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悪夢の円舞曲

蝶番の取れかかったドアが嫌な音を立てて開いた。


廃墟と勘違いされてもおかしくないような教会からでたきたのは法衣姿の少女


「うーーーさっびッ」

おおよそその風貌に似つかわしくないような言葉づかいで少女は寒いとぼやいた。


教会の裏庭に整然と立ち並ぶ白い十字架が景色を余計に寒々しく演出している。

それらが彼女のくしゃみを誘発させた。


「ちゅんッ」

奇妙な音の後に少女は厳かにこう告げた。


「今日こそ溜まった洗濯物の清算時だ・・・」

憂鬱なとここのうえなし。


お湯を使いたいところだが、それでは意味がない。

お湯で血は落とせない。

そのことを教えてもらったのはいつのことだっただろう。


彼女のへんてこな、老人のような言葉づかいの理由はそこから、というかその頃から発生している。

その話はまたいつか。


仕方なしに旧式の井戸から水をくみ上げる。しかし、面倒になったのか何やら唱えている。次の瞬間、桶のなかは水でいっぱいに満たされていた。


これぐらいの魔法ならもはや日常生活に欠かせないレベル。

普通のことだ。


しかし少女が誰も見ていないのにキョロキョロとしているあたり、後ろめたく思っているらしかった。


理由は、不明だ・・・


洗っているのは法衣ばかり三着ほど。

仕事熱心といえば聞こえはいいが実はこれしか持っていなかったりする。


「ついでじゃ、あくまでついでじゃ」

と言い訳しながらも昨日から臥せっている男の服もしっかり洗っている。

洗い終わった洗濯物たちをきれいに並べると、左手を横一線に薙いで乾かした。


この魔法はよいのだろうか?

基準が全く分からない。


ぬくぬくの洗濯物を抱えて少女は再び教会へと戻って行った。


そのあとに、仄かに季節外れのクチナシが香った。



まだ午前中だというのに厚く垂れこめた雲のせいでまるで夕方のように暗かった。

古びてはいるがしっかり磨きこまれた廊下を少女は音を立てずに歩く。

裾の長い法衣のせいでまるで少女が床を滑っているように見えた。


「入るぞ」

短く告げて部屋に入る。

なんの返答もないのはわかっていたことだ。

入るも何も、ここは私の家だと少女はひとりごちた。


少なくとも男の容態は昨日よりはましなようで、いくらか顔色が戻りつつある。

昨日はあれからが大変だったのだ・・・


思い出しただけでも疲れる。


「ずいぶんと寝苦しそうじゃの、、おおかた嫌な夢でも見ているのじゃろうて。

こういうときにみるのは決まって悪い夢ばかりというのが世の常・・・」


バサッッ!!


勢いよく布団をはねのけて男が起き上った。

・・・悶絶。


「まだ起き上がっちゃいけん。というか無理じゃばかもの」


不可抗力だとうずくまった背中が訴えていた。


しばらくボーゼンとしていた男が不意にふわっと後ろに倒れこんだところに少女は慌てて手を差し伸べて、まだ熱いからだをゆっくり横たえた。





嫌な夢を見ていた気がする。

いい加減眠るのが恐ろしくなってきた。


眠りたくない・・・


しかし瀕死の状態に追い込まれた男のからだは眠りという代償を厚かましく要求している。睡魔に勝つことはもはや絶望的だった。


それから三日間男は死んだように眠り続けた。





白銀の鱗がみるみる真紅に染まっていく。

周囲を焼き尽くした炎がまるで悪鬼のように地をさらっていく。

風にのって飛んできた焔が頬を舐めるようにして白磁の肌を焼いた。


遥か遠方にどうしても行かなければならないところがあるのに。



もう、飛べない。


おかしいな・・・

どこにも被弾していないはずなのに。

僕は僕の分身に語りかける。コエが・・・キコエナイ。


絶えず聞こえていた吐息ですら感じられない。

うつろな鮮血色あかいろの瞳。

血の通わない冷たい鱗の感触。


一人になってしまったのだ。否、はじめからひとりだったのにそれに気付けなかっただけ。


あれ?

僕はどうしてあそこに行きたかったんだっけ?


思い、出せない。


地面に降り立った。


そのとき、ゾッとするほど冷たいてで足首を掴まれた。

こういうときは振り返ってはいけない。

経験則そうが告げている。


わかっていたのに・・・・


眼下に広がるのは死屍累々。


いままで生きることと引き換えに築き上げてきた罪の証。


いままで積み上げてきた罪なき死。





あの場所で僕らは絶対的な死神だった。





忘れることは許されない。

生きることもきっと死ぬことだって許されない。



代償を・・・

悪い死神に終わることのない永遠の罰を・・・


幾千もの死者たちの空っぽなコトバ。

それに絡めとられて動けなくなる前に・・・


はやく、はやく行かないと。


もう、手遅れかもしれない。


嗚呼、僕はいったい誰をさがしているのだろう?






遠くで声が聞こえる。

うるさいな・・・・

あともう少しで思い出せそうだったのにーーー



「おいッ!!いい加減に起きるのじゃ」


「・・んっ」


ま、眩しい・・・

これで目をあけられたらまさに勲章ものだ。


うっすらと目を開けてみえたもの。


法衣姿の黒髪の少女・・・

黒曜石のような黒い瞳?

・・・あれ?


男の些細な?疑問はすぐにかき消された。



「何をボーーっとしておるのじゃ!死んでしまったかとおもったわ」


えーっと、これはどういった反応を返すべきなんだろうか?


「私に心労をかけるのも大概にしてもらいたい」


「心配して欲しいと頼んだ覚えはないんだけどな・・・」


「ほぉ、ではあのまま放っておいておまえがうんうん悪夢にうなされているのを私は聞き続けなければならなかったというわけか?それとな、これは心配ではないぞ!それは違う!断じて違うのじゃっ!!」


最後の否定は墓穴を掘っただけだろうに・・・


「まあ、別にいいけど」


「そ、そうじゃな、そんなことはどちらでもよい。否、よくはないが・・・」


ベチッッ!


一瞬何が起こったのか判らなかった。


両頬が少女の手でおもいっきり押しつぶされていた。


あんまりびっくりして声も出ない。

でもとりあず・・・


人の顔をみて爆笑するのをやめてもらえないだろうか。


「ひゃめれこむしゅめ」


ヤメロ小娘


・・・失敗だ。

また笑い始めた。


童話に出てくる暗黒魔女みたいな笑い方。

可愛げの欠片もないな。そう酷評したところでやっと解放された。


少し怖がらせてやろうと思って殺気を込めて睨みつけてやった。


「ふっ、ふふ、そんな顔をしても怖くないぞ、ふふふっ」


なんなんだこいつ。

笑っているのか・・・?


「おまえのその人形みたいな綺麗な顔もこうしてしまえば少しは人間らしくなるのだな、はーーおかし」

褒められているのか貶されているのかわかりません。

おかしいのはそっちだろう?


「熱はだいぶ下がったようじゃな、よかった・・・」


「なんで?」


「なんで・・・?そんなものは苦しくないほうが、おまえも良いのではないか?

私はそれを代弁してやったのだ。感謝するのじゃ。それともなにか?おまえは苦しいほうが好みの変態なのか?ん?」


「そんなに一気にしゃべるな・・・頭がイタい。それから僕は別に変態じゃないよ」


最低限そこだけは否定したい。


「それだけ喋れるなら飯も食えるな。食わぬとゆっても食わせてやるから覚悟するのじゃ」


「いらない」


「なに?今度はおまえの腹の虫が私の安眠を妨害しようというわけか」


こうまで言われれば返す言葉も見当たらない。

なんなんだこの敗北感は・・・


「おまえの負けじゃ」


嬉しそうにそう言って踊るように少女は部屋を出て行った。


その足取りはまるで円舞曲ワルツを踊る踊り子のように・・・見えなくもなかった。













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