絶対的な森の主
一晩ゼンと話し合った結果、正攻法では勝てるかどうか際どいという結論に至ったため、少し卑怯な作戦をとらせてもらうことにした。だってオレが見ていたサイトでは、ダークフォレストの主は第一の挫折ポイントなんて書いてあったんだ。そりゃあ卑怯な手の一つや二つ使いたくなるよね。勇者らしくないとか言うなかれ。現実は結果が全てだ。
「ウチはどうすればええんですか?」
そう聞いてきたのは、今日生贄になる予定だった杜ノ井ヒカリちゃんだ。皆さんお察しの通り、勇者のパーティメンバー。どうやら現時点では決まってないようだけど、助けたら自分も力になります的な流れかな?ヒカリちゃんは綺麗な長めの金髪を横の高い位置で一つに括っている。言わずもがな美少女だ。
幼女系美少女のイバラさんと、清純系美少女のサホちゃん、元気系美少女のヒカリちゃんと、思わぬところでハーレムが完成してしまった。前世も含めこんなに美少女に囲まれたのは初めてで、そのうち罰が当たるかもしれないと変な動悸がしてきた。あ、けどそう言えば村人Aになったこと自体が罰みたいなもんじゃね? そう考えるとこれは神様からのお詫びなんだろうか?
オレがくだらないことを考えて百面相していると、ゼンに思いっきり頭をはたかれた。
「はっ! ごめんヒカリちゃん、ちょっと気になったことがあってつい考え込んじゃったみたい」
「? 何か深刻な問題なんですか?」
「いや、大したことじゃないから気にしないで! ほんとに!」
どうやら不安にさせてしまったみたいで、オレは慌てて誤魔化して今回の作戦の説明に移った。
作戦というのは至ってシンプルだ。
まず、生贄は籠に入れられダークフォレストの奥地にいる主に届けられる。その際に運び屋たちは旗を掲げて進むことで、主への使者ということを伝え森のモンスターに襲われないようにしているらしい。そのため、今回はオレとゼンが運び屋に混ざって籠を持ち、イバラさんとサホちゃんはヒカリちゃんと一緒に籠の中に隠れてもらうことで無駄な戦闘を回避することにした。レベル上げ? サホちゃんには必要ないよ?
次に、サードシティの道具屋全面協力のもと、オレがありったけの眠り薬やら能力ダウンやらの薬を駆使して奴を弱らせる。
同じく武器屋全面協力のもと、装備を強化したイバラさんに全力でサポート魔法を唱えてもらい、こちらの能力を底上げする。
最後にサホちゃんに頑張ってもらい主を倒す!
完璧な作戦だ。
そう、完璧な作戦のはずだったのだ。
「サホ!!」
イバラさんの焦った声を聞きながら、オレは主の攻撃を避けつつ、拳銃に眠り薬を込めてぶっ放した。その弾丸は辛うじて奴の頭に命中し、何とか眠らせることが出来たが、様子を見るに長くはもたないだろう。
主の元へたどり着くまでは作戦は上手く行っていた。聞いていた通り森のモンスターは襲ってこなかったし、道に迷うこともなかった。状況が変わったのは主の巣と呼ばれる場所へたどり着いた時だ。
ダークフォレストの主は大きな銀色の毛並みの山犬だった。
「主様、今年の捧げものを持って参りました」
毎年運び屋をやっているという男が恭しく主に向かって首を垂れたので、オレとゼンもそれに倣った。チャンスは奴が籠の中を確認する一瞬だ。焦ってはいけない。
不審に思われないよう、下を向いたまま主の動きを待ったが、それがいけなかった。オレたちは奴が不信感を持ってオレ達の事を見つめていたことに気づかなかった。
「今年は随分と余計なものを引き連れてきたなぁ?」
まずいと思った時にはもう遅かった。主は開いていた距離を一瞬で詰め、籠に向かって一直線に襲い掛かって来た。
「逃げろ!」
主の狙いは生贄となるはずだったヒカリちゃんだった。籠に向かって叫んだが間に合うはずもなかった。
「サホ!!」
籠の中から聞こえてきたのはイバラさんの声。どうやらサホちゃんがヒカリちゃんを庇ったらしい。
オレは慌てて隠し持っていた銃を取り出した。作戦用に眠り薬入りの弾丸を詰めたものだ。
背後から慎重に狙おうと思っていたのだが、流石主と言うだけあって、その僅かな金属音を聞きつけて素早くターゲットをこちらに移して襲い掛かって来た。
「ちょっ!! 待って待って待って!?」
オレは主の攻撃を避けつつ、拳銃に込めた眠り薬をぶっ放した。その弾丸は辛うじて奴の頭に命中し、何とか眠らせることが出来たが、様子を見るに長くはもたないだろう。僅かな刺激ですぐに目を覚ましそうだ。
「サホちゃん! 大丈夫!?」
オレは急いで籠に向かい、中の様子を窺った。
「トキ様。申し訳ありません。ヒカリ様は守ることが出来たのですが、利き腕をやられてしまって……」
顔色の悪いサホちゃんの横で、イバラさんが心配そうに寄り添っている。少し遅れて、ゼンが後ろから籠の中を覗き込んだ。
「運び屋の男は先に帰しといたぜ。……結構酷いな。命に別状はなさそうだが、まさかとは思うがその状態で戦おうなんて馬鹿なことは考えてないよな?」
まさかと思ってサホちゃんを見ると、懇願するようにこちらを窺っている。いやいやいやいや!
「ダメだよ!? ありえないでしょ! 腕、動かないんだよね!?」
サホちゃんの腕はありえないくらい腫れてるし、青を通り越して紫色をしている。恐らく折れていると思われるし、相当痛いはずだ。オレなんか見てるだけで痛い!
「けど、私がやらないと主を倒すことはできません! 利き手は使えませんが、もう片方は生きています!」
ちょっとこの子何言ってるの!?
「ダメだ。お前は今回戦うな。絶対安静。いいな?」
オレがプチパニックを起こしていると、ゼンが静かな声でピシャリと言い放った。怒鳴ったわけではないのに逆にゼンが怒っているのが伝わってきて、オレに言われているわけじゃないのにゾクリとした。
それにはさすがにサホちゃんも反論せずに俯いて、こくりと頷いた。……のはいいんだけど、少し顔が赤い気がするのはオレの気のせいだよな? 嬉しさが隠し切れないような顔をしてるなんて……いや、今はそんな場合じゃないよな。あまり深く考えない方がいい気がするし、考えるのをやめよう。
「しかし、どうする? サホは今回の作戦の要。わらわとトキでは……」
イバラさんの言葉に籠の中に重い沈黙が流れた。確かに状況は絶望的だ。勝てる気がしない。
不意に外から主の唸り声が聞こえて、オレとイバラさんとヒカリちゃんは思わず肩を跳ねさせた。
「……皆さん、ありがとうございました。ウチのことはもう気にせんで、あいつが寝てはるうちに帰ってください」
突然口を開いたと思ったら、ヒカリちゃんがそんなことを言い出した。驚いて顔を見ると気丈に微笑んでいるが、膝の上で握ったその手は震えている。
「元々そうなる運命だったわけですし、ウチがここに残ったら約束上あいつは街に手は出せません。それにこんな良くしてくださった皆さんがウチのせいで助からなかったら、そっちの方が辛いですし」
そう必死で訴えるヒカリちゃんに、サホちゃんとイバラさんは何か言わなければと口を開くが、反論できる言葉が見当たらず口を閉ざした。ゼンはオレの動きを待つようにじっとこちらを見つめている。
オレとイバラさんで奴を倒すのは不可能だろう。どんなに楽天的なオレでもそれくらいは分かる。
ではヒカリちゃんと一緒に逃げるのは? それもダメだ。それでは街が襲われてしまう。
主を説得する? 他に魅力的な交換条件を出せるか? いや、オレたちは提示できる交換条件なんて……?
説得……交渉……もしかして……
オレは一縷の望みをかけて、ヒカリちゃんにあることを確認した。
「え? はい、なんで知ってるんですか?」
「君のお父さんに聞いたんだよ」
ほんとは攻略サイトで見たんだけど、とりあえずまあいいだろう。
実際のゲームではこの手は使えないはずなんだが、ここまでイレギュラーなことが連発してるんだ。一か八かでやってみるしかないだろう。
「イバラさん、サホちゃんに使うはずだった強化魔法、全部ヒカリちゃんにお願い」
「わかった」
「え!? でもウチ出来るかどうか!」
「サホちゃん、オレにアイテムのサポートよろしく」
「任せてください」
「あんな強そうなの相手にしたことないですし!」
「ゼンも出来る範囲でサポートよろしく!」
「期待はすんなよ?」
「トキさん!!」
突然の展開について行けずいっぱいいっぱいなヒカリちゃんは、もう先ほどのような諦めた顔はしていなくてオレにはそれが嬉しかった。
「ヒカリちゃん、オレは、少しでもみんなが助かる可能性があるならそれに賭けたいと思うんだ。君がオレ達を助けようとしてくれたように、オレ達も君を助けたい。助けられる方法があったのにも関わらず、助けられなかった方が辛いし?」
さっきヒカリちゃんが言った言葉をそのまま返し意地悪く笑って見せれば、ヒカリちゃんはムッとしたような顔になったけど。
「上手く行かなくても知りませんよ?」
吹っ切れたように泣きそうな顔で笑ってそう言った。




