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オージェの生涯

オージェが生まれたのは、君が知っているかは知らないが、クリストフの晩年。数々の発明で世間から脚光をあびていた頃のこと。


おや、知らなかったのかい? クリストフは生前は、今世紀最大の功労者と世間に称えられていたのだよ。もう二十年も前の話になるがね。けれど、君たちのお父さんやお母さんなら知っている筈さ。何せ、ここを見渡しただけでも、あれとあれも、そうそうあれだって、元々はクリストフが考案したものを改良したものだ。今では生活に欠かせない便利な道具、それらの半分はクリストフが関わっているくらいなんだからね。


だから、そんなクリストフが全ての情熱を注いで作り上げたというオージェも、世間は期待していたんだ。次は一体どんな素晴らしいものが出てくるんだろうってね。


そんな期待を一身に受け、オージェは誕生した。オージェは、その期待に背かぬ素晴らしいものだった。


何せ、力も反応速度も精密さも最高級の機械のそれ。しかし、それだけでは普通の機械と変わらない。他の機械と一線を画すのは、他の機械には存在しない判断力だ。オージェには心ともいえる、判断力が備わっていたのだよ。


クリストフは、常々言っていた。


 機械の性能はもうこれ以上必要ないほど上がった。この後どれ程機械の性能が上がろうと、機械を扱うのが人間である限り、その性能を最大限に引き出すことは出来ない。かといって、機械は自ら動けない。機械の性能を生かすも殺すも人間次第。人だけが持つ創造性が機械をより効果的に使えるのだ。

 ならば、私は人間を作りたい。機械の身体を持った人間を作ることが出来れば、機械は今よりずっと素晴らしい働きをすることだろう。


そうして作り上げられたものがオージェだ。


オージェは機械ではなく、機械の身体を持った人間を目指して生み出されたものなのだろうね。クリストフは、オージェを人間として扱い、近しい親戚もいなかった彼の財産の何と四分の三の受け取り人として指名するほどだった。


今思うと、これを何とか止めていれば、その後の悲劇は避けられたのかもしれない。


え? どうしてかって? だって考えてもごらんよ。クリストフにとって、オージェは大切な息子であり、自分の遺産を残すのに何の躊躇もない存在だったが、他人にとっては便利な道具にしか過ぎない。それも、とびきり高性能な、ね。


オージェ自身でさえ、手に入れることが出来ればどれだけの富が約束されているか、という素晴らしいものだ。それが、莫大なる財を成したクリストフの遺産をも付いてくるともなれば、葱を背負った鴨が歩いているようなものだということは想像に難くない。


その財を得んとする者は皆、必死にオージェ獲得に乗り出したものさ。


あの当時の騒ぎたるや、いやはや凄まじいものだった。自称クリストフの親類が、数え切れないほど現れ、それぞれ遺産の分け前を主張したんだ。クリストフ自身は生前、親族といえば母方の伯父の息子を一人知っているが、後は存在しないと言っていたくらいなんだがね。


残り四分の一の財産は、彼が唯一認めていた友人に贈られ、その友人ですら、確たる地位と権威を持っていたにも拘らず色々と大変な目にあったというのに、人権すら持たぬオージェの自由意志など、考慮するものなどなかった。


ん? その友人は貰うだけ貰って後は左団扇か、良いご身分だなって?


そうだな、確かにその通りだ。だが、一応友人側の言い訳も聞いてもらえるかい? 彼は最初、オージェと何度か話しているんだ。自分のうちの子として来てほしい、と。彼にとって渡された遺産ってのは、クリストフ亡き後、オージェを世間から守ってほしいというお願いに過ぎないという認識だったからね。


けれど、オージェは頷かなかった。自分の主が遺産を残したのは、純粋に友人への感謝の気持ちで、自分の世話をさせるためではないことを知っていたからだ。


それでも友人は、何とかしてオージェを守ろうと、自分の庇護下に入るよう説得した。世間から見れば、オージェは単なる物だ。友人自身は決してそうは見てはいなかったが、自分の物と世間に認めさせてしまえば、オージェは煩わしい世間と戦う必要がなくなると思ったんだ。


友人は、いつかオージェの人権も世間に認めさせてみせるから、今は我慢して自分のものだと、世間を誤魔化すのに協力してほしい、自分は決して心無き存在として扱ったりはしないから、とオージェに頼んだ。


しかし、結局オージェが頷くことはなかった。


オージェが友人のものとなったら、クリストフの親戚でもない赤の他人が、膨大なる財産全て独り占めすることになってしまう。クリストフの生前、友人がどれだけ彼を支えていたかについては見て見ぬ振りをし、自分だって欲しいのに何でお前ばっかり、と怨嗟の声があがることは想像するまでもない。オージェは人の欲というものを知っていたから、自分の欲しいものを他人が労せず手に入れたとなると、友人の身が危ういと考えたんだ。


友人は、オージェがどうしても頷かないのを知り、その意思を尊重することにした。困ったことがあれば、どんな時でも自分の名を使ってよい、頼ってくるようにと約束させて、彼を送り出したんだ。


オージェがその後、友人を頼ったのはただ一度だった。




オージェは、暫くの間、必死に鳴りを潜めて逃げ続けた。それは、少し見た程度なら人間にしか見えないオージェだから、そこまで難しいことではなかった。


ただ、食事はしないし、表面は合成皮膚とはいえ、重さが全く異なるオージェは、しょっちゅう見つかっては逃げる羽目となった。


そんなある日、彼はとある店で、ダンシングドールを見かけた。


特に、最新の機能があるわけでもない、ただくるくる回って踊るだけの、オージェとは性能も見た目も比べ物にならない、古ぼけた人形さ。


それが、他の人形とどう違って見えたのかは分からない。


けれど、オージェにとって、その人形はこの世の何よりも輝いて見えたんだ。一目惚れというやつだね。


オージェは、その人形と共にあることを望んだ。けれど、その人形は店の看板代わりの人形で非売品だった。更に悪いことに、その店は、品物を買うのに身分証明を必要とする場所だったんだ。


店先で一日中回り続けさせる彼女を解放したい。共に歩いてほしいと願ったオージェは、主の友人に初めて自ら連絡を取った。


オージェから話を聞いた友人は、すぐさま店に赴き、売り物ではないと渋る店主にどうしてもと交渉して、見事彼女を譲ってもらうことに成功した。


彼女の代金を払い、何食わぬ顔をしてオージェに彼女の運搬を任せた。


何といっても、オージェの初恋の君だ。捕らわれのお姫様を助け出すのは、オージェ自身がやるのがいいに決まってる、と気を利かせたつもりだったんだよ、本人は。


しかし、少し考えるべきだった。友人がクリストフから遺産を渡されたことは皆に知れ渡っていた。オージェとも繋がりがあるかもしれないと皆が考えるのは当然のことだった。


そんな中、友人が大金を出して古ぼけた人形を買い、それを代理人に取りに行かせるというのは、本人が思っていたより目立つ事柄だったんだ。何でそんな人形を? と、引き取り現場を見物に行った野次馬の多さがそれを物語っている。


そして、ある者が気付いた。人形を引き取った運び手が、オージェであると。


彼らは考えた。オージェは、友人の命令を聞くのかと。実際には友人がオージェの頼みを聞いたんだけどね。


そして、危機感を抱いたんだ。このままでは、オージェの持つ財が全て友人の手に渡ってしまうのではないかと。


オージェの財を友人に奪われる前に、早くオージェから取り上げなければならない。傍から見るととても身勝手な泥棒の論理だったが、オージェを単なる物としてしか認めないやつらにとって、未だ正当なる所持者が不在で、自分のものにできる ――と勝手に決め付けた―― 財を、他人に奪われるなんて許されるものではなかったんだ。


ある者は友人を抹殺せんと邸に忍び込もうとし、またある者はオージェが持つ荷物を壊して友人との仲に亀裂を入れようとした。


友人は、自分や邸については悪人の付け入る隙を与えなかったが、知り合いが人質として狙われたりしたため、皆を守るためにかかりっきりとなってしまった。


オージェは本来、彼女を受け取った後、オージェのために残されていた、とてもじゃないが人が住むことは難しい土地へ行って、そこで静かに暮らす予定だった。


けれど、行く先々で人に見つかり、待ち伏せされ、逃げ惑う羽目になった。何せ、どでかいダンシングドールという格好の目印があるわけだからね。沢山の人の目に付く彼は、追跡が容易だったんだ。


彼は、そのままでは埒が明かないと、一旦彼女を隠して自分だけ派手に目立ちながら逃げ、追っ手を撒いた。ダンシングドールは、友人がほしがっているものと思われていたから、態々オージェが手放したそれを、探してどうこうしようという人間はいないという目論見は見事に当たった。


そうして、暫くして後、友人がもしものためにと用意していた車に彼女を乗せて、意気揚々と新天地へと向かうはずだった。そう、はずだったんだ……。


一体どこから漏れたのか、今でも分からない。けれど、追っ手の一人が、その車はオージェが譲り受けたものだと知っていた。


そいつは、いつかきっとこれを使うに違いない、と、根気強く車を見張っていた。そこにオージェが現れたもんだから、きっと小躍りせんばかりに喜んだだろうね。すぐさまオージェを追いにかかった。


そいつは、車を止めるため、銃で撃ってきたんだ。オージェは、銃くらい弾くほど頑強な身体を持っているというのは知られていたし、万一オージェが壊れたとしても、扱えるか分からない機械が一つ減るだけで、クリストフの遺産があれば、一生を何回遊び尽くしたってお釣りが来るわけだから、別にいいやとでも思ったんだろう。


殺される間際、必死に「態とじゃない、殺そうとしたりはしていない。タイヤをパンクさせて止まらせるだけのつもりだった」と喚いていたのは、嘘じゃなかったんだと思う。しかし、前を走る車を追いかけながら、正確にタイヤを狙って撃つなんて芸当、そうそうできるもんじゃない。


結果、車は大破し、普通の強度しかもたないダンシングドールは助からなかった。


オージェは、目の前で彼女がバラバラに壊れるのを目の当たりにし、切れた。


恐ろしい声で吼えると、周りにいた追跡者達を次々と屠り、車へ、彼女へと銃を放った男を最後に残して血の海を作り上げた。


がたがたと震える男に大量の千切った耳やら指やらを投げつけ、更に恐怖を煽ると、まずは右肩を外した。


恐怖と痛みに叫ぶ男の口に、そこらに落ちていた腕を無造作に突っ込んで黙らせると、次は左肩を外し、今度は一本一本の指を、粉砕し、焼き焦がし、千切りとった。


おっと、君達に語るような内容ではなかったね。これは悪かった。大丈夫だから、怖がらないでおくれ。……ともかくオージェは、そんな風に、愛しい彼女を殺した犯人を念入りに壊していずこへと去っていった。



さて、その日から、この国では恐ろしい事件が度々起こるようになる。


それは、ある特定の人間が、使用人や居合わせた客人も含めて一家揃って虐殺されるという事件だ。殺された一家の中には、必ず他と比べて損傷の著しい死体が含まれていることから、犯人の狙いはその人物で、他は巻き添えだろう、という話だった。


マスコミは、赤外線に引っかからず、監視カメラにすら映ることなく行われる犯行に、こぞって己の推論を書きたてたものだ。


ある者は、聖バルテルミーの呪いであると説き、ある者は、九月虐殺で殺されたランバル公妃の無念の魂が人々を切り刻むのだと騒ぎ立てた。


それでも何も分からぬまま、被害者ばかりが積み上がっていったある日、誰かが言った。


「おい、こいつら、天才クリストフの親戚と言っていたやつらじゃないか?」


それは何気ない一言だったが、捜査が進まず、藁にでも縋りたい気分だった警察は、被害者達を改めて調べた。


その結果、被害者は全員、クリストフの親戚を自称したり、オージェを我が物とせんと追っていた人物ばかりだということが分かったんだ。


これは、オージェ狙いの人間を減らして財産を独り占めせんとする犯行か、煩わされたオージェによる反逆か、どちらかではないか、という話になった。


そうして改めて現場を見て、警察はオージェなら実行可能という結論に至った。狂ったアンドロイド・オージェが自分に関わろうとしたものを皆殺しにしていると考えるようになったんだ。


警察は、その旨を公表し、心当たりあるものは名乗り出るように呼びかけて、次の被害者候補を保護しようとし、一所に集めることにした。既に、オージェを狙う人間の殆どが殺害された後で集まる人数が少なく、敵対しあう者同士も存在しなかったため、一箇所に集まることが可能だったというのは皮肉な話だね。


そして、警察はその場に友人も呼び寄せた。彼らにとって、友人はオージェに虐殺を命じる最有力の犯人候補であり、そうでなかった場合でも、オージェが少しでも殺すことを躊躇うかもしれない、身を守るための盾代わりでもあった。



かくて、オージェを追っていた人間が一堂に会して三日後、果たしてオージェはやってきた。


警察が作ったバリケードや威嚇用罠を普通に通り抜け、邸へと入ってきたオージェは、最前列にいる友人の姿を認めて、歩みを止めた。


「オージェ……。ここ最近の大量虐殺犯は、本当にお前なのか?」


「えぇ。その通りです」


「一体何故そんなことを?」


「彼女が死んでしまいました」


その淡々とした言葉と悲しみ以外の感情に支配されている眼に、友人はダンシングドールを殺したのが彼を追ってきた者なのだと知った。


「……今のこの状況を彼女は喜ばないといっても、無駄なんだろうな」


「知っています。彼女に感情はなかった。彼女はただ踊るだけの人形だったのだから」


でも、好きだったんです、と呟いたその表情は、正に人間そのものだった。途方にくれたような、縋るような、諦めるような、泣き笑いにも似た表情に、友人は開いた口を噤んだ。


人を殺しても彼女が戻るわけでもないし、オージェが救われもしない。彼自身のためにも止めねばならないが、愛しい彼女を殺され悲しみに狂う彼に、一体どんな言葉なら届くのか。何といえば、彼が救われるのか分からなかったんだ。


必死に言葉を探そうとする友人と、そんな彼を静かに見つめるオージェ。重苦しい沈黙が、邸内を支配していた。


そんな中、その静寂を破る者がいた。


「彼女というのは、あのダンシングドールのことか? それなら新品を用意しよう! なんな……」

「オージェ!!」


友人の静止の声も一歩遅く、場違いな発言者は自分の言いたいことを言い終えることなく、オージェの投げたナイフを喉に生やして倒れた。


そこからは阿鼻叫喚の大騒ぎさ。声を出すことも出来ず、壊れた遊具の様に動くそれを見て、自分達もそうなることを恐怖し、錯乱した者達が各々好き勝手な方へ逃げ始めたんだ。


部屋に逃げ込む者、自分も入ろうとして扉を閉ざされ、必死に開けようとする者、自分だけが助かろうと、同じ方向に逃げる者を突き飛ばしているのまでいた。


我先にと逃げ惑う者と、恐怖のあまりその場にへたり込み動けない者がいたせいで、場が混乱し、警察たちも混乱した。


そして、友人の言葉を待って止まっていたオージェもまた、獲物が勝手に動き出したのを見て、動き始めた。


その場にいた警察の中には、果敢にオージェへレーザーを向けたものもいたが、オージェの動きについていけず、下手に撃とうとすると他の人間に当たりかねないため、打つ手はなかった。


「オージェ、やめるんだ! 君のやっていることは間違っている」


「では正しいこととは何ですか? マスターに造られたこの身を、そしてマスターの残した財を全て、愚かな人間達に奪われるのが正しいことなのですか?」

「そうじゃない!」


「では、何が悪いのですか? 貴方は何を正しいというのですか?」


「それは……。それは、お前が幸せになれることだ」


「私を追う者がいれば、私は幸せにはなれないと思いますので、これらを始末するのは正しいことなんじゃないですか?」


オージェは、適当に掴んだ人間を無感動に見ながら答えた。


「違う。それは違うんだ、オージェ……」


友人は、悲しそうに、伝えることの出来ないもどかしさに苛立つように、オージェを見つめたが、オージェにはその心を察する事は出来なかった。


「私は、彼女のいなくなった今、幸せなど必要とは思いません。ですが、これ以上、私の周りを邪魔をされるのは煩わしいのです。私はマスターに力の限り生き抜くよう命令されています。その障害となる物は、排除するのが正しいことだと思っています。違いますか?」


「そのマスターは、君にこういった筈だ。君なら、人間を今よりずっと幸せに導ける。機械をより効率的に使い、科学を進歩させられると」


それを聞いたオージェは、無表情な瞳で友人を見据えた。


「それは、私は機械なのだから、人間に逆らわず、いい様に使われろ、ということですか」

「そうじゃない!! ……クリストフは言っていた。オージェは、人間の笑顔が大好きなんだと。人が幸せだといって笑うこと、ありがとうと言われること、それが大好きな子なんだと。それは、クリストフが意図してそうさせた訳ではなく、お前を生み出す内に、お前がそれを選択していったのだと言っていた。お前は、人が好きなんだろう? 人はトモダチなんだろう?」


「…………」


自分をターゲットにしかねないオージェに怯まず言ったその言葉に、オージェは、じっと何かを考えるように動きを止めた。


「オージェ、私は……!? 危ないっ!」


何かを言おうとした友人は、動きを止めたオージェを狙って放たれるレーザーに気付いて叫んだ。


一体誰が、この場面でレーザーなんて使うと予想できただろう? オージェの手には、逃げようと暴れる人間が掴まれており、オージェの正面には友人が立っていた。


ひとつ間違えれば、大惨事になっていたところだというのに、そいつは、自分だけは助かりたいという一心で、まだ大勢の人間がいる場所に向かってレーザーを撃ったんだ。


けれど、レーザーがオージェを貫く事はなかった。彼は名前からも分かるかも知れないが、電子や電気にはとても強かった。来たレーザーを即座に解析し、逆位相の波で打ち消すことを簡単に出来るくらいにはね。


「ひ、ひぃ……」


自分の攻撃が全く効かなかったことで腰を抜かしたそいつに、オージェは普通の歩みで近付いていった。


「殺さないでくれ、オージェ! 私はお前に人殺しなんてしてほしくない!」


友人の叫びに、一瞬足を止めたオージェは、しかし再び歩き出し、自分にレーザーを向けた人間を掴んだ。


「これは、貴方も纏めて殺そうとしたのですよ? あの角度は、そのまま貴方をも貫くものでしたから」


「そうだとしても、それを裁くのは法であるべきだ。それに、私は死んでいない。お前が助けてくれたからな」


お前には人助けの方が似合うんだ、と訴える友人に、オージェは静かに首を振った。


「私の中には、既に人間を慕う気持ちなど残されていません。マスターがいなくなり、彼女を殺した人間など、もうどうだっていい」


「オージェ……」


「今の私に残されているのは、我が身を狙う愚昧な輩を排除し、マスターの遺産を守ることだけです」


「守ることと排除することは一緒じゃない」


「同じです。いちいち攻撃されるのを待ってからやり返すのは非効率だ。やられる前にやれ、という言葉だってあるでしょう? 薄汚い人間など、邪魔が出来ないように始末してしまえばいいんだ」


淡々というオージェに、友人は悲しそうに、言う。


「でも、オージェ。私は人間なんだ。お前が人間に害なす存在だというなら、私はお前を止めなければならない。お前の保護者代わりとしても」


「私は機械です。保護者など要りません」


「だが、クリストフはそうは思っていなかった。あいつは、お前の所有権を私に残したのだから」


そう。友人が受け取った四分の一の財産というのは、オージェの所有権のことだった。オージェは、それだけの費用を投じて作られていたし、それ位途方もない価値があると見做されていたんだ。


「オージェ、お前はまだまだ子供なんだ。私はある程度放任の親だが、子供が悪さを続けるなら、それを叱る義務があるんだよ」


「私は、誰にも縛られません。貴方が有するのは、この身体の所有権であって、私の行動は私自身が決定します」


「それは違う。子供は、嫌でも親に従わなければならないことがある。納得できずとも親の言う通りにすべきことは存在するんだ」


「受け入れられません」


「なら、力尽くでも止めなければならない……。それが、親の責任だ」


友人の行動は無謀だった。オージェは今や、友人のことも拒絶している。その状態で、身を守る術なんてありもしないのに、普通にオージェに近づいていったんだ。


オージェはいつでも友人を屠ることが出来た。友人は何一つ、防御手段を持っちゃいなかったからね。


しかし、オージェは動かず、愚か者の取り落としたレーザーをゆっくりとした動作で拾う友人を見ていた。


「オージェ、もう一度言う。お前は人と一緒にいるのが一番なんだ。害することなどお前にゃ似合っちゃいない」


友人は、ひたとオージェの胸にレーザーを向けながら言った。逆らうなら撃つとばかりに。


「私は、戻る気はありません。我が身を害するこの館の人間を根絶やしにして、自由になる」


オージェの言葉に、友人はレーザーのスイッチを押した。


オージェは避けることも無効化することも出来たのに、しなかった。泣きながらオージェを撃つ友人に一言告げて、ことんと倒れた。


ん? 何を言ったのかって? ……さぁねぇ。それは、オージェと友人だけが知っていればいいことだ。私が他人に話す気はないんだ、ごめんよ。


ともあれ、こうして、一人の偉大なる天才によって生み出された心ある機械は、その友人の手によって殺された。

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