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ヒートアイランド対策

作者: 宇井

 ビルの屋上テラスから周囲を見渡す。ビルの足元は植物に囲まれている。眼下の鬱蒼とした森の中から、いくつかの背の高いビルが森の上に頭を突き出し、夏の光を白く反射している。低いビルや民家は森に埋まっている。すぐ近くの湾に流れ込む川が見えるが、川岸の護岸コンクリートは隙間から生えだした植物により埋まり、川面は水草が覆い尽くしている。その根は水面下で絡み合い、魚は泳ぐこともできない。白い雲がぽっかりと浮かぶ夏空に、海側から黒い雲がすばやく広がりはじめ、ゴーッと強い風が繰り返し押し寄せ吹きわたる。風は森の上を波のように四方に伝播し、水草の大きな葉が一斉に裏返り白い腹を見せる。見渡す限りの緑の世界が揺れ動いている。


 わずか1か月前には、都市は黒ずんだ灰色の塊であった。衛星から見ると都市部から半径100キロに及ぶ円形の範囲は赤茶けた土や灰色の土で覆われた荒地となっているのがわかる。近年、太陽の内部変動が続き地球に到達する放射光の分布が変化していた。都市を構成するコンクリート、プラスティック、金属が吸収する周波数域の放射量が異常に増え、それを吸収した都市自身が巨大な熱源になるのだ。逃げ出すことができない植物にすぐに影響が表れ、枯れて死に絶えた。都市部は無機質なでこぼこした塊になり、屋内の空冷のための発電量は一国の発電能力の限界まで達していた。1世紀前には、緑に包まれていた美しい小さな国は、今では、大小の円形の不毛の地肌が広がる国土になった。


  ある研究が続けられていた。特殊な植物を開発し、都市部に繁殖させようというのだ。実験段階は終了し、実施の認可を待つばかりである。その植物はツタ類で大きな葉をもつ葛を遺伝子操作したもので、異常に放射量が増大した周波数域をよく吸収するように改良されている。葉を広げ有害な放射光を吸収し、都市を護り、緑も回復するという都合の良い計画である。認可がおり実施されたのがちょうど1か月前のことだった。


 その日は、朝から夏の強い日差が照り付けた。ひしめくビルの強い影が互いに、壁面を斜めに暗黒に塗りつぶしている。高台に張り付く民家は白く晒され疲弊している。地面からの放射熱により、大気は下から熱せられ、日中に外を歩くことはできない。そして、空から大量の改良型葛の種がまき散らされた。しばらくすると、いつものように猛烈な上昇気流がおこり激しい風雨が襲ってくる。こうして、種が蒔かれ水が与えられた。


 この植物は種による次世代の繁殖はできないように改良され、蔓植物なので自力で立つことはせずに這う。大きさも最大が3mにしかならないように抑制因子を埋め込んである。しかし実際の本番環境では、その抑制因子は抑制するどころか、逆に働いた。遺伝子操作を行うため実験室内で様々なテストを行ったが、太陽の異常周波数光を全て再現しきれず、ある周波数による抑制因子の反乱を予想することができなかった。その結果、わずか1か月あまりで、眼下のこの有様になってしまった。


 森のように見えるのはすべて巨大化して、つるが木の幹ほどの太さになった葛の大群なのだ。都市のわずかに残る土から生えだした葛は少しでも森の上に出ようと伸び、太陽の光を得て、葉を広げる。すると次の蔓がそれを乗り越えて上にでる。こうして、無数の葛の蔓は互いに絡まりあい森になった。しかも、それはまだ終わっていない。海の潮がひたひたと満ちてくるように、静かに知らないうちに森が上に上がってくる。いつか、このビルも向こうに見える超高層のマンションも森の中に沈むだろう。残るのはごみ焼却場の煙突の先くらいだろう。水辺に落ちた種は水面下に根を伸ばし、水草のように水面を埋め尽くしている。


 人々の家はツタの下に埋まり、空は葛の葉で覆われている。確かに、涼しくはなった。人々は外に出てきて上方を見上げ、「相変わらず、暗いですな。」と挨拶を交わす。時々、森の上の方がガサガサする。この植物は操作の過程で、種なしの大きな実をつくるようになったため、広大な森に猿が戻ってきているらしい。森の上で、彼らは縄張りを張り、ときどきキーと言った声で威嚇し、ツタからツタへと飛び歩く。人間界の上に猿が君臨することになった。


 そして、半年後、幸いにもこの植物は枯れ始めたが、葉が落ちて、また家が埋まる。今度は落ち葉を焼くために膨大な電力を使うことになった。やっと落ち葉を片づけ、猿が去ると、無数の絡まりあったツタがあちこちに林立ちになって残っている。衛星からは、円形のピザ生地に楊枝が無数にささっている具合に見えるだろう。今でも自然の葛はあちこちで猛威を振るい、人が入らない場所をことごとくその蔓で占領している。来年の夏はせめてゴーヤ程度にして欲しい。


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