、白かった眼は充血して真赤に染まっている。このままでは危険だ。
迷うことなんてできなかった。
「わかった。俺はここで働こう」
「契約完了ね。さて、今後の食料の目途もついたし、いっちょう片づけてしまいましょう」
そういって少女は、峰岸にとりつく髑髏に手を伸ばす。骨でできたそれを掴み、あろうことか口に運び、喰った。ゴリゴリとかみ砕き、また次の骨に手を伸ばす。異様な光景だった。
しばらくして、髑髏のしゃれこうべだけになったとき、少女はその手を止めた。
「ふう、もうこれ以上は喰い切れないわ。でも仕方ないわね。これは彼が恨んだからいけないんだもの。その業を背負っていきなさい」
少女が食いきれなかった残りかすは、峰岸の身体の中におさまり、その黒黒しい靄は消え失せた。峰岸は、気絶して倒れていた。
「終わったのか?」
「いや、さっきも言った通り、完全には喰いきれてないよ。でもしばらくは、なにも起きないでしょう。あとはその子次第よ。さ、いつまでも残りかすに用はないわ。その子連れて帰って頂戴」
「ありがとう……えーっと…」
「美怨。私の名よ」
「……ありがとう美怨。この恩は忘れない」
「当然よ。あなたは今日から私の小間使いなんだから」
俺は、峰岸を抱きかかえ帰路に着いた。バイト先で目覚めた彼は、洋館に立ち入ったことも忘れており、寝てしまっていたことを深く謝っていた。そうして彼は帰った。
そしてその1週間後、峰岸はうちのバイトをやめた。理由は聞いていない。
代わりに雇った子が仕事が慣れてくるころには、俺もあいつのことを忘れるようになった。
その間に、美怨に頼まれていろいろ仕事をしていたが、それについては今度話すことにしよう。
プロローグが終わりました。
ここから、森山源五郎と美怨とのお話が始まります。