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 十二月二十三日、クリスマス・イヴ前夜。本日も朱莉、美玲の売り子ペアはしのぎを削りあったものの、午前中に朱莉は十個もの差をつけられ、そのまま美玲の勝利と終った。

 

 この十個の差は孤児院にケーキを送りたいという男がまとめ買いをした結果であり、苦笑いながらも心温まる結果を受け入れざるを得なかった。


「明日が勝負ね」と握りこぶしを作る朱莉は、美玲に笑いかける。美玲もそれに対し笑い返してきたが「そうだね、明日が最後だもんね」と、必死になっている朱莉とは裏腹の平静さで、勝負しているという気概が全く感じられない。


「っていうかぁ、美玲ちゃんって彼氏とかいないの?」そんなにかわいいのに、と言外につぎ足したくなるほど、サンタの衣装を着た彼女は可愛い。


「あー朱莉ちゃん、それ訊いちゃうー?」とおどけて眉をしかめた表情はさらにキュートである。


「あっはは、あたしも明日の予定はないんだけどねぇ」それもそうだと、納得しながら言ってみるものの、単に虚しい。別に可愛いからといって彼氏がいるわけではない、だから不細工だからといって彼氏がいない、という公式も当てはまらないだろう。


(そういうことだよね?)と朱莉は背後にむかって無意識に語り掛けていた。


 化粧室で解いた髪を整える。隣にいる美玲は後ろで束ね上げていたバレッタを解くと、パラパラと綺麗なストレートヘアが肩に降り、驚くほど素直に美しい背筋に収まった。


 自分の傷んだ髪に気後れしつつ、視線を背後に移すと鞠が立っていた。


(女は気持ち次第で可愛くも美しくもなるものよ。俗物的な事考えてる暇があったらもっと女を磨きなさい)


「だって、彼氏とかできたことないし」


(作ろうとしなかっただけでしょ)


「ええ、そうなんだ? 朱莉ちゃんかわいいのに」


「だって、あいつらエロいことしか考えてないもん」


(相手のオーラ見なきゃいいのよ。男女は互いに結婚するまでは両眼で互いをしっかり見据えて、結婚してからは片目を瞑るくらいがちょうどいいって言うけど、朱莉ちゃんの場合は両目瞑ってダッシュしてもよし!)


「そんなことないと思うよ。中には誠実な人だって一杯いるし、話せばどういう人かってよくわかるよぉ」


「えー、そんな冒険できないよ。のめり込んだら最期、ずぶずぶに嵌められて抜け出せなくなるとかさぁ」


(だーいじょうぶよ、その代わり私が品定めしてあげてるから!)


「えー、朱莉ちゃんって見た目結構イケイケなのに奥手なんだぁ。意外だなぁ」


「あたしにだって選択権はあるでしょ」


(朱莉ちゃんに任せてたらいつまで経っても進展しないわねぇ)


「そんなこと言ってたら、いつまで経っても彼氏できないぞぉ」


 と、いじわるな顔を作った美玲に対し、洗面台に手をかけ、そのまま膝を折りがっくりうなだれる朱莉。


「え、あ? ごめん、そんなにショックだった? ごめん……」としきりに謝る美玲に対し、朱莉は右手を小さく挙げ「いや、大丈夫、ちょっと混乱してただけだから。想定外に綺麗に結論出て自分の不甲斐なさに、胸を長槍で貫かれた気分になっただけだから。ん、マジで大丈夫……」

 

「いやいやいや、めっちゃ傷ついてるよね? ごめんごめんごめん! あ、そーだ、この近くにいいカフェバーがあるんだ。お詫びにごちそうするよ!」美玲は取り繕うように腰をかがめて、両掌を合わせて眼前に差し出していた。


 深夜までやっているバーは、イヴイヴを祝す輩で盛り上がっていた。ここ近年は、クリスマスイブの前日をイヴイヴなどと称して、前々夜祭のように祝す風潮があるが、祭り本来の由来に頓着しない日本人らしい傾向だなとは思う。ここに居るのは明日が休日という者がほとんどだろう。もう完全に出来上がってしまっている集団もある。


 彼女がごちそうしなければいけない程、負い目があるわけではない。朱莉は断ろうとしたのだが、実は前から一度行ってみたい店だったのだが、一人で行くのは憚るので、付き合ってくれたら嬉しいとのこと。それじゃあ一杯だけと、ありがたく申し出を受けることにした。


 カフェバーのマスターは、四十ほどと見えるが、肌艶はよく男らしい精悍な顔つきにひげを蓄えており、文句なく男前だ。ふた昔前位の洋画ハードボイルドに出てきそうな風貌だ。そのせいだろうか、店は半地下にあり入口がやや奥まったあたり、イタリアンマフィアの秘密の隠れ家を思わせる佇まいに思える。実際マフィアがこういうアジトを持ってるかどうかなど、朱莉はそこまでギャング映画に造詣は深くない。


「ここのマスター、かっこいいじゃん」テーブル席に陣取って、朱莉は美玲に耳打ちする。


「店のセンスもいいし、あのマスターだから女性には割と人気店なの」その言葉通り、店内を見回してみれば女性客は多いように思える。ただ、カッコいいマスターが居たとしても、酒を飲んで醜態をさらしてしまえば何をかいわんやである。奥の席では声の大きい大阪弁の女がワインボトルを片手に盛り上がっている。


「ああはなりたくないよねぇ」くすっと笑い美玲の顔をのぞき込む。それに対し美玲は頬杖をつきながら「クリスマスってハッピーなことも多いけど、悲しいことはより際立つような気がするよね。一人のクリスマスって言葉がある自体いびつだと思うけど――意外と私たちも周りから見たら寂しい女が二人で飲んでる、って風に映ってるかも!」美玲は肩をすくめて笑う。


「たしかに」朱莉もつられて笑った。


 そこへ黄色と赤色の鮮やかなカクテルが運ばれてくる。


 朱莉が頼んだのはバレンシア。美玲はスプモーニ。いずれもフルーツの中にアクセントとして苦みが加わっており、それが甘すぎず、爽やかな飲み口を演出している、可愛くかつ、少し大人を思わせるカクテルである。


「来年から社会人かぁ……朱莉さんは?」


「え?」


「就職、決まってるんでしょ?」


「あ、や、まあ……まだなんだよね……」


 美玲の内定先を聞いてみれば、都内に本社を構える大手企業である。さすがというか当然というか、まあそんなもんだよね。妙に納得してしまう朱莉は、四年生になってからもほとんど就職活動というものをしてこなかった。それどころか卒業すら危ぶまれていたのだ。この温度差たるや。


 霊の世界を垣間見られる、霊感応力という特殊能力のせいで朱莉の人生に狂いが生じていることは確かだ。普通に周囲に居る同級生よりも見えている世界の広さが違う。ただその世界をいくら知ったとて、実生活にはなにも反映しないという、徒労感ばかりが募る青春時代を過ごしてきた。


 この目の前の美玲のように“普通”に、“普通の女の子”のように生きられたらどんなに良かっただろうか、と考える。


 この能力がなければと、何度思ったことだろうか。


 ここは薄暗くて、彼女の背後にいる守護霊がよく見える。おっさんが憑いてる。どこからどう見ても農家のおっさんだ。別に可愛いからといって美形の守護霊がつくわけではないのだ。それに、守護霊の容姿と資質に相関性はない。容姿は想像できる範囲で自在に変えられる霊だからこそ、外見で侮ってはいけないのだ。


 ぼんやり観察していると、危うく彼、彼女の守護霊と目が合いそうになり、慌てて目をそらす。視えてることを悟られて関わるのも嫌だし、美玲にも自分が霊感応力者だという事を知られたくはなかった。


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