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最大の難敵

 結局イバラさんも本調子まで回復していなかったということもあって、出発は翌日に持ち越しとなった。

「まあ一日待ったところで何とかなる気は全くしないけどな」

 なんてったってスライム一匹倒せなかったのだ。他のモンスターなんて言わずもがなである。

 ハハハ……と乾いた笑いを浮かべていると、真剣な顔をしたゼンと目が合った。

 ……うん。言いたいことは何となくわかっている。

「トキに剣は無理だ」

「え? そんなはっきり言っちゃう?」

 もうちょっとオブラート的なものに包むとかないかな?

「さっきの戦闘を見てたけど、才能がないとかいう以前の問題だ。自分で分かってるだろ?」

「……」

「攻撃する瞬間、躊躇っただろ? 魔王を倒すつもりなんだから、モンスターを倒すことにビビってんじゃねーよ。そんなんじゃすぐに死ぬぞ」

「う……わかってる。頭ではわかってる…………つもりなんだけど……」

 ここはゲームの世界で、やらなきゃやられるし、そもそも魔王を倒しに行こうとしているわけだし。

 それはわかってるんだけど。

 いくらゲームだと言い聞かせても、今の自分にとっては現実なのだ。斬ろうと思えばその感覚が伝わってくるし、相手は傷つく。自分でもなんてチキン野郎だと思う。

「大丈夫。次からちゃんとするから。このままじゃイバラさんにも迷惑がかかるしね」

 あまり大丈夫な気はしないが、何とかするしかないだろう。きっとまだ慣れないだけで、慣れれば何とかなるはずだ。

 そんなオレの内心などゼンにはバレバレなのだろう。呆れたようにため息をついた。

「トキは元の世界では戦う必要なんてなかったんだ。慣れないのは当たり前だろう。無理すんな」

オレはびっくりして思わずゼンを凝視してしまった。

そんな優しい言葉をかけられると思わなかったのだ。絶対馬鹿にされるか怒られるかと思ったのに。

オレの反応に気づいたゼンは思いっきり顔を顰めた。

「俺もそこまで冷徹じゃねーよ。ただし、このままでいいとは言わねーからな。怖いなら、せめて武器を変えろ。剣や拳は特にダイレクトに相手のダメージを感じるから、飛び道具にしろ。出来れば力の加減が効かない銃がいいな」

 ゼンの思わぬ優しさにうっかり泣きそうになってしまった。そんなにオレの事を考えてくれていたなんて……

 もうゼンの言う通りにしよう!!! と思ったんだけど……

「そうしたいのは山々なんだけど、オレ銃なんて使ったことないから多分使えない……」

「他の武器も使ったことねーだろ」

「いやまあそうなんだけど。なんか銃が一番難しそうだし、下手したら大惨事になりそうだし……」

「安心しろ。剣でもすでに大惨事だ」

 ……そうだった。

「不満がないなら新しい武器買いに行くぞ」

 とりあえず寝不足のイバラさんは家で寝かせておき、ゼンと再び武器屋へ向かった。


 買ったばかりの剣を恐らく買値の十分の一程度と思われる値段で泣く泣く売却して、初心者用の銃を買った。初めて持つそれはズシリと重く、剣を持った時より大変恐ろしかったが泣き言ばかり言ってられない。

 まあ使い方は教えてもらったし、試し打ちしてみたら思ったより簡単に撃つことが出来た。確かにゼンの言う通り剣よりいいかもしれない。前の世界でもゲーセンであの銃をバンバン撃つゲームよくやってたし。


 すっかり慣れ親しんでしまった我が家に帰ってくると、家の奥からすすり泣く声が聞こえてきたので慌てて寝室に向かった。するとそこには寝ていたはずのイバラさんがベットの上に起き上って、顔中から出るものをすべて出して泣いていた。

「うわ、ブサイク」

 後から部屋に入って来たゼンが、イバラさんを見て顔を顰めた。女の子に対してなんてことを言うんだこの男。

「そういう事言わない! イバラさん、どうしたの? どっか痛い? 大丈夫?」

 オレが近づくとイバラさんはようやくオレたちの存在に気づいたらしく、ものすごい勢いで抱きつかれた。というよりタックルされた。絶対今のでHP削れたと思う。

「ドギィィィィィ! お、置いで行がれたがと……!! わらわは役立だずじゃが、もっと頑張るがら、だがら! お願いじゃがら見捨でないでぐれぇぇぇ!!」

「イバラさん、落ち着いて! 置いてかないし見捨ててないから! ちょっと武器買いに行ってただけだから!」

「うわ、鼻水汚っ」

「ゼンうるさいよ!」

「ヴァァァァゴメンナザイィィィ」

「イバラさんじゃないから! 大丈夫だから!」

 カオスすぎる! お願いだから誰かオレの話を聞いて! 飴ちゃんあげるから!


 どうにかこうにかイバラさんを宥めたころには、精神的疲労でモンスターを殺せるか云々なんてどうでもよくなっていた。今ならオレ、なんだって出来る気がする。

「とりあえず、まずはファーストシティ目指さないか?」

「「は?」」

 いや、なんだって出来るとは思ったけども何でそうなる?

ゼンの突然の提案にはオレの優秀な脳みそでもついていけなかった。ってかイバラさん、復活してくれたのは嬉しいけど、は? が怖いです。オレは殺気が見えるなんて漫画みたいな能力持ってなかったはずなんだけど。

「お前らの戦闘を実際に見てわかったが、圧倒的に経験値不足だ。このままじゃ何百年経ってもサードシティにすら辿り着けないだろうな」

 くそっ、反撃したいのにぐうの音もでないとは正にこのことか! イバラさんの殺気がなくなったのは有難いけどもその抉るような精神攻撃はいらない!

「経験値を積むってことか? ならこの街の周りをウロウロしてりゃいいんじゃね?」

 そうだ、それが良い。だってファーストシティには奴がいる。あの恐ろしい怪物が……

「まあそれでも良いんだが、ただウロウロしててもつまんないじゃねーか。どうせなら目標決めようぜ? その方がイバラもやる気出るだろ。例えば元勇者討伐、とか」

 やっぱりかー!! お願いこっち向いてニヤニヤしないで! キラキラと希望に満ちた目で見つめないで!

「トキ! トキ! わらわもそれがいいと思うぞ! おぬしもたまには良いことを言うではないか」

「いつも、の間違いだろ? イバラもこう言ってるし、特に反対する理由もないと思うんだが」

 反対する理由、めちゃくちゃあるの知ってるよね!? そしてそれをオレが口に出来ないのも知ってるよね!?

「えーと、えーと、えー……えー!?」

「異論はないようだな。」

「かつてないほど頑張れる気がするぞ!」

「だってさ。良かったな、トキ」

 いや、良くねーよ。え? これほんとに行かなきゃいけない方向?

「じゃあ改めて目的地はファーストシティの元勇者のところにけってーい」

 あぁぁもう! なるようになれ!

「てかこれオレのパーティーだよね?」

 やっぱりオレはナビに掌で踊らされる運命なのかもしれない。

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