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はじまりのカーテンコール

竜を題材に書いたお話です。化学の替わりに魔法や魔術が発達した王国で起こったこと、竜にまつわる伝説。・・・竜は人間に多くをもたらす代わりに多くのものを奪うだろう。言い伝えられてきた禁忌が復活するとき、時代は大きく変わっていく。

そんな世界を生きた人たちのことを書きました。本当におとぎ話のようになってしまいそうですが、お楽しみいただけたらなによりです。

~ある郵便配達の青年の話~


ああ、灯りならそれを使ってください。火は使えない決まりなんです。

間違っても喫煙しようなんて考えないでくださいね。

郵便物が燃えたなんて、上司に知れたら僕のクビがとびます。


あ、冗談だと思いました?

いえ、本当ですよ・・・


くれぐれも火気厳禁でお願いしますね。


では、行きましょうか。




ようこそ、

「竜の住まう王国」へ。


~間章~

クチナシの香りを孕んだ風が辺りを通り抜ける。

やがてそれは砂埃と花弁を巻き込んで舞い上がり、教会の厳かな鐘が鳴り響く。


さあ、行こうか。

長い朝のはじまりだ。


~ある新聞記者の追想録より~

竜の住まう王国?

そんな話を信じるやつなんているんだろうか・・・

僕だって信用してはいない。

なんでも鵜呑みにしてやっていけるほどこの仕事は甘くない・・と思う。

しかし、仕事なら仕方ない。


列強の諸国がこたびの戦争に大敗した理由。


まことしやかに語られるうわさがある。



それが「竜」だと・・・


まったくいまどきの暇人どもはたちが悪い。ほかにうわさすることならいくらでもあるだろうに。


しかし、そうも言っていられなくなった。

たちの悪いうわさは日に日に信憑性を増してくる。

しまいには竜を見たと言い出すやつまで現れるしまつ。


政府のお偉い方の間でも話題になれば、たちまち国家の安全に関わる大問題に発展だ。


どこの国でも、いまどき竜や妖精などのいわゆる「幻想動物」の類は、禁忌とされている。

はずだが・・・

あたりまえすぎて、それがどうしてなんて知らないけど。


ともかく、僕にそれを調査すべしということだから仕事は仕事だ。


そうして僕は旅に出た。


想像もつかない遥か彼方の地に思いを馳せて旅だったこの日を忘れることはきっとない。


そうして僕は知ることになる。


竜と人間の壮絶な物語を。


どうか物語が幕を閉じるまで・・・

僕に深い眠りが訪れないように祈ることにしよう。


~ある新聞記者の手記より~


極東海沖

辺りがにわかにザワつきはじめた。

心臓に重く響く汽笛に混じって聞こえる声。


「竜だ!うわさは真だったのか!!」

純粋な驚き。


「やめてよ・・・だって禁忌よ。誰が聞いているかもわからないじゃない!」

ヒステリック。


「なんてことだ・・災いをよぶぞ・・」

「ありゃあ人間か!?」

「馬鹿言うなよ」

半信半疑と嘲り。


「お、俺はまだ死にたくない・・・!!」

馬鹿なやつ・・・


彼らをかき分けて僕も甲板から身を乗り出した。

「・・・っ!!!」


渦潮に見紛うほどの派手な白波を立てながら蠢くもの。


瞬間------


ザァッババーーーンン!!


轟くような水音が耳朶を打って、鼓膜を最大に震わせた。


上昇気流をつかまえたそれは空に向かって駆け上がる。


美しかった。ただ、ただ、美しいと思った。


白銀の鱗に覆われた蛇のごとく長い胴、豊かなたてがみからつきだした双角は子供ほどの大きさだろうか・・・鋭く見開かれた真紅の瞳に唖然とする人々の顔が映る。


そして・・・ヒト、だろうか・・・


竜の背に乗っているのは・・・

僕にはどちらも竜にみえた。

それほどまでに彼らはひとつだった。


大きく旋回した竜が今までになく船に近づいたとき、一瞬、竜の背に乗るヒト・・少年?・・視線が交わった。


琥珀色の瞳、薄い口唇がわずかにひらかれた。


カ、エ、ロ、ウ、


そう聞こえた。

いや、聞こえるはずはないいのだが・・・


誰にともなく紡いだコトバはすぐに消えて虚しく空へと還る。

それなのに、そのコトバは僕の心に深く沈んで消えない。


あっという間に僕らの距離は開いていく。

竜の姿が空の彼方に消えてしまうまで僕は目を離すことができなかった。




~長い朝のはじまりに~


澄み切った朝の空気に響く穢れなき、神への祈り。


滔々と祈りの言葉を唱える凛とした声に引き寄せられて、廃墟同然の教会の前に大勢の聴衆が集まってきた。


・・ーー我、永遠の眠りを乞い願おう・・・


死の女神のかいなに抱かれ、祝福の言葉を捧げん・・・


許された旅の刻限まで仔羊は踊る・・・


今、日が落ちる。子守唄の旋律は静かに我をいざなうだろう・・・


コルトニア正教の教典の一節だ。

第九章より、続きはこうだ・・・


「汝、永訣の朝に眠れ・・汝に永久とわの祝福があらんことを・・・」


男はなんの感情も込めずに短く祈りの言葉をくちにした。


葬儀でもあるのだろうか。

第九章は普段の祈りではあまり使われない。

「聖者の行進」のような祭日か、葬儀くらいでしか聞かないものだから不思議だ。


聖職者は別だが、全て覚えているものなどそういない。

そう聞いていたが・・・


第九章、、別名「葬送の歌」。


紫紺の法衣を纏っているのは黒髪の少年、のはずだ。

女神を絶対神とするコルトニア正教では、女性は神官にはなれないという掟がある。

巡礼中の神官といったところか。


珍しく興味を惹かれて男は足を止めた。


きれいな朝はいつもとそう変りないはずなのに、不安定。

どことなく嫌なかんじがする。


灰色の鳩が古い教会の尖塔からいっせいに飛び立った。


少年がゆっくりと何かを抱くように両手を広げた。

パフォーマンス?


刹那ーー鋭い殺気にピンッと意識を弾かれた。

ひとり、いやふたりか・・・


この距離なら!


気がついたら乾いた土を蹴って残酷なほど正確に空気を切り裂いく銃弾の前に

飛び出していた。





「やめろーーーーッ」


ほとんど悲鳴に近い叫び声が遠くに聞こえた。


大勢の聴衆が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


足音

叫び声

舞い上がる砂塵

甘い火薬の匂い・・・


それから、血の香り。


みんな知っている。

嗚呼、戻ったのか・・・また。

あの場所に。




「・・・・・・ッァ!!」

激烈な痛みで意識が現実に引き戻された。

逃げることを許さない。


叫びだしそうになる声を必死で押し殺す。


自分のからだを抱くようにこわばらせて痛みに耐える。


耐える?

何故??

必要ない。

もういいだろう・・・?


「くっ・・・ッけほ」

込み上げてくる濃厚な血の味。

吐き出した血が紫紺の衣を汚した。


は?

紫紺の、衣??




「何故に私をかばったのじゃ」



少年の顔がすぐ近くにあった。


否、その華奢なからだに抱かれていた。


もしかして・・・君は・・・女の子?


薄蒼色の瞳。

限りなく白に近いのに、ほんのり黄色い肌。

幼さを残した端整な顔立ち・・・


その口調にはすでに反論を許さない威厳と強さがあった。


高価そうな生地でできた法衣を裂いて、僕のからだからとめどなく流れる血を止めんと躍起になっている。


やめてくれ・・・

君の手がよごれてしまう。


「・・も、う・・・いい」


そう言った声は自分でもびっくりするほど掠れていて弱々しかった。


「喋るなっ」

少女はそう言って僕をめいっぱい睨みつけた。


その目には涙がいっぱいに溜まって零れ落ちる。

それは返り血で染まった顔のあかを少しだけ薄くした。


あんまりポロポロ涙するものだから、僕の顔にも落ちて口唇に触れる。


少ししょっぱくて温かいのは血だけじゃないことをそのときはじめて知った。




そうして僕は意識を手放した。




~黒白の魔法陣と死にたがりの少年~


熱い吐息が顔にかかる。


意識のない人間ほど重いものはないというが、こいつはむしろ身長のわりに軽すぎる。


「よっこらせっと」

意識のない男を背負いなおして法衣姿の少女は歩き出した。


さっきの騒ぎで閑散とした通りをながめていたらだんだんとはらわたが煮えくりかえってきた。


「もういいじゃと!?私を勝手に助けておいて気持ちよく死ねるとでもおもったのか?

なんじゃそりゃッ!」


聞こえてないのを承知で大声で叫ぶ。

そうでもしないと背中のものを放り出していたかもしれない。


「あんな顔をして・・・私の前から消えてくれるな・・・っ」

最後の言葉を聞いたものはいなかった。


じきに自警団にやつらが来るだろう。ご厄介になるまえにさっさとこいつを教会のなかに運びいれなければ。


踵を返した少女の後には、先ほどの痕跡など跡形もなく消えていた。


辺りは不気味なほどに静かだった。





「右肩貫通、左下腹部に一発、あとは右大腿部に一発ときた。難儀じゃ・・・」


ごにょごにょ・・・と物騒なことをつぶやきながらも、少女は淀みなく手を動かしていく。


白墨で傷んだ床の上に怪しげな魔法陣を描きつけ、辺りを盛大に散らかしながら、何かを探している。


「でたっ!!」


と叫んだ少女が手に握りしめていたのはヒト型に切った紙人形。


それを示指と中指の間に挟んで心臓の高さにかざす。

そのまま陣の中に足を踏み入れた。


聞き取れないほどの早口で何かを唱えた瞬間ーーーーーー




音もなく静かに黒白の世界が訪れた。

色のない世界へ少女は一歩踏み出す。

粗末な布団に寝かされている男に近付くと、その傷口にそっとくちづけをした。


すると、紙人形が途端に蒼く燃え上がり、、、、世界に色が戻った。





「つ、疲れたぁ・・。ううーーー」と呻いて、口元をごしごしとこすりながら男の様子をうかがう。


呼吸が止まったまま戻らない。

失敗、したのだろうか・・・

否、そんなことはあり得ない。

術式は完璧だった。


「っう・・・」



血の気のない口唇から声が漏れた。


わずかだが胸が上下している。


少女はほうっと息を吐くと額に浮かんだ汗を拭った。

思いのほか消耗しているらしかった。


そして、先ほどの怪しげな術で取り出した銃弾をしばらくみつめ、さも面倒くさそうな表情をつくって見せた。


苦しげに浅い呼吸を繰り返す男の額にかかる前髪をそっと払いのけてやる。


そのときの表情はまるで感情が読み取れなかった。

哀れみではなく、怒りでもなく・・・

ただ、ほんの少しその指先が震えていた。




「・・ッ。・・ぁ、ハァ・・ううっ・・・」

からだが熱い、傷口が嫌な熱を帯びて痛みを増す。

どうやら布団に寝かされているようだ。

辛うじて見えるのは自分の隣ですやすやと眠る少女。

からだを包む法衣はまだ血に汚れたままだった。


動かないからだを起そうとしてまたひどい痛みに襲われた。


おもわず息を詰める。

「・・・った!!」

少しでも痛みを逃そうとして呼吸が浅くなる。

呼吸で傷がわずかでも動くことに耐えられない。


すると目をこすりこすり少女がむくりと起き上った。


起してしまった・・・


「痛むか?」

心配しているようにみえた。

余計なことを・・・

「フンッ、当然の報いじゃあほうめ」

前言撤回。


「しかし、助けてもらったことは感謝する。

ありがとうございました」


変な奴・・・


「いま薬をもってきてやる。寝ておれ」


まって・・

無意識に動かせる左手で少女の手を夢中で掴んだ。



驚いた表情。


「どうしたんじゃ?」

今度は優しく問いかけられる。



死なせてくれ・・



声が、出ない。


「そうか・・・」そうつぶやいたのが聞こえたときには喉元に直刃の短刀が突きつけられていた。


手練れだ。


「死にたいんじゃろ?」

そう問うてきた言葉は震えていた。


覆い被さるようにして突きつけられた刃が頸の表皮を浅く傷つけた。

額がくっつきそうな距離。



目が、離せない・・・


視界が涙で揺れて見える。


それを惜しいと思ってしまう自分に腹が立つ。


澄んだ琥珀色の瞳。

白磁のような肌。

人形のように不自然なほど整った顔立ち。

もとは亜麻色だったであろうその髪は白銀に染まりつつあった。

老人のそれとは違うのだろう・・・

男はどうみても十代後半から二十ほどにみえる。



ど、うして・・・?


声にならない声で問われた。



どうして?・・・だと!?


「こっちが聞いているのじゃ!どうしてそんな一生懸命、生きることを諦めた表情かおをする?

おまえはわたしが死なせてやらない!絶対じゃっ!」


こいつはいったい何に怒っているんだ?


「もう・・・いやじゃ。そんな顔をして、私の前からいなくなられるのは。迷惑じゃ・・・。不愉快じゃ・・・あほうめ」





「・・ひとりに、なりとうない」





悲痛な、声だった。




自分勝手に死ぬなと言われればその場で殺してやろうかと思っていた。

しかしあとに残ったのは心臓が締め付けられるような胸のイタみだった。


突きつけられた刃はすでに殺気を失っていた。


乱暴に布団がかけなおされて、少女はくるりと踵を返すと、嵐のように部屋を立ち去った。














































































































































































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