別れと出会い
イバラさんが聞いた話によると、プリンス・タイムという人物は決して悪い人間ではなかったが、とにかく女好きで色恋に関するトラブルは絶えなかったのだという。……うん、知ってた。知ってたけど。
「勇者が殺されるなんてシナリオ、無かったよな?」
村人Aが勇者になったとしても、彼は元勇者として元気にハーレムの日々を過ごす予定だったはずだ。
「嫌われすぎて激レアイベント起こしたんじゃね?」
「ものすごく有り得そうでツライ!」
さすがに気になるので、とにかく詳しい話を聞くために、彼を供養した神父様と第一発見者の女性がいるという教会に向かった。
「こんにちは、旅のお方ですね。貴方がたに神の祝福があらんことを」
もう日が傾いているせいか、教会には神父様と例の女性しかいなかった。
神父様相変わらずイケメンですね。とってもおモテになるんでしょうね。
「神父様、少しお話宜しいですか? プリンス・タイムという男の事を聞きたいのですが」
仕方がないこととはいえ、やはり出来れば口にしたくない名前だな。もう二度と同じ過ちは繰り返すまい。
「貴方たちは?」
にこやかだった神父様の顔が僅かに曇った。
「彼と共に旅をする予定じゃった者じゃ。まあ出会う前に亡くなってしまったようじゃがの」
「それは……お気の毒に」
イバラさんの言葉と曇った表情に、神父様は哀れみの表情を浮かべた。すいません、その子、敵が打てなくて落ち込んでるだけなんです。
「私で良ければお話致しましょう。と言っても、あまり話せることはありませんが……富海様も、ご一緒に話して頂いて宜しいですか?」
神父様がもう一人いた女性に話しかけたのでそちらに視線を向けると、そこには白に近い水色のショートヘアに青い目をしたオレと同じくらいの歳の美少女がいた。
ってかあれ!? あの子ってたしか最後に仲間になる子じゃない!? 何でここにいるの!? ファイナルシティにいるはずだよね!?
オレがその子とゼンを交互に見ながらも説明できないもどかしさに挙動不審になっていると、ゼンがオレの様子を見て察してくれた。
「ああ、そういやそうか。よく覚えてたな」
「ドストライクだったんで!」
思わず声を大にして言ってしまったら、ゼンには呆れた顔をされ、イバラさんには不審な顔をされてしまった。
「知り合いか?」
「あ、いや、前にちょっと見かけたことがあるんだ」
まさか攻略サイトで見て知ってましたなんて言えるわけがないじゃないか。イバラさんはまだ納得いってないようだが、オレはとりあえずにっこりとしておいた。笑ってごまかせ!
「あの、お話しても?」
「あ」
神父様の事、すっかり忘れてたわ。
「プリンス様は、村のはずれの家で育ちました。数年前にご両親がモンスターに襲われ亡くなってからは、自身が勇者になって魔王を倒してやると、それは意気込んで……」
そうだよな。この世界の設定からして、そこが苗字だよな。じゃあそいつの家の住人皆プリンスさんって呼ばれてたんだろうな。なんかほんと申し訳ない。
ゼン、ごまかしてるつもりだろうが、小刻みに震えてるんだよ。皆は気づいてなさそうだが、オレにはバレてるからな。
「ある日魔王を倒すべく村を出発したのですが、志半ばでモンスターに襲われて……ご両親の事もあったので、トラウマになってしまったのでしょう。それから村の外に出ることを止め、本当の気持ちを誤魔化すように女性たちに声を掛けるようになりました」
「なんと……そうじゃったのか」
止めて! 違うから!! 美化しすぎだから!!!
ものすごく居たたまれないので、思いっきり両耳塞いでいいですか? あとゼンの突然のその完璧な演技力はなんなの? その悲しそうな顔に本心が一パーセントも乗ってないなんてなんて恐ろしい男。
「そして昨日、悲しい事件が起こりました。彼の家で、彼は毒に侵され死亡したのです」
「毒!?」
思ってもいなかった言葉に思わず声を上げると、神父様は重々しく頷いた。
「お聞きになられたと思いますが、第一発見者はこちらの富海サホ様です。富海様も貴方がた同様、プリンス様と旅に出るためにやって来たのでしたよね?」
「ええ。私、剣士なんですけど、毒も扱うので詳しいんです。一目見てすぐに気が付きました」
やっぱこの子可愛いなぁ。そうなんだよねー、可愛い顔して武器が剣で毒属性っていうギャップがまたたまらないんだよねー……って、あれ?
第一発見者って、ミステリーで言うと一番怪しいよね?
「おぬしが殺したのか?」
イバラさーん!? 直球すぎるよ! サホちゃんポカンとしちゃってるよそんな顔も可愛いけどってそうじゃなくて!
「私は彼の力になろうとしてここまでやって来たんですよ? なぜ私が彼を殺害しないといけないんですか?」
サホちゃんの困ったような言葉に思わずイバラさんを見てしまったオレとゼンは正しいと思う。オレ、彼の力になるはずだったイバラさんならうっかりやっちゃいましたって言っても納得できるもん。
「犯人は分かりませんが、富海様はプリンス様に毒の中和剤を飲ませて応急措置を行った後、こちらに助けを求めていらっしゃいました。結果としては助かりませんでしたが、犯人であれば応急措置などとらないのではないでしょうか?」
神父様の言葉にイバラさんは納得してはいないようだったが、それ以上は何も言わなかった。
オレたちは神父様が作ってくれたという元勇者の墓に案内してもらい、手を合わせた。過去の過ちよ、安らかに眠れ。
「あの!」
神父様にお礼を告げて教会を出たところで、後ろからサホちゃんに声を掛けられた。
「貴方たちも、勇者様のパーティなんですよね? これからどうされるのですか?」
どうやらサホちゃんは勇者が勇者でなくなったことにまだ気づいていないようだ。ってかそうゆうのって勇者のパーティにお告げか何かがくるもんなんだろうか?
とりあえずサホちゃんにオレが勇者になったことを伝えようとすると、イバラさんがオレとサホちゃんの間に割って入った。
「あやつはもう勇者などではない。今の勇者はこのトキじゃ。わらわたちは魔王を倒しに行くつもりじゃ」
心なしかイバラさんの態度がとげとげしい。やはりまだサホちゃんを疑っているのだろう。
「そうだったんですか! 私全然知らなくて、すみません勇者様」
「え!? いや、知らないのが当たり前だし気にしなくていいよ! それに勇者様とか、普通にトキって呼んでくれていいから」
ああもうぐうかわ! 勇者万歳!!
「ありがとうございます、トキ様。それから、良かったら私もついて行ってもよろしいですか? こう見えて結構強いんですよ? お役に立てると思います」
「喜んでー!」
オレの大変元気のいい返事にサホちゃんは嬉しそうに笑い、ゼンは呆れ、イバラさんはとても不機嫌そうだった。
「ホントに良かったのか?」
もう遅いからと今日は村の宿で泊まることになり、女性陣と別れ部屋に入ったところでゼンに聞かれた。
「あいつが勇者を殺したかもしれないんだぜ。毒の使い手なら、解毒剤の分量なんていくらでも調整できるからな」
確かに神父様の言う通り本当に解毒剤を飲ませていたとしても、ゼンの言うように飲ませても助からない分量を飲ませることも出来るわけだ。神父様は全く疑ってないようだったけど、そのことにイバラさんも気づいてるのだろう。
けど。
「サホちゃんって可愛いじゃん?」
「まあ見目はいいな」
「それにめっちゃ強いらしいんだよね」
「まあ勇者にとっては最後に仲間になる予定だったしな」
「仲間にしない手はないでしょ」
オレはこぶしを握り締め、力強く言い放った。
「お前も殺されるかもよ?」
「まあそん時はそん時ってことで」
「お前のそういう思い切りが良いところ、嫌いじゃないぜ」
「惚れるなよ?」
「アホか」
そう言ってゼンは呆れたようにため息をついたが、もしかしたらゼンなりに心配してくれているのかもしれない。
「ニヤニヤしてんじゃねーよ」
そういって頭をはたかれたが、オレはなんだか嬉しくてそんなこと全く気にならなかった。気味悪そうにこちらを見てくるゼンに、あれ、もしかして勘違いだったかなと思ったけど、オレのこういう勘は結構よく当たるんだよな。
その日はそのまま幸せな気持ちで眠りについた。




