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ここに来たということ

パルステビア王国に来てからもう4日がたつ。今までにわかったこと。ここには「魔法」が存在する。魔法すなわち人の力ではなしえないことを行う術、妖術などなど・・・


僕が普通だと思っていた世界には少なくとも魔法なんてものは存在していなかった。はずだ・・・ものが浮くのは浮力が存在する水の中で、人や、物はそこかしこをふよふよういていることはあり得ない。空を飛ぶことができるのは鳥または飛行機の類だけ。箒や絨毯で空は飛べない。まあ、ここにきてもそ

んなところを見たのは数えるほどだが・・・常識だ。つまりそう、僕が見ていた世界が狭かっただけ。それもとんでもなく。


でも、目眩がしそうです。ええ、見てしまった世界が広すぎて。


そして、取材や情報収集をするにあたって、大変厄介な事情があった。現在ここパルステビア王国は、完全に鎖国状態なのである。諸外国とのお付き合いは極端に制限されている。にも関わらず、僕がここにこうしていられるのは条件付交換留学生制度のおかげである。その条件とはつまり、魔法を学べないこと。意味ないじゃんと思ったものだが、パルステビア王国の独自に発展してきた文化や技術、とくに医療のことに関しては魔法抜きにしても、十分に学ぶ価値があるものだそうだ。同じく外から来たと思われる学生が、学術書の店の前で涙するほど感極まっていたのをついさっき目撃したところだ。そして、基本的にこの国の生まれでないものは魔法を使えないらしい。

昔、魔法を自国に持ち帰ろうとしたスパイもどき学生が使えるはずもない魔法を使おうとして失敗し、命を落としているらしい。それがパルステビア王政府の知ることとなり国家間に戦争の危機をもたらしたことは、他国の学生の間では有名なエピソードだったそうだ。正直耳が痛かった。僕の目的もまたスパイのようなものだ。


こんな大事になるなんて、誰が予想できただろう。言っちゃ悪いが、僕が務めている新聞社は平凡いや、それ以下だろう。いつ不況のあおりを受けて倒産してもおかしくないといったそれはそれはおいたわしい状態である。たいして学力もない僕を優秀な学生のための少ない留学生枠の中に押し込んでしまう権力がいったいどこにあるというのだ。資金にしてもまた然り。なにかバックにおおきな組織かもしくは国が関わっていたりして・・・まああり得なすぎて、笑えてくるレベルだ。


「それにしても広いな・・・」

おもわず声に出てしまった。白っぽい石で造られたパルステビアの学術院はまるでどこかの国の城をまるまるひとつ、中身だけ学校にしましたと言わんばかりだった。パルステビアがここまで発展した国を築いてきたことと教育や学問に力を入れていることは無関係とは思えない。むしろ、関係ありまくりだ。おそるべし、魔法の国。学問の素晴らしさには疎い僕ですらこれはすごいと思ったほどだ。ここに来たこと自体場違い極まりない。否、実際間違いなんだが。


「迷ったのかい?」

交換留学生と判れば、こうして声をかけてくれる生徒も少なくない。振り返ると、淡い金髪に灰色の目がよく映える優しそうな男子生徒がいた。人の少ない廊下に出たと思ったらあっという間に自分が今どこにいるのかわからなくなってしまった。考え事をしているとふらふらと道に迷ってしまうのは僕の悪い癖だ。


「ええ、ここはどこなんでしょうか・・・」

「つぎの講義はなに?」

「えっと、国歴について留学生だけが集められて講義を受ける予定だったんですが、部屋が変更になったとかで、探し回っていたら迷ってしまいました」

「それなら、東棟の第4講堂だよ。ほら、事前説明会があったところ」

「・・・すいません、もはやここがどこかすらわからないんです」

ああ、絶対ばかだと思われた。

「ここは南棟のはずれだよ。そっちにいっても行き止まりだよ?ほら、ナイレイル大聖堂の尖塔の彫刻ちょうど三頭竜が一番よく見えるでしょ」

「はぁ・・・」

「じつは僕も留学生なんだよ。よかったら一緒にいかないかい?」

やっぱり、ここに来る人は違うな4日もあって校内で迷うことなんて有り得ないんだろう。そんな複雑な僕の胸中を知ってか知らずか彼は僕のてをとってさっさと歩き始めた。そしてふと、単純な疑問が閃いた。

この金髪さんはなぜ迷ってもないのにここにいる?

まさか、僕をつけていたわけでもあるまいに。やっと、見知った廊下にでることができた。

「ここまできたら大丈夫だよね。じゃあ」

「え?じゃあってあなたも留学生なんですよね、いかないんですか?東棟」

「やめた」

「なぜ?」

「僕はもう知ってるんだよ。だましてごめんね?僕は確かに留学生だったけど何年も前の話なんだ」

「ならなぜ・・・」

留学期間は最長で5年のはずだ。

「8年目になるのかな?」

なるのかなって・・・

「立派な不法滞在じゃないですかそれ」

「まあそうかもね、僕はある意味でスパイみたいなもんだ。うまくやってるだけ。それとここでは一応、教師なんだな。教師が困っている学生を助けるのに理由は必要かな?反論は40文字以内なら許可してもいいかな」

「反論なんてとんでもないです。ただ」

「ただ?」

まずいな・・・この人はもしかしたら気付いたかもしれない。純粋に知識を求める学生、白い羊に混じって違う目的をもった黒い羊の存在に。どうして?気付かれても仕方がないのかもしれないここに来る国を代表するような天才留学生の中で、僕のような存在は極めて異質だ。スパイなんて、一介の学生に暴露してくるあたり、たぶん僕も同じようなものだろう最初から踏んでいたに違いない。


「僕がそれを告げ口しないという保障などありませんよ」

「へえ、そうきたか。でも君はそんなこと言えない。っていうか、じつを言うとね皆同じなんだ」

「同じ?全員スパイだってことですか?あなたのように?しかも、まだ僕は自分がスパイだなんていってませんよ?」

「じゃあ、君は各国がなんの考えもなしにこの制度に諸手を挙げて賛成するとでも思っているのかい?友好を深め、ともに発展していくため?違うね。優秀な人材を中には貴族の子もいる。そういをう子人質としてとられてでも、欲しいものがある。情報だ。学ぶためだけにきた留学生なんてほとんどいないだろうね。みんな優秀なお国の諜報員ってわけだ。一番危なそうな君にアドバイスだよ。くれぐれも気をつけて」

こんなに物騒な話をしているというのにその表情は優しいままだ。まるで聞き分けのない生徒を諭すような、そんなかお。

「あなたはどうして僕にそんなことを教えてくれたんです?」

「さっきも言ったよね、僕は教師だ。良くも悪くもね、君みたいな子を放っておけないんだ。昔魔法を盗もうとして死んだ生徒がいるのは知っているよね?彼が死んだのは本当に魔法を使おうとして失敗したからなのかな?もうわかるよね」


そうだ、僕はほんとうに何も考えていなかった。ここに来たことの本当の意味を・・・

遠くで講義が終わる時間を告げる鐘が聞こえる。

「おっと、話しすぎてしまったね。さぼり推進なんて教師失格だ」


「ありがとうございました。あなたの授業のほうが僕にとっては国歴よりよっぽど必要でしたから」


「それは良かった。もう一人で大丈夫かい?」


「はい」


僕はこの状況に言い訳して甘えていただけだったから。その肯定にまだ少し自信が持てないでいるけど、覚悟は決めた。

僕はもうここまできてしまったのだから。後には引けない。


「いっておいで、次の講義がはじまってしまうよ」


僕は静かに頭を下げて精一杯お礼を言った。

「本当にありがとうございましたっ」


頭を上げた時にはもう、そこに彼の姿はなかった。


さよなら。そう小さくつぶやいて僕は踵を返し再び歩き出した。

もうきっと迷わない。


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