子守唄
なぜかあの不思議な少女を助けてしまったあの日からもう、5日が経つ。銃弾の前に考えなしに飛び出した代償は大きかった。あのあとすぐに少女に助けられてしまい、諦めかけていた命がつながって、いまここにいる。
少女は死にたいと願うものを助けるような変わり者。この国では死を願うものに死を与える仕事を聖職者が担っている。女神に少しでも近付こうと日々祈りを捧げる彼らの思想を考えると、望んだものには安らかな死を与えることというのは至極
まっとうな考えなはずなのだが・・・そんなことを考えている間にも忘れられないのはあの少女が泣いていたときのこと。ひとりになりたくないとそう言っていた。
深い水底に沈んだ意識を、僕のからだをすくい上げてくれたのはその言葉だった。終わりにしたいという強い願いすら、霞んでしまうほどに。
天窓にはめ込まれたステンドグラスから光の粒が落ちてくる。ここは屋根裏なのだろうか?天井の跳ね戸に梯子が掛かっている。鐘のある尖塔に続いているのだと思い当たった。
まだ熱のある頭でボーっと考えていたら、階段を上ってくる小さな足音が聞こえた。同時に食べ物のいい匂いが空っぽの胃を刺激した。危なっかしく足元をふらつかせて大きな鍋をもった少女が部屋に入ってきた。
「もう少しまってくれの」
そう言って彼女は木の器に鍋の中身をよそい始めた。せっかく作ってくれたであろう食事を断ることも悪いとは思ったが、長らく食べることを忘れていたからだが受け付けてくれそうにない。
どうしたものか・・・上半身を起こそうとしたが無駄な努力に終わった。背中が貼りついてしまったかのようだ。自分のからだすら重くて動かせないなんて、なんて情けないんだろ。
「無駄なことを考えていないで、今は休めばいい。わたしは別になんとも思っておらん」
いまいち励まされている気がしないのだが・・・すると、少女はぼくのからだを起し、どうやら粥らしい食べ物を口に前に差し出している。若干手慣れているように感じるのは気のせいではないようだ。朦朧としている時の記憶だが、何度も水を飲ませてくれていたはほかでもなくこの子だったのだ。
口の中に久々の味を感じた。温かくて思いもほかおいしくて、でもやっぱり飲み込めずにむせてしまう。食べるための機能はたった数日でかなり減退していたようだ。食べなければいつまで経ってもこのままだということは言われなくてもわかっていた。しかし、少女は何も言わずに僕の背中をさすっていて、そんなことにすら目が熱くなった。
おかしいな・・・泣いたのなんていつだったかもう思い出すこともできないのに、そんなだから・・・「ねえ、これの止め方って知ってる?」
涙の止め方がわからない。
「知らん。でもな、そういうのはたぶんおまえのせいじゃないし、泣きたいときは泣けばいい」顔をそむけたままぶっきらぼうに彼女はそう言った。僕がいかなり泣くもんだから困惑しているようで、どうしようかとおろおろする様子がおかしかった。
おもむろに少女は僕の頭に手を伸ばす。そして、母が幼い子にするみたいにおそるおそる頭をなで始めた。
「えっ?」
「仕方ないじゃろう、このままいくとおまえはからだに存在する貴重な60パーセントの水分を失ってしまう。それはいけんと思ったのじゃ。わたしが泣いておったとき、兄がよくこうしてくれた」
よけいに涙が出てくるのはどうしてだろう?
自分に触れている小さい手が温かいだけで、たったそれだけのことで僕のはこんなにも動揺している。
自分の肩にもたれるようにして、いつの間にか男はまた眠っていた。その白い頬に残る雫をそっと法衣の袖でぬぐった。寂しい泣き方をするやつだと少女は思った。声をあげることのなくただ涙を流すだけ。長いこと泣いていないとああなるのだろうか?そんなことを思いながら、ふと懐かしい子守唄を口ずさんでいた。耳慣れない異国の言葉で少女は唄う。もうこの男がこわい夢を見ませんように。せめて今だけはこのまま・・・