お悩み相談
牛は一日に180リットルもよだれを出すんだよ。
「な、なんだよこれ!」
水銀のような液体はどろどろと俺の目の前まで這う。そしていきなり上に向かって伸びたかと思うと、にゅるにゅるとその姿を変えた。やがてそれは人に似た何かへと姿を変えた。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
銀色の泥人形のようなソレは恭しく少女に礼をする。
「お呼びよ。この人ったら、恨みがないっていうんだもの。だから、ベルダン、あなたが直接読み取って頂戴」
「かしこまりました」
ベルダンと呼ばれた銀の泥人形は俺に近づく。俺はさきほどからなぜか体が動かない。一体何だっていうんだ!
ベルダンはその形状がぐにゃぐにゃした腕で俺の頭を掴む。
「むむむー」
その状態でうめき声をあげながら、何かをしているようだ。俺は掴まれてる圧迫感以外は何も感じない。
「おい、何をやってるんだ!」
「静かになさいよぉ。ベルダンがあなたの恨みを見てるのよ?」
少女に諫められ黙る。身体が動かないのだから、結局はどうしようもなかった。
「ご主人様ー。この人、ほんとに恨みないみたいですよ」
何か終わったのか、ベルダンは俺の頭から手を引く。そして少女のすぐそばまで近寄った。
「ないことないでしょー。人間だれしも恨みがあるものよ? それに恨みがあるからこの館まで来たんじゃないの。ここはそういう場所なのよぉ?」
「ですがご主人様。この人、本当に何もないです。まるで何もしてこなかったというか。いえ、ちょっとした恨みなら各方面から来てるんですが、この人自身が恨みを抱いてないせいで、誰からも恨みが帰ってきてないんです」
「へえ。そんなことあるんだぁ」
彼らが一体何を話しているのか理解できない。そもそもベルダンという化け物は一体なんなんだ。小瓶から出てきてしゃべったりして。そしてそれを見て平然としているこの少女もおかしい。俺は夢でも見ているのか?
「でもまあ、ここに来たんなら仕方ないしー。一応やれるだけはしないよねー。神様に怒られちゃうし」
「相談だけでもしてみるといいでそうな」
少女は何かを決めたあと、部屋の隅にあった椅子と机を引っ張ってきた。そして自身が先ほどまで座っていた椅子も引きずって2対1の面談のような形にした。
「ささ、座ってどうぞ。ベルダン。お茶くらい出しなさいよ」
「かしこまりました」
俺は体が動かせるようになっていた。よし、今ならここから出られるのではないか。
「あーこの部屋からは抜けれないよ。結界みたいなの張ってるしぃ。まあまあ怪しいことはしないし、すわりなって」
「そ、そうか」
俺は渋々座る。ちょうど目の前に少女が来る形になった。
「んー、最近、悩みとかないの?」
「悩み? なんで急に」
「だってあなたが恨みが無いっていうから―。私はねー、とある事情で、人々から恨みを買っている仕事をしているの。たとえば、恨まれてるなら、その恨みを私に向けさせるとかー。恨んでいるならその恨みを私が食べるの。もちろんお金は出すわ。恨みって人類を破滅させる感情だからねー。こうして少しずつでも減らさないといけないのよー」
「はあ、大変だなお前も。ってか恨みを食べるってどういうことだ」
「ほんとよぉ。私は恨みを買って食べる。そうして生きながらえてるのよお。だから恨みがないと、私死んじゃうの」
まあ、すぐには死なないから安心してねぇ。と彼女は告げる。俺は知らないうちにこの洋館に呼ばれたみたいだが、どうやらあまり歓迎されてないみたいだ。一体彼女たちは何者なんだろう。俺はこれから先どうなってしまうのだろう。
そんなことを思っているうちにベルダンがお茶を運んできた。
少女はそれを見計らうと、さらに身を乗り出した。
「さて、はじめましょ?」
……あんまりいい予感がしない。
ベルダンを触ってみたら、こんにゃくのような感触がした。